第10話 クローン社会①

 翌日の月曜日、レイは朝早く、カーラに連れられて、彼女のアパートから徒歩20分程のところにある公立の小学校へ向かっていた。学校に指定の制服はないため、レイは昨日エルナ達に選んでもらった新しい服に身を包み、初めての学校に心を躍らせていた。どのような学園生活になるのか、どのような人たちがいるのか、話でしか聞いたことのないその未知の世界に、レイは夢想が止まらなかった。


「給食ってのが出るんだよね」


「そうよ、毎日色んなメニューが食べられるから、私の作るご飯よりよっぽど健康的よ」


「楽しみだな~、友達出来るかな?」


 カーラは、レイがそもそもエルナ以外の同年代と会ったことが無いことを思い出した。


「昨日の雰囲気見てたら、出来そうよ。あんまりいつもみたいに失礼なことを言わなければ」


 レイがきょとんとする。


「何か言ったっけ?」


 カーラは呆れた表情をレイに向けた。


「まぁ、でもその素直さがあんたの良さかもね。自分を貫いてみなさい。そしたら勉強以上に多くの事を学べるわ」


「うん、分かった」


 そんな話を続けていると、二人は校門の前に着き、カーラが警備員に要件を伝えた後、二人は校長室に通された。そこには、まるまると太った気のよさそうな中年男性が、デスクを前にした窓際の一人席に大きく腰掛け、その隣には厳しそうな顔をした、20代と思われる男性がこちらを見ていた。初めに中年男性が口を開いた。


「ようこそ、お越しくださいました。私校長のあざみタクローと申します」


「いえ、急な要望にお応えいただき、ありがとうございます。私はカーラ。この子がレイです」


 丁寧にカーラが答えた。


「おはよう、レイ君」


 笑顔で挨拶をする校長にレイも笑顔で返す。


「おはようございます、校長先生」


「元気のいい子ですね」


 校長が嬉しそうに微笑んだ後、カーラに向き直した。


「確認なのですが、あなたがこの子をCPAから引き受けたという認識で問題ありませんか?」


「はい、その通りです」


 CPAとはクローン育児協会の略で、大量に作られたクローンの子供たちの引受人を探す機関である。通常、新たに性交渉で生む際、又は自身のクローンを作る際も、クローン技術でそれらの受精卵をいくつかに複製する。これは、エリート層のみが、子供を産めることにした故の新生児減少の補填をするために行われている政策である。


 しかし、産んだ本人及びそのクローン達だけでは、基本的に彼らの面倒は見きることは困難なため、CPAに里親探しを委託する。人々は里親になることで、社会への貢献とみなされ、その働きによって、自身の子供及びクローンを残すことが許されるが、預かる子供に対して愛着が無い場合が多く、途中で放棄する里親も多い。


 そして、そのような子供は再度、別の家庭に預けられるので、学校は今回のような突然の編入にも対応できる。


「分かりました。それでは書類確認に移らせていただきますので、レイ君はこの人と教室に向かってください」


 校長が目をやった方向には、まだカーラ達が入室して一度も話していた男がいた。


「どうも、レイ君のクラスの担任教師の平林カズトです」


 短く、ロボットのように自己紹介した彼は、そのままレイを連れて部屋を出ていった。笑顔でカーラに手を振るレイを見て、彼女は不安げな顔をした。




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 平林の後をついて、レイは廊下を歩いていた。歩くたびに心臓の鼓動が高まるのをレイは感じていた。そして、教室の前に着き、中で生徒たちの話し声が聞こえてきた時には、最高潮に達していた。


「ちょうどホームルームの時間だから自己紹介を終えたら、直ぐに授業が始まる」


 平林はそういうと、教室の扉を勢いよく開け、悠々と教壇へ闊歩する。その後をレイがその真似をするように教室に入っていった。教室には30名近くの生徒がおり、視線は始め、教師に集まったが、後ろに謎の少年を見かけると、全員が釘付けになった。


「突然だが、今日転校生が来た。自己紹介を」


 淡白に話す平林は視線をレイに向け、挨拶を促す。高まる心音をかき消すように、レイは大きな声を発した。


「こんにちは、レイ・ヴァレ……じゃなくて、天音レイです。よ、よろしくお願いします!」


 緊張で高まった元気な声で挨拶するレイに対して、クラス全員が熱狂した。そんな様子を見て、平林はなだめるような仕草をした。


「とりあえず、後ろの空いてある席に座ってくれ」


 レイは胸を撫でおろしながら、指をさされた席へ歩いていくと、空席が二つあった。


「先生、どっちに座ればいいですか?」


「え? あー左の方だ」


 レイが席につくと、何やら周りで話し声が聞こえた。それは、レイについての話ではなく、ここにいない誰かについての会話のようだった。


「それじゃ、一限目の国語を始めるぞ。教科書の56ページからだったな」


 さっと授業に切り替えた平林を見て、レイは焦りながらタブレットを取り出し、指定されたページを開いた。









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