【和みたいとき】『赤い顔のお地蔵様』(日本の昔話:地蔵の田植え)

 むかし、むかしのことです。


 とある村の片隅に、お地蔵様がおりました。


 お地蔵様は、おとなしく道端に立っていますが、実は村人たちのことをよーく観察しています。


 ある日のこと、若者がやって来ました。


 この若者は、村で一番といっていいほどの働き者で、毎日のようにお地蔵様に手を合わせに来ては、元気に感謝の言葉を言っていきます。


 しかし、今日はいつもの元気はなく、表情もさえませんでした。


 若者はお地蔵様に手を合わせて言いました。


「お地蔵様、この田植えで忙しい時期に、私は体調を崩してしまいました。こうして、お参りに来るのもヘトヘトになるくらい、体調が悪く、田植えができません。どうか私の体調を直してください」


 若者は念入りにお辞儀をすると、おぼつかない足取りでフラフラと帰っていきました。


 若者の祈りを聞いたお地蔵様は、


(願いを叶えてやりたいが、困ったなぁ、私は医者じゃないから、体調は治せないからなぁ〜、とは言え、この時期に田植えができなければ、あの若者はこの一年、喰うもんが無くなってしまうなぁ)


 それは若者にとっては辛いことです。


(あの若者は働き者だし、よし、ここは私が一つ、力になってやるか!)


 ──そして、


 その日の夕暮れ。


 いつもおとなしく道端に立っているお地蔵様は、おもむろに目を開けました。


 すると同時に、体の石がボロボロと落ちて行きました。


 その下から、なんと人間の肌が現れ、石が落ち切ったころには、お地蔵様はすっかり人間の姿になってしまいました。


 お地蔵様は自分につけられていたヨダレかけをふんどしの代わりにし、チャンチャンコを羽織ったまま、田んぼへ向かいました。


 田んぼに入り、エッチらホッチら、せっせと耕し始めました。


 農機具は、コッソリ若者の家から拝借してきています。


 通り掛かった村人が「こんにちは〜」と挨拶してきました。


(あれはハチベェだな)


 と、気づいたお地蔵様。


 ここで、バレるわけにはいきません。


「こんにちは〜」と声をあげただけで、手を止めずにせっせと耕し続けました。


 ハチベェがどんな表情をしていたかは分かりませんですが、立ち去っていったので一安心です。


 こうしてお地蔵様は、次の日も、次の日も、若者の田んぼに行って作業をしました。


 田んぼで作業をしていると、ハチベェ以外の村人からも、頻繁に声をかけられました。


 当然、声をかけて来たものが誰かはすぐ分かりましたが、いつも挨拶を返すだけで作業の手を止めずにやりすごしました。


(きっと、みんな不思議がってるだろうなぁ)


 そう考えると、お地蔵様は少し楽しい気分になりました。


 やがて、田んぼの仕事が一通り終わりました。


(後は体調が戻った若者に任せれば大丈夫だろう)


 と、お地蔵様は土手に座ってのんびり田んぼを眺めていると、誰かに声をかけられました。


「どなたか知らんが、田んぼの世話をしてくれてありがとうございます」


 声をかけてきたのは、村の長老でした。


「お礼をしたいので、一緒にお酒でも呑みかわしませんか?」


(おやおや、これはこれは)


 せっかくのお誘いです。二つ返事で受けることにしました。


 長老の家では何人かの村人も集まって、お地蔵様を囲んで大宴会が開かれました。


 その中で長老が言いました。


「若者が病気になったので、皆んなで分担して田植えをしてやるか、と話していたのですが、自分たちのところの田んぼもあるのでどうしたものかと思っていたところ、誰かが作業してるぞ、と話題になりまして、村中で、おじ……、いや、あなたには本当に感謝してるのです」


 長老が「おじ……」と言ったところを聞き逃すお地蔵様ではありません。


(農作業している間は、わしはいつもの場所にはおらんから、気づかれても仕方がなかろう。それなのに、気を使いおって)


 お地蔵様はすっかり気分がよくなりました。


 そして、ここ何日かの疲れを忘れるかのように、大はしゃぎで大宴会を楽しみました。




 ──次の日。


 体調が良くなった若者は、田植えが終わっている田んぼを見てビックリ。


「きっと、お地蔵さまが、私の祈りに応えてくれたのだ」


 と、大急ぎでお地蔵さまのところへ行きました。


 そして、お地蔵様の前に膝まづくと、


「ありがとうございます、ありがとうございます」


 手を合わせて何度も何度もお辞儀をしました。


 ふと、改めてお地蔵様の姿を見ると、ちゃんちゃんこは乾いた泥で汚れ、ヨダレかけが股についています。


 そして、なんだか頬っぺたがほんのり赤くなっていることに気づきました。


「誰じゃ、お地蔵様にこんな悪戯をするやつは」


 若者は立ち上がり、家から水が入った樽と、キレイなぞうきんが入っている桶を持ってきました。


 泥のついたヨダレかけやチャンチャンコを樽の中に入れキレイに洗い、お地蔵様の体をぞうきんでキレイに拭き、ヨダレかけとチャンチャンコを元通りの位置につけました。


 そしてキレイになったお地蔵様に、改めて、手を合わせて深々とお辞儀をしました。


 でも、変だなぁ、と若者は思いました。


 チャンチャンコとヨダレかけはキレイになったのに、ほんのり赤い顔だけは、いくら雑巾で磨いてもそのままでした。


 でも、顔の赤いお地蔵様は、なんだか気分良さそうです。


「これは、このままでいいな」


 そして、もう一度お辞儀をして、若者は笑顔で帰っていきました。


 そんな若者を、お地蔵様は、おとなしくほろ酔い気分で見送りました。




おしまい

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