【和みたいとき】心も温まる火の用心

 北風が冬の訪れを知らせてくれる寒い夜。


「火のよーじん! カチカチ」


 近所の子どもたちが集まって、何人かの大人と一緒に、拍子木をカチカチ鳴らしながら街を歩いていました。


「マッチ一本火事のもと! カチカチ」


 街を歩いていると、あちらこちらからいい香りが漂ってきます。


「あ、魚の匂いがする」


「コレは、絶対、野菜炒めだよ」


「あ、こっちはカレーだ」


「うん、カレーだ」


「あー、カレー食べたくなった!」


 カレーの香りをかいで、子どもたちは火の用心どころではなくなってしまいました。


 付き添いの大人は笑顔で、


「カレーじゃなく、火の用心の声出し忘れないで」


「ひ、ひ、火のよーじん、カチカチ」


 カレーに気をとられてるので、子どもたちの声はチグハグです。


「マッチ、一本火事のもと! カチカチ」


「えっ、マッチってなに?」


「知らな〜い」


 などと、チグハグながら火の用心の掛け声をかけていると、


「ごくろうさま~ぁ」


 子どもたちに声をかける大人がいました。


 この辺では有名な会社の社長さんの家のまえ。

 子どもたちを呼び止めたのは、世話好きで知られる女性の社長さんでした。


「温かくて美味しいものがあるから、食べなぁ」


 道路と家の門の間にある広いスペースにテーブルが置かれて、その上にいくつものお椀が並んでいました。


 子どもたちが近寄っていくと、それは、おしるこでした。


 茶色いあずきの中に白くて丸いおもちが見え、美味しそうな湯気が上げています。


「わーぁっ、」


 子どもたちは目を輝かせました。


「寒かったろう、さぁ、お食べ」


「いっただきまーす!!」


 子どもたちは手袋を脱いで、お箸とお椀を一斉に取ると、すぐさま口に運びました。


「アチチチチッ」


 湯気だか自分たちが吐く息だか、それらの混じった白いものに包まれながら、子どもたちは無心でおしるこを頬張りました。


「お前たち、慌てるなぁ」


 付き添いの大人たちがそう促しました。


「おいし~ぃ」


「あったまる~ぅ」


「しみるね~ぇ」


 と、子どもたちはそれぞれの感想を言いました。


「おかわりもあるからねぇ!」


「イエーイ!!」


 嬉しそうな子どもたちの表情を、世話好きの社長さんは目を細めて眺めていました。


 すると、ひとりの女の子が言いました。


「ほんと、寒かったから、うれしいです」


「ほんとほんと、ちょうど腹減ってたから最高だよ」


 子どもたちが次々と話し始めました。


「おばさん、ありがとう」


「おばさん、いい人ですね」


 子どもたちの素直な一言に、社長さんはちょっと苦笑いで、


「ありがとう」


 と、言いました。


「そうだ、おばさん、おしるこのお礼に」


 ひとりの男の子が言いました。


「おばさんの家だけ、火の用心は大目にみるよ」


「え?」


 社長さんはビックリしました。


「そうだそうだ、おばさんいい人だから、火の用心はしなくてイイよ」


 別の男の子が言うので、社長さんはおもしろくて仕方ありません。


 すると付き添っていた大人も笑顔になりながら、


「おいおい、火の用心を大目に見てもお礼にはならないだろう!」


「えーぇ、そうなのぉ?」


 男の子はとぼけた声を上げました。


「じゃぁさぁ」


 今度は別の男の子が言いました。


「マッチ、三本くらいまで大目にみるよ!」


「えーっ!」


 社長さんは驚きながら大笑い。


 すかさず女の子が、


「バッカじゃないの、マッチ三本も使っちゃったら大火事になっちゃうよ」


「そっかぁ〜……、つかバカっていうな」


 と、小競り合いが始まりそうだったので、付き添いの大人が、


「はーい、それではみんな、お椀とお箸をおいて、社長さんにお礼を言いましょう」


 おしるこがまだお椀に残っていた子は慌てて口に入れ、みんなお椀とお箸をテーブルに乗せて、


「ありがとう」


「おいしかったです」


「温まりました」


 と、それぞれ礼を言いました。


 中にはハイタッチを求めてくる子もいました。


「ハイ、がんばってね」


 社長さんはひとりひとりと挨拶を交わしながら、とても心が温かくなるのを感じていました。


 そして、


「火のよーじん! カチカチ マッチ一本火事のもと カチカチ」


 子どもの声が先ほどよりも熱をおびた声になり、夜の街に響き渡りました。




おしまい


(江戸小話:ほどほどに)

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