【泣きたいとき】『キリギリスとアリ』

 どこまでも高く突き抜けそうな夏の青空のもと、アリたちは自分たちの巣へ、せっせと餌を運んでいました。


 ときには自分の何倍もあるような虫なども、みんなで力を合わせて運びました。


 そんな汗だくで働いているアリたちを、木陰でのんびり眺めている虫がいました。


 キリギリスは木に寄りかかりながら、アリたちに言いました。


「こんなに暑い日に、そんなに働いていたら体を壊してしまいますよ」


 アリは、歩みを止めずに、キリギリスの方を向いて言いました。


「夏の間に餌をたくさん巣に入れておかないと、冬に食べるものが無くなっちゃうからね」


 キリギリスはアリのとなり行き、一緒に並んで歩きながら、


「なるほど、そうだね。君たちは大家族だから、食べ物がいっぱいなくては、お腹空いてしまいますよね〜」


「そうなんです。だからこうやって、一生懸命働いてるんです」


「なるほどなるほど」


 と、キリギリスは頷いたあとで、「では私は、あなたたちを応援する気持ちを込めて歌います」


 とアリたちの返事は聞かずに、静かな声で歌いだしました♪


 辺りにキリギリスのキレイな歌声が響きます。


 アリたちは食べ物を運びながら、耳だけは素敵な歌声に傾けました。


 とても透きとおったキリギリスの歌声は、爽やかな風を運んでくるようでした。


 アリたちは少し暑さを忘れ、いつもより多くの食べ物を運ぶことができました。


 こうして夏の間、アリはせっせと餌を運び、キリギリスはアリに聞こえるようにステキな歌を歌い続けました。


 やがて夏が終わり、アリたちが巣にこもる日がやってきました。


 アリたちは、ステキな歌で応援してくれたキリギリスに感謝の気持ちを込めて、餌を少し分けてあげることにしました。


「キリギリスさん、この餌を差し上げます」


「ありがとうアリさん。私はそんなつもりで歌った訳では無かったんだけど、頂けるというのであれば遠慮なく頂くとするよ。でも、こんなにいっぱい、食べきれるかなぁ」


 1人で暮らすキリギリスでは、何年かけても食べられないような量でした。


「私たちの気持ちですから、どうぞ遠慮なさらずに」


「分かりました、喜んでいただきます」


 そして、キリギリスとアリはお互い辛い冬を乗り越えて、また春に出逢えることを約束して別れました。




 やがて秋が来ました。


 キリギリスは自分の家で、アリからもらった大量の餌を食べながらのんびり暮らしていました。


 ここ何日かは、ずっと雨の日が続いています。


 キリギリスの家は雨が凌げる木の枝にあるので、雨に濡れることはありません。


 それでもキリギリスは嫌なものをみるような目で、降り続ける雨を眺めました。


 身を乗り出して眺めると、あちこちで水があふれ出したのか、地面は川のようでした。


「ヤレヤレ……」


 と言ったあと、「ま、天候には逆らえませんから、のんびりとしますかぁ」


 キリギリスは葉っぱのベットに寝そべろうとしました。


「ん?」


 視界の先になにやら黒い影が映り込みました。


 よーく目をこらすと、


「おや、あれは……」


 キリギリスの家がある木に、何匹ものアリが登ってくるのが見えました。


「おやおやアリさん、どうなされたのですか?」


「あ、キリギリスさん。こんなところで会えるなんて」


 アリはキリギリスとの再会に驚いているようです。


 どうやらキリギリスの家とは知らずに、木を登って来たようでした。


 アリたちはキリギリスと会えたことで少し笑顔を見せましたが、すぐに悲しい表情になり、自分たちの悲惨な現状を話しました。


「この何日か続いた雨で、巣が水浸しになってしまい、命かながら、この木に逃げてきたのです」


「それはそれは、大変な目に遭いましたね」


「はい、家族もだいぶ流されてしまいました……」


 アリたちは川のようになって流れる茶色い水を眺めながら、ガッカリとうなだれてしまいました。


 少し間を置いて、キリギリスは提案しました。


「もしよかったら、しばらくここで暮らしませんか?」


「よろしいのですか?」


「もちろんです。場所なら葉っぱを持ってきて広げればいいですし、なによりアリさんたちからいただいた、たくさんの餌があります。しばらくは皆で暮らせるでしょう」


「ありがとうございます!」


 アリたちはとても喜びました。


「困ったときはお互い様です」


 そして、キリギリスとアリたちは、とりあえず一緒に暮らせるよう、今できることをせっせと行いました。


 ひと段落すると、キリギリスはアリたちに向かって言いました。


「では、歓迎と鎮魂の意味を込めて、歌いたいのですが、よろしいでしょうか」


 「是非」と、アリたちは

 すぐに賛同しました。


 キリギリスは歌い始めました。


 静かに耳を傾けるアリたち。


 ひとりでに涙が出てきて、グッと堪えるもの。


 涙があふれ泣き崩れるもの。


 虚空を見つめているもの。


 身を寄せ合って聴いているもの。


 それぞれが、それぞれの思いで、キリギリスの歌声に耳を傾けました。


 その後も、キリギリスはアリたちに向けて、いろんな歌を歌いました。




おしまい


(イソップ物語:アリとキリギリス)

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