アルジャーノンにきび団子を

朝飯抜太郎

アルジャーノンにきび団子を

 きょうもトリあえず、モモタロウさんおこってる。

 あのときのキジにしますか、いったけど、ダメみたい。タカやワシがいいらしい。たしかに、あいつらこわい。つよいとおもう。キジはよわそうだ。

 ことば、たくさんおぼえてきた。たのしい。


 トリみつからない。スズメやカラスはたくさんいる。カラスにしようと、きび団子をあげたら、クチバシでつかんでにげた。モモタロウさんおこって、それからカラスをみつけたら、イシなげるようになった。

 どうしてトリさがすんですか、きいたら、ヨゲンとこたえた。イヌとサル、そしてトリをつれて、モモタロウさんは、オニたいじする。と、ヨゲンされた、らしい。

 たしかにイヌはかみつくからつよい。でも、おれは、そんなにつよくないとおもう。

 どうやって、オニたおすですか、きくと、どうにかしてだよ、といって、またキゲンわるくなった。


 どうして、わたしはことばをしゃべれるんでしょう?

 ときくと、モモタロウさんは、きびだんごのちからさ、といいました。

 きびだんごは、どうぶつにチセイをあたえるといいます。

 チセイとはなんですか? ときくと、モモタロウさんは、

 かんがえるちからだ。おのれのみちをきりひらくためのぶきだ。

 といいました。


 村をみつけた。鬼におそわれた村だ。

 大きなスギの木がからひっこぬかれて、家にふりおろされたのか、やねをひしゃげさせて、ななめにたてかけられている。半壊した家や、明らかに人ではない大きな足あとが、村じゅうにのこっていた。

 桃太郎はしんみょうな顔つきで、村長にあった。そして、じぶんたちが、鬼たいじのたびの途中であることを伝え、しばらくの宿をもとめた。

 たったひとりの若者のことばをしんじたのは、その大きな体つきと、村のあちこちにころがった大木や家のはへんをひろいあつめた力、そしてお供につれた、大きな白い山犬のすがたがあったからだろう。


 私達はしばらく村に逗留した。私たちは桃太郎の言葉に従ったが、村の中では言葉をしゃべらなかった。妖怪の類と思われれば信を失うとのことだ。たしかにそうかもしれない。時折、私を見る村人たちの目に恐怖の色を感じた。私からすれば、人間の方が恐ろしいが、それはただの猿だったときの記憶だろうか。

 急激な知性の向上を感じる。きび団子を食べてから、頭の中にもやがかかっていたようだったのが、今はすっきりとしている。そのせいか、朝はひどく頭痛がして目覚める。起きて、しばらくすると治るのだが……。

 今では、桃太郎が常に苛ついている原因も少しわかってきた。

 

 名目上は鳥を探すための逗留であったが、桃太郎が鳥を探している様子はない。森や山には入るが、日当たりの良い場所を見つけては、昼寝をしている。

 私は、山菜や茸、薬草をとったりしている。茸や薬草は、村の長老に見せると薬や毒について教えてくれるので鬼退治にも役立つだろう。犬はお供をしたり、別の山に入る村人についていったりしている。熊の匂いを嗅ぐと、唸り声をあげ追い払うので重宝されている。

 村人の私を見る目も、気にならなくなってきた。中には、優しくしてくれる人もいる。

 おつうは、そのうちの一人で、良く笑う明るい娘だ。

 桃太郎もおつうのことが好きなようで、よく私がとった山菜を持っていく。

 おつうは誰にでも明るいが、桃太郎と話すときは少し居心地が悪そうだ。おつうには寛太という許嫁がおり、その男に遠慮しているのであろう。ただ、寛太は血の気が多く、鬼退治に向かう桃太郎に心酔しているようだ。


 私や犬は、一月に一個、きび団子を食べている。桃太郎が時をみてわたしてくれる。桃太郎は何も言わないが、そうしないと知性は失われるのだろうと考えている。

 きび団子がなくなれば、私は元の猿に戻る。そのことを思うと、強い恐怖に駆られる。

 桃太郎にきび団子の残りの個数について聞いても、教えてはくれない。だがしつこく聞くと、なくなれば、また実家から送ってもらえるという。

 桃太郎は、行商の商人を通して、文を送っていた。それにより細かに場所を伝えているのだろう。

 しかし、不安はなくならない。私は、私の知性を奪われることが、私の死と同じくらい恐ろしくなっていた。


 犬は、あまり喋らない。村人の前では話せないということもあるが、どうも話したくないと思っている節がある。

 あるとき、私は山で犬と一緒になったとき、私自身の持つ恐怖について、そっと聞いてみた。

 知性を失うことが怖くないか?

 犬は、怖くはないといった。

 なぜ? と私は問うた。犬の声を聴いたのは久しぶりだった。

 俺は……俺は言葉が恐ろしい。

 と言った。

 私は考えたこともなかった。言葉は素晴らしい、私が見たこと、聞いたこと、考えたこと、それらが言葉となって表せることは喜びで、知性そのものだった。

 お前にはわからないようだな。だから、俺もお前のことがわからない。

 俺が恐怖するのは、俺が、山犬であるという本性を失うことだ。俺が、俺の主に従えなくなることだ。

 だが、言葉はとても不完全であるくせに、強く俺を縛り、俺を変えようとする。

 俺自身が何なのか、不確かにさせる。

 そうであれば、こんな知性などなければよかった。

 俺がきび団子を食べるのは、主がそれを望み、それが主の為になるからだ。

 俺はお前とは違うのだと思う。


 事件が起こった。遠くの山で鬼が出たのを誰かが見たという。

 私にも緊張がはしった。旅をして数カ月、鬼と出会ったことはまだない。

 桃太郎が見に行くことになった。それに寛太がついていくという。

「寛太! やめて」

 いつもニコニコしているおつうが泣きそうな顔で止めた。

 だが寛太は笑い、桃太郎さんもいるから大丈夫だ。おらはついていくだけさ。と言った。

 寛太の父母は鬼に殺されていた。

 結局、桃太郎は犬と寛太を連れて、山に向かった。私は留守番となった。

 村を守るため、と桃太郎は言ったが、私一人で何ができるわけもない。何か、良くない予感がした。


 そして、二日後、けがをして帰ってきた桃太郎の側に寛太はいなかった。

 鬼は倒したが、鬼を見て見境なしに突っ込んでいった寛太は死んだという。死体は惨く、その場で弔ったと桃太郎は言った。

 おつうはそれから、数日も泣きはらした。

 ある夜、私は桃太郎に言った。

「本当に鬼はいたんですか?」

「何?」

「鬼はどんなでしたか? どうやって倒したのですか?」

「お前、ここでは喋るなと言っただろう」

「夜ですし、皆寝てますよ。ここは村のハズレですし」

 桃太郎が鋭く私を睨みつけた。

 そのまま横になり、「明日、話してやる」と言った。

 だが、それからも桃太郎は話をはぐらかし続けた。


 モモタロウは、わたしへの当てつけに、きび団子をじめんにおとした。そして、今のでなくなった、とわらった。

 わたしはかなしみといかり、それよりもきょうふにおびえた。

 みっかご、まだのこっていたときび団子をわたしてから、言った。

「いいか、おまえはおれのものだ。おまえのかんがえること、おまえのしゃべること、それはぜんぶおれのものなんだ。おまえはこれがないと、ただのちくしょうにもどっちまうんだからな」


 私の心は決まった。恐怖には打ち勝たなければいけない。そして、尊厳を取り戻す必要がある。

 私は計画をおつうに話した。そして、寛太を殺したのが、おそらく桃太郎であることを。

 おつうは驚きながらも、それを信じた。

 私はまず行商人から酒を用意した。そして、おつうは、私が調合した毒を、桃太郎に煎じて飲ませた。桃太郎は、おつうに食事を作らせていたから、容易だった。


 普段とは違う高い酒を飲み、深く眠った桃太郎の上で、私は桃太郎の刀を逆手に握った。

 最期の桃太郎の顔を見る。その顔が、醜く歪んだ。

 悪夢を見ているのだろうか。

 予言により、鬼を倒すことを命じられた男。その体躯と力は、人間であれば強い方だろう。しかし、鬼はそんなもの比ではない。

 犬と猿と鳥を手下に鬼を退治する運命を背負い、帰る場所の無い男。

 手下の猿に命を奪われるとは、ふと、哀れな気持ちとなった。

 卑劣な男だ。死んで余りある。

 しかし、私は卑劣ではないか。

 私はなぜこの男を殺すのか。寛太のためではない。おつうのためでもなかった。自分自身のために、また自分が生きるためでもない。

 畜生以下なのはこの私だ。

 私は刀を捨て、

「桃太郎さん」

 桃太郎の顔を叩き、揺り起こした。

 眼が覚めた桃太郎は自分の体がしびれて動かないことを知って、怒りに顔をゆがめた。

「な、なんだこれはァ……!」

「桃太郎さん。あなたの悪行は、もう村の皆の知る所です。おつうさんもね」

「お、お前ぇぇ……!」

「こんなことしてないで、鬼退治行きましょう。鳥だってキジでもカラスでもいいでしょう」

 桃太郎の顔が怒りで紅潮する。

「この……! 畜生がぁぁぁ!」

 そして、ついに桃太郎が激昂して、刀を振りかぶった。

 死んだ。

 そう思った。桃太郎の体に対して、毒の量が足りなかったのだろう。

 仕方がない。

 数百分の1秒の刹那、私の心はこれまでになく薙いでいた。

 そのとき、グゥワォウという咆哮と共に、何かが飛び込んできた。そして、それは桃太郎の首筋に噛みついた。

「うっ!ぐっ」

 振り払おうと手と体を動かす桃太郎の口から、ごぼっと血があふれ、桃太郎はそのまま後ろに倒れた。そして動かなくなった。

 口から血を垂らしながら、犬がこちらを見た。

「どうして……」

「そんな目をするな。友達を助けた。それだけだ」

 犬の目から、悲哀と、それ以上の覚悟を感じ取った。

 それだけで十分だった。

 それから私と犬で、家の裏に穴を掘り、桃太郎を埋めた。その上に彼の刀を墓標代わりに挿した。

「さあ、これからどうする?」

 犬が言った。

 私は自由になった。しかし、きび団子の製造法を知るおばあさんに会って、息子の死を隠し、きび団子を奪う残りの計画をする気にもならなかった。

 残りのきび団子がなくなれば私は元の猿に戻る。それも、いいだろう。

 私は彼方の山を見ながら言った。

「とりあえず、キジを誘って、鬼退治に参ろうか」

 それはいい、と犬が笑い、私も笑った。

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