とりあえず付き合うとは。

数多 玲

本編

「付き合おうって言われた」


 唐突にそう呟いたのは、幼なじみの麻友まゆだ。

 スポーツ系の引き締まった体型と短髪の見た目も相まってサバサバした性格ではあるが、顔立ちは整っているためこういうことはよくある。

 だが最近はそんなのを僕に伝えてくることはめっきりなくなった。

 そこそこの頻度である割に実のある話ではないため伝えなくなったのか、それとも単純に数が減ったのか。

 わざわざ呼び出して何を言うかと思ったら、そんな相談だった。

 昔からメールやSNSを使わずこういうことは直接言ってくるのが麻友だ。


「久しぶりだね、それを僕に言ってくるの」

「そうかな」

「でも、結局断るんd」

「とりあえず付き合ってみようと思うんだけど」


 僕が言い終わる前に、想像とは違う回答が返ってきた。


「あっ、そうなの?」

「まあ、付き合ってみないとわからないこともあるし」

「麻友がいきなり付き合うっていう選択肢を出すとは思わなかった」

「付き合うって言っても、とりあえず一緒にゴハン食べたりお互いの家でゲームするぐらいから始まると思うんだけど」

「お互いの家? それって……」

「何だよ」


 慌てて言葉を飲み込む。

 家に行くってことは、当然そういう可能性もあるよな……。


「何だよ難しい顔して。……あ、何かイヤラシイ想像してるんでしょ」

「……そ、そりゃするでしょうよ。健全な若者なんだから」

「ふーん、トモくんもすっかり大人になったねぇ」

「もうとっくに成人したでしょうよ」

「まあ大丈夫でしょ。いきなりそんなことにはならないと思うけど。なったらなったで面白いけど」

「なっ……!」


 話が噛み合わなかった。麻友の方だから「取り合えなかった」と言うべきか。



「……そういえば、麻友は推しがいるから付き合わないって言ってなかった?」


 帰り道、ふと思い出してそんなことを訊いてみる。


「そうなのよ。こないだ行ったライブでSNSアカウントをゲットできる一歩手前まで行ってさ」

「……?」

「最後の最後で失敗して連絡が取り合えず、ってことになっちゃったのよ」

「一緒に行ったの? そいつと」

「ん? どういうこと?」

「えっ、だからその告白してきたヤツと一緒にライブに行ったのか、ってこと」

「えっ? 一緒には行ってないよ」

「じゃあ現地で会ったってこと?」

「現地で会ったって言うか、会いに行ったって言うか……」

「何だよ、ライブ目的じゃなくてそいつと会うのが目的だったのかよ」


 その時、麻友が何かに気づいたような顔をして笑い出した。


「ごめんごめん。トモくん勘違いしてるね」

「何だよ」

「これ何か知ってる?」


 アクスタ?

 フクロウみたいな着ぐるみに包まれた白い鳥のようなキャラクター、その名も「トリ」だ。

 最近、麻友の推しアイドルがこのキャラクターを好きということでコラボしたらしい。

 その推しのアイドルのサインが入っている。

 あ、そういえば。


「そうか、麻友の推しがこないだアイドルを卒業したんだっけ」


 麻友の推しの女性アイドルグループの、割と長い間センター常連だった柏戸かしわどというアイドルが先日卒業ライブをしたらしいのを聞いていたことを思い出した。

 かしわが鶏肉を意味するからトリなのか。よく分かんないけど。


「そうそう、卒業ライブ行ってきたのよ。めっちゃ泣いたわー」

「あ、それで麻友も交際解禁したってこと?」

「違う違う。その告ってきた相手ってのが……」


 その時、麻友の方に近づいてくる影。

 そんなにメジャーではないけれど、センターを張ったことがあるというオーラは伊達ではなかった。


「初めまして。まゆちゃんとお付き合いさせていただく由紀ゆきといいます。よろしくねトモくん」

「えっ、これって……」

「びっくりした? この間の卒業ライブでゆーりんを釣り上げちゃってさ」

「釣り上げた……?」

「ほら、カウボーイのロープ練習してたでしょ? あれが役に立って」


 ……ぱくぱく。

 全く話が見えないが、とりあえずゆーりんが目の前にいるのは紛れもない事実だ。


「ロープで捕まって縛り上げられた時、私ちょっとゾクゾクしちゃったんだよね」

「「……!」」


 これには僕も麻友も言葉を失う。

 アイドルに何をしたんだ麻友。


 このあと、僕と麻友と由紀の奇妙な三角関係が始まるのだが、それはまた別の話になる。


(おわり)

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