第17話 魔法の国の毒と薬

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    表

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 サラムの結婚披露パーティから三日後。


 アニエスは逮捕され、監禁幽閉された。


 妖精探偵社に十数人の憲兵がなだれ込み、つらつらと罪状を告げた上で、身柄を拘束し、王城の中にある貴族用の牢へとアニエスを連行し、幽閉した。

 力のないアニエスには抵抗する術などなく。金毛をショボーンとさせたまま両脇を抱えられてされるがままだった。長身筋肉隆々な憲兵に両脇を固められたアニエスは妖精ではなく何かの小動物の様だった。


 ここまで実にスムーズだった。

 台本でもあったのではないだろうかと思わんばかり。


 つらつらと告げられた罪状はといえば。

 王侯貴族大量毒殺事件の容疑だという。


 あの日。

 家族で乾杯したあの日。

 王太子、サラム・フォン・ローレライの結婚披露の宴。


 その出席者に次の日の朝の目覚めは訪れなかった。


 王家を筆頭に多数の貴族家で朝になっても目覚めない人間が多発したのだ。

 王都はパニックになった。

 あちこちからその事象が報告され、数が集まってくるうちに、自然と共通点が見出された。


 サラム王太子の結婚披露パーティの出席者であると。


 そこで出された飲食物に毒物が混入されていたという推理を基に憲兵は調査を開始した。

 衛生省へとパーティの飲食物の残りから毒物が検出されないかの調査依頼が提出され、行政機構が混乱する中、なんとか魔法新薬開発室にもそのサンプルが回ってきた。

 そのサンプルに添えられた書類にある被害者の症状を見た室員は慄いた。


 それはあまりにも覚えのある症状だった。


 ついこの間起こったばかり。五十人の治験者を事故で亡くし、室長が逮捕され、室長代理が眠るように亡くなるという痛ましい事件の原因となった薬。逮捕されたエイド室長が考案した薬。亡くなったナガラ室長代理が呷った薬。その症状に酷似していた。


 その薬は妖精に愛される薬。


 自分たちがたずさわった薬だ。しかもこれは世に出ていない新薬で。厳密には毒ではなく薬だ。他の毒と共通する構造などない。他所ではいくら分析しても毒として検出する事はできないだろう。

 これは魔法新薬開発室にしか検出できないのだ、と。

 そんな使命感で室員たちは受け取ったサンプルに対して成分分析をかけた。


 結果。

 サンプルからは案の定、妖精に愛される薬が検出された。


 同時に厳重に保管されているはずの妖精に愛される薬の試薬が消えていた。事件が発覚し、新薬に毒となる効果があるという事が確認されたそれは。廃棄するには薬効を無効化してから捨てるしかなく、それには時間が必要だったため、仕方なく保管されていた。

 それが忽然と消えていた。

 もちろん、薬効はまだ通常通りに残っている。


 明らかな不祥事だった。

 この連続する不祥事には部署が閉鎖されるおそれすらある。

 だがしかし魔法新薬開発室はその結果を包み隠さず憲兵に報告した。

 この薬が隠蔽されたからこんな事件が起こったのだと室員たちはわかっていた。あの時、隠蔽などしようとせずに薬の失敗を素直に公表していたらエイド元室長は逮捕されなかったかもしれないし。ナガラは死ななかったかもしれない。たらればだが。それは室員の総意だった。

 報告は正しくなされた。


 その報告を受けた憲兵は逮捕勾留中のエイド・サードへの尋問をおこなった。


 エイドは薬について問われるとあっさりと王族の一人に横流ししたと答えたという。

 逮捕前には既に横流し済みだったと言い切った。


 その王族とは。


 アニエス・フォン・ローレライ。


 憲兵はその証言を受け、即座に妖精探偵社に詰めかけ、無抵抗のアニエスを逮捕した。

 ここまで三日で。

 そして今に至る。


 証拠もある。

 証言もある。


 後は自供だけだったが。


「やってませんですわー」


 逮捕後、アニエスはこれの一点張りであった。

 やってるだろ。やってないですわー。

 知ってんだろ? 知らないですわー。

 残りの薬をだせ! 薬なんて持っていないですわー。


 容疑者は全ての犯行を否認した。


 合間には家族や他の貴族の容体を確認したりする様子があり。アニエスの可愛らしい見た目も相まって憲兵たちとしても本当に目の前の妖精のような女性が犯人なのかの判断がつかず、取り調べは遅々として進んでいない。

 とは言っても取り調べをしないわけにもいかない。

 憲兵はアニエス以外で唯一意識を取り戻した王族。ダルク・フォン・ローレライの陣頭指揮のもとでアニエスを容疑者と定めて事にあたっているため、その捜査方針に異をとなえる事などは誰にもできなかった。


 逮捕勾留から三日が経った頃。

 少年が貴族牢へとやってきた。


「アニエス容疑者。さっさと犯行を認めたらどうですか?」


 長髪金色のストレートヘアーをゆらゆらと揺らしながら貴族牢の中でニヤリと笑った少年。

 第四王子、ダルク・フォン・ローレライ。

 姉をあえて容疑者と呼ぶ嫌味なその態度は、普段のキラキラ爽やか金髪ボーイの雰囲気が台無しにしていた。


「認める事なんてないさー! ですわー!」


 それに対してアニエスはいつもと変わらず、ダルクを見る事もなく、ベッドに腰掛けながら、地面から少しだけ浮いた足をぷらぷらとさせている。それを見たダルクの眉には皺がよる。


「はっきり言ったらどうですか? 王になりたかったんでしょう? だから家族を殺したんでしょう?」


 厳密には死んでいない。

 ダルクの中では既に死んだ事になっているらしい。


「そんな事しないですわー」


 嫌味な態度は変わらないが、呑気なアニエスにダルクの語気が少しだけ苛立っている。

 アニエスは変わらない。


「でも、残念でしたね。僕が残ってます。お前の好きにはさせない!」


「ダルクが元気で良かったですわー。お父様とお母様の容体はどうですわ? サラムは? 他の弟妹はまだ目覚めないですわ? お医者はなんて言ってるですわ?」


 ここで初めてアニエスはダルクに視線を合わせた。家族の容体。知ってはいるが、それでもしっかりとした医者からの見解は聞きたい。

 この言葉にダルクは苛立ちを表に出した。


「白々しい! 全部! お前がやったんだろうが! 国を狙って! 権力を狙って! 富を狙って! 全部全部手に入れようとした結果がこれだろうが! 王侯貴族に毒をもったお前が悪いんだろうが!」


「にゃ!? そんなもの欲しくないですわー。今一番欲しいのはルールー洋菓子店のケーキですわー。普段ならフローが持ってきてくれるのにここでは持って来れないですわー」


「そうだ! お前! 助手はどこに行った? あいつも容疑者だ!」


「そこにいるですわー」


 指は後ろを指し示す。

 飛び跳ねるように驚き、ダルクは後ろを振り返るが、そこには誰もいない。


「いないじゃないか! やはり犯罪者は嘘をつくんだな!」


「嘘じゃないですわー」


「もういい! どうせお前はあと数日の命だ! 王族の誰か一人でも死ねば即座にお前の罪は確定する! 同時に死刑も確定するからな! そうしたらその日に刑の執行をしてやる!」


「いやですわー」


 アニエスとしては家族の誰かが死ぬなんて絶対に受け入れられない。


「ぅっるさい! お前の話なんて聞きにくるだけ時間の無駄だった! そこで罪を悔いて死んでいけ!」


 捨て台詞を追いかけるように扉が乱暴に閉まる音が室内に響く。


 少しして重い鍵の落ちる音がした。

 それはまるでギロチンの刃を地に落とした時の音のようだった。



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    裏

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 夜。

 貴族牢の高い窓から一筋の月明かりが差し込んでいる。

 流石にアニエスとはいえ貴族牢を散らかすほどの散らかし能力はないらしく室内は整頓されている。まあ散らかすほどの物がないというのが一番の要因だが。何せ就寝用のベッドと食事用のテーブルと椅子しか存在しない。


 探偵になってから常に忙しく。休暇も大体は王都の調査に費やしていたアニエスは久々の休日だった。

 まとめて怠惰デーがやってきている。これはこれで幸せだった。

 家族や国の貴族の容体は気になるが。

 そこはフロノスがどうにかしてくれていると信じている。


 噂をすれば影。


「お嬢」


 フロノスの声がアニエスの鼓膜に直接響く。


「うぃ。噂をすればフローですわー」


「嘘つけ、何も喋ってないし、誰と噂話をするってんだよ。どこにも誰もいないだろう」


 フロノスのいう通り。

 貴族牢の中にはアニエス一人きり。声が聞こえるフロノスの姿すら見えない。

 あるのはアニエスと。

 一筋差し込む月の光だけ。


「心の中でフローをほめてたですわ」


 突然の誉め言葉。


「ん……おう、そっか」


 そっけない言葉にも喜びがこもっている。


「今回の件。フロー、本当にありがとうですわ」


 珍しくアニエスが真面目な顔で頭を下げた。


 ここで。

 アニエスのこの珍しい真面目な態度と。

 それに連なるこの状況。

 それらの原因となった事件の起こりを語ろう。



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 現在の状況であるが。

 まず。結婚披露の宴に参加した王侯貴族の大半が意識不明の状態になっている。

 原因は表で語ったように妖精に愛される薬が原因である。


 そしての調査の結果。

 犯人としてアニエスが逮捕されて、そこにフロノスが声だけで訪れている。


 では。

 フロノスが声だけになってしまった原因を語ろう。


 それには妖精探偵社の有能助手、フロノス・ディアスティの正体を語る必要がある。


 お察しかもしれないが。

 端的に言って彼は人ではない。

 彼は妖精である。人に恋した妖精である。


 アニエスが生まれた日。

 その魔力の産声は遠く妖精界に届くほど光り輝いていた。


 妖精界に揺蕩いながらその光を見たフロノスは一目で恋に堕ちた。

 妖精界の時間と空間の象徴たるフロノスは今まで人に恋した事はなかった。

 初恋だった。

 狂おしい程の執着が己の構成要素すべてに対して生まれたのを感じた。

 ああ、欲だ。

 これが欲望なのだ。

 フロノスは感じた。

 そしてその欲のままに人間界へと空間移動し、命が消えない程度にアニエスの存在力を全て使って世界に受肉した。愛する人間と同じになろうと考えた。


 どうなるかは深く考えていなかった。


 どうなるか?

 そこで存在力を極限まで使用されたアニエスは魔法が使えない無能王女となってしまった。

 それがフロノスの罪であり、負い目である。

 以来、フロノスは受肉した人としてアニエスに仕え続けてきた。


 妖精として物質世界に存在した事はない。


 しかし今日は受肉状態を解除して世界に偏在する妖精としてそこに存在している。

 だから姿は見えない。

 声だけでアニエスと会話している。

 でもそこにいる。

 どこにでもいる。

 でもどこにもいない。


 ではなぜ、フロノスは妖精の姿になる必要があったのか?


 それはあの宴の後の話。


 妖精探偵社に帰宅した二人は、いつものように二人でダラダラと過ごしながら、アニエスの寝る支度を整え、そこから小一時間二人で楽しく会話し、さて寝るかとアニエスを自室へ連れて行ったタイミングで、フロノスが異変に気づいた。


 大量の黒い妖精が王城に群がっている。

 辺りを見回せば王城だけではなく貴族街にも同様に黒い妖精が群がっていた。


 明らかに異常。


 フロノスからそれを聞いたアニエスが寝ぼけ眼でそれを見るに。

 ナガラ・ケーンの事件で観測した治験者の大量死の様子に似ているという。


 この様子では明日の朝には確実に王城で人が大量に死ぬだろう。

 見ただけでそれがわかった。


 その中には王族が。

 アニエスの父や母、弟妹らがいる。


「フロー、家族を、助けて欲しいですわ」


 潤んだ瞳でアニエスはフロノスを見つめた。

 それがどのような状況を生むかなんてアニエスは知らない。

 いつだってフロノスはアニエスのヒーローで守護者だから。

 今回だってどうにかしてくれる。

 そしてフロノスはもちろん期待に応える。


「ああ」


 一言だけ。

 言葉を残して、その場からフロノスは消えた。

 厳密には濃度の高い光に変化した。

 時間と空間の妖精たるフロノス・ディアスティは高密度の妖精の塊で、アニエスの存在力全てを使用して受肉している。しかし受肉した状態ではあの暗雲のように広がる黒い妖精は止める事ができない。

 あの黒い妖精たちと同等の妖精体になり、王国中に偏在しないと救う事ができない。


 そう判断した結果の行動だった。


 人間界に来て初めて受肉状態を解除し、妖精として世界に顕現したフロノス。それは質量を持った光。驚くアニエスをその場に置いて、アニエスの部屋から真っ直ぐに王城へと飛び立っていった。


 光の潮流は。

 うねり広がり曲がりくねり。


 当たる黒い妖精を蹴散らし空を駆ける。


 王城、貴族街、様々な場所へ群がる黒い妖精、フロノスは身体を分かちてそれぞれへと進んだ。

 その中の一つ、王城の中には特に黒い妖精が満ち満ちていた。

 王族は強い存在力を持っている。その力が妖精を惹きつける。今は薬によってそれが増幅されている。自然とよってくる黒い妖精の量も増える。


 廊下を埋め尽くす、黒雲のようなそれらを貫いて進んだその先には、予想通りアニエスの家族が寝ていた。彼らには大量の黒い妖精が群がり、存在力を吸い出し、無駄に発散させていた。


 このままにしておけば確実に明日の朝には死ぬ。


 そこでフロノスはそれぞれを妖精体でコーティングする事で護る事とした。

 こうすれば黒い妖精が人間に触れる事ができないようになる。

 しかしそれとて押し寄せる黒い妖精に対しては完全ではない。隙間を狙って存在力を吸い上げるのだ。

 あくまで延命程度の効果しか持たなかった。

 しかも薬を飲んだのは王族だけではなく多くの高位貴族も同様で黒い妖精が群がっているのは王城だけではなく、フロノスはそちらにも妖精体を回さなければならず、圧倒的に手が足りない状況だった。


 だが、ある程度経てば薬の効果が消えて、黒い妖精も霧散するであろうと考えていた。


 しかし。

 それは希望的観測に過ぎず。

 一日経ち、二日経ち、三日から六日まで過ぎようとも黒い妖精は減る事はなかった。

 反面、フロノスの妖精体は消耗している。

 どうやら自然に集まってきているだけだと思われた黒い妖精は無限に生み出されているらしい。


 状況は明らかにジリ貧の状態になっていた。


 こうなっては守りから転じてこちらから攻めるしかないとフロノスは判断している。方法としてはこの黒い妖精が無限に生み出させる状況を止めるのが一番だ。生み出されている場所も既にわかっている。そこへ行って元を断てばいい。


 フロノスならばそれが可能だ。

 フロノス以外には誰にも不可能だ。


 可能ではあるがリスクはある。

 多大なリスクをはらんでいる。


 これに対応するにはフロノスは完全に妖精としての力を全て使い果たす。

 その場合、受肉状態として戻ってこられるかどころか、フロノスとしての意識すら残るかわからない。


 それをアニエスに告げるために。

 フロノスは今この場所に声だけを出せる程度に身体を転移させていた。



 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



 話を現在に戻そう。



 真面目に頭を下げたアニエスにフロノスは声だけで応える。


「いいさ。あの人たちはお嬢の大切な家族だろう」


「……うぃ」


 普段であればその金色の髪をフロノスが撫で、アニエスが頭を押し付ける所であるが。

 今はそれは叶わない。

 お互いの声にはもの足りなさが漂う。


「で、だ。今の対症療法的なやり方だと。残念ながら黒い妖精に押し切られる」


「そう、ですわ……フローでも無理なのですわ」


「無理、とは言ってない」


「いけるですわ?」


 出来ないと言われて気に入らない感じのフロノスの声に普段の表情を思い出したアニエスの声には少しだけ楽しそうな表情がつく。しかしそれはその一回だけ。次のフロノスの言葉に、アニエスの声音はガラッと変わる。


「ああ。ただ……それをやった場合、十中八九、俺は消える」


 フロノスの分身、光の玉が目を逸らしたように瞬く。


「ダメ、です!」


 そこへ返されるのは。

 凛とした言葉。

 絶対的な否定。


 生まれてから今までついぞ宿る事のなかった王族の威厳がそこにあった。

 マスコット卒業。


「だがな……」


 それに気圧されながらも歯向かうフロノスの言葉も、食い気味にアニエスの威厳ある声に消される。


「フローは私のそばにずっといると誓いました。誓いを破るのは違います」


 生まれて初めて放つ王族の威厳は危うく声だけのフロノスを霧散させそうなほどの存在力を放つ。


「ぐ、まあそうだが……」


「死ぬまで一緒だって言いましたわ」


「お嬢、それは違うぞ」


「何がですわ! 言ってないなんていうですわ? 誓いなんてなかったと! 嘘をつくですわ?」


 誓いの言葉を否定されたと感じたアニエス。身につけたばかりの王族の威厳すらも振り払って怒った。

 クワっと目を開き、怒りの矛先を探すが、そこにフロノスの実体はない。

 そんなアニエスの周りにホタルのように儚い光が止まり。

 声になる。


「違う。違うぞ、お嬢。勘違いするな。もちろん誓ったさ。でもな死ぬまでじゃない」


「じゃあ……なんですわー……」


 言葉が泣いている。

 そんな泣いた子供をあやすようにフロノスの声は耳元で優しく囁く。


「死ぬまでじゃない。死んでからも、ずっと一緒だって誓ったんだ」


「うぃ? 死んでからも?」


「ああ、死んでからも、だ。忘れたのか?」


 言葉は優しく。

 でもいつものように。からかってくる。


「むう、知ってるですわ! 覚えてるですわ! 間違えただけですわ! 誓ったのなら守るですわ!」


 王族の威厳はどこへやら。

 いつものアニエスに戻ったようだった。それを見てフロノスの声も安心したように息を漏らした。

 マスコット復帰。


「ま、そうだな。俺とお嬢は一蓮托生だからな。俺だけ消えるってのはダメだな。んー。じゃあ、やり方を変えるわ。さっきの話は俺だけがリスクを背負った場合の話だ」


「他にあるですわ?」


「……お嬢が一緒にリスクを背負ってくれれば消える確率は半々くらいになる」


「やったらんですわ!」


「だけどな、俺はあんまりやりたくないんだよ」


「一蓮! 托生! ですわ!」


「だけどな。俺はお嬢の魔法を奪った。その負い目があるから守ってんのに。俺がお嬢に守られるのは本末転倒じゃないか?」


「何言ってるんですわ! そんな昔の話! フローは私の大事な助手ですわ! 大事な相棒ですわ! てか負い目だけでやってるんですわ? 愛は!? 私を愛してるんじゃないですわ!?」


「いや、もちろん俺はお嬢を愛している。一目で惚れた。だからずっとそばにいたいと思ったし。実際そばにいる。でも俺の罪が昔の話で。それがどうでもいいってのはちょっと違うだろ……そもそも俺がお嬢に恋しなかったらお嬢は普通に魔法が使えて、普通にこの国の王になれたんだぞ。お嬢の不幸は全部俺のせいだ。俺を恨む筋はあっても、俺を愛する筋はないんだ。この状況も全部俺のエゴが生んだ結果だ」


 ダラダラと長く続く、聞くに堪えない光の玉のごたくが。

 耳元で流れる間。

 刻一刻と。

 アニエスの金毛は膨らみ続け。

 ついには怒髪が天を衝いた。


 瞬間。


「もーもーもーもー! たらればうっさい! ですわ!」


 キレた。


「うっさいって!? 何だぞれは! お行儀悪いぞ、お嬢。やめなさい」


 初めてみるアニエスの怒りにフロノスは慌てながらもいつものお母さんモードを発動するが。

 無駄である。


「うっさいは! うっさいですわ! 自分の事ばっかりウジウジうっさいですわ! 私だって初めてフローを見た時に恋に落ちてるですわ! 大事なのですわ! 守りたいのですわ! 守らせろ! ですわ!」


 そこまで言い切って。

 息が切れたのか。

 ふうふうと獣のように肩で息をして。

 それでも眼光は鋭く、フロノスの分体である光の玉を睨みつけている。


「ククッ。お嬢、そんな蓮っ葉な態度は似合わんぜ」


 光の玉が笑ったように瞬いた。


「真剣なのですわ!」


 まだお怒りモードのアニエスにまたフロノスの玉が数度瞬き、呆れたように諦めたように輝度を落とした。


「ああ、わかった。俺も腹括ったよ」


「それがいいですわ」


 満足したようにむふうと鼻から息を吐き出した。


「よし、お嬢! 一緒に死んでくれ!」


「うぃ! どんとこい! ですわ!」


 アニエスは薄い胸を叩いた。


「よし。じゃあ今日は俺が依頼人だ。聞いてください」


「うぃ?」


 光の玉が瞬き、輝度を増した。


「依頼人はローレライ魔法王国王城内にある妖精探偵社にお住まいのフロノス・ディアスティ様、男性、年齢は秘密です。居住地にある妖精探偵社で助手をしていらっしゃいます。探偵であるアニエス・フォン・ローレライ様を心の底から愛しており、死ぬまでも、死んでからもそばにいるという誓いのもと。日夜、助手はもとより、食事の用意、部屋の掃除、衣服の洗濯、お風呂の準備、オヤスミのキスまで承っております! では本日の依頼をどうぞ!」


 助手が滔々と自分の情報を誦じる。


「にゃあ! やめるですわ! オヤスミのキスはたまにしかされてないですわ! 眠れない時だけですわ!」


「ククッ、小さい頃は毎日だったがな」


「むう! これはなんなんですわ? 恥ずかしめたいだけですわ!?」


「まあそれもあるが、この事件を俺とお嬢が死ぬ事なく解決したい。そういう俺からお嬢への依頼だ」


「じゃあそう言えばいいですわー!」


「なんだろうな? ここからやらないと調子でないだろ?」


「それは確かにそうですわ! わかったですわ! 見るですわ! じゃあフローいつものよこすですわ!」


 ビートカモンのポーズ。

 応えるように光の玉が瞬き。

 それが声になる。


「お嬢」


「うぃ」


「出番だ」


「うぃ! 見るのですわー!」


 出番の言葉に立ち上がり。

 ベッドの上へ飛び乗って仁王立ち。


 場所は違えど。


 いつものアニエス。


 心なしか声には王族の威厳が残っている。そばにフロノスはいないが、フロノスはどこにでもいる。死ぬまでも死んでからもずっとそばにいる。アニエスとフロノスは一蓮托生。どこにいても何をしていても二人は分かたれる事はない。死だって二人を別つ事はない。


 そんな自信を胸に。


 小さな右手で短筒を形作ると、そこにできた穴を虹色の瞳で覗き込む。


 左目を閉じて。


 右目を開いて。


 覗いた先には依頼人の光の点になったフロノスがいる。


 それを虹色の瞳、妖精眼が捉える。

 そこに映るのは依頼人ではない。

 そこに映るのは依頼の結果である。


 アニエスはただその見えた結果を告げる。


「光り輝くダルクを! 消毒したら! 真っ黒けーですわー!」


 相変わらず意味はわからないが。

 その言葉は今回の犯人がダルクである事を告げている。

 アニエスも。

 フロノスも。

 お互いそれはわかっていた。


 フロノスは証拠がないから語らず。

 アニエスは弟を信じたいから語らなかった。


 だが今は観測した。

 事件の解決を観測した。


 あとはやるだけ。


「いくぞ! お嬢!」


「うぃ! やったらんですわ!」


 二人は貴族牢を抜け出した。


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