第16話 魔法の国の家族と乾杯

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    表

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 そんな妖精探偵社。


 今日は依頼人はそばにいない。場所も妖精探偵社ではない。

 だが依頼で来ている。

 ここは王城。


「依頼人はローレライ魔法王国王城にお住まいのサラム・フォン・ローレライ様。男性、二十歳。あそこで偉そうな椅子に座って貴族から挨拶を受けていらっしゃいます。お馴染みの依頼人ですが、今日はご本人の結婚発表の宴ですのでこの場にはいらっしゃいません」


 助手が空々しく依頼人の情報を誦じる。


 今日は以前からサラムに出席を請われていた結婚披露の宴。


 サラムは王太子で、そんな彼が結婚すると言う事はまた一歩、彼が王になる日が近づいたと言う事だ。ついこの間まで不仲だった王太子とその婚約者が結婚披露の宴を行うフェーズまで進んだのはひとえに妖精探偵社が仲を取り持ったからであり、二人の感謝は並々ならぬものであった。

 それは貴族籍にない、フロノス・ディアスティがこの場に出席できているのが確たる証拠であろう。


「はえーサラムもハリーちゃんも美しいですわー」


 依頼人であるサラムを遠目に眺めながら、アニエスの呆けた声。


「そうだな。あれが王族の威厳ってやつなのかもな」


 普段とあまり変わりのなさそうな黒服を身に纏っているように見えるが、今日はこの国でも最高格の宴であり、流石にフロノスもブロードランデザインの正装を身に纏っていた。

 男ぶりがさらにしまった気がするのは服のせいか、場のせいか。


 そんなジャケットの燕尾部分をアニエスがちょいちょと引っ張る。


「私にも、それ、あるですわ?」


 裾が引っ張られた先にいる。精一杯薄い胸をはったアニエスに視線を落とし、その中に一生懸命王族の威厳を探して、探して、なお言葉を選んだ結果。


「んー? お嬢はな。王族のマスコットって感じかな?」


「うぃ!? マスコットってなんですわー! 私にも威厳を感じるですわー!」


 助手の失礼な発言にアニエスはぷんぷん怒って飛び跳ねる。

 もふっと膨らんだ金色の髪がジャンプに合わせてふわふわと揺れる。


「ククッ。その態度じゃあ、そりゃあ無理ってモンだろう」


 そんな愛らしい行動を皮肉りながらも、大きく膨らんだ金毛を撫でてその感触を楽しんでいる。


「このドレスを着ててもダメですわー?」


 抗議の飛び跳ねをヤメて、アニエスは残念そうに自分の着ているドレスをマジマジと眺める。

 先日、ブロードランのトップデザイナーであるアルバンとバールがデザインしてくれたドレスである。


 このドレスを着たアニエスが入場した瞬間に会場の空気が変わった。

 それだけこのドレスのインパクトはすごかった。

 一見普通のドレスであるが。

 しかし王侯貴族にはわかる。


 あれはドレスのエポックメイキングであると。


 しかもブロードランの新作である事も一目見ただけでわかる。あのドレスはブロードランのアイコンであるブロードラン・ザワンが世に出た時と同じだ。あの日の再来だ。

 今夜を境にドレスのトレンドは変わるだろうと誰もが確信した。


 会場はざわめくだけざわめいたが、何せ着ているのがアニエス第一王女殿下である。

 昨今は妖精探偵として名を馳せているが、大多数の貴族の間ではまだ無能王女という認識も強いし、見直していたとしても今まで蔑み続けてきた手前、まだ手のひらを返せていない貴族が大多数であった。

 お互い誰かが声をかけるタイミングを待つというこう着状態であった。


 そんなアニエスへと。


「アニー。今日も可愛らしいな」


 一組の男女が近づき、声をかけてきた。

 アニエス第一王女をそんな愛称で呼ぶのは誰あろう。

 王と王妃である。


「うぃ、お父様! お久しぶりですわー!」


「妾もいますよ。アニー」


「にゃ! お母様も! お久しぶりですわー!」


 突如現れた王と王妃。

 アニエスの(ドレスの)様子を伺うために周りにいた貴族たちが一斉に臣下の礼をとった。フロノスも略式であるが臣下の礼をとっている。その中で唯一アニエスだけが王と王妃ではなく、父と母として対応している。


 この親子が再会するのは実に久しぶりであった。

 アニエスは探偵として忙しく。

 王と王妃は公務で忙しい。

 アニエスが貴族関連の依頼をこなすといっても、それで王に謁見する事はない。

 王と王妃が平民の視察をするといっても、そこにアニエスがいる事はない。


「アニー。サラムとハリエットの仲を探偵として改善してくれたらしいな。儂からも感謝の言葉を」


「うぃ、やったったですわー」


「本当にすごいわ、アニー。探偵として頑張っているのは聞いていたけれど、妾たちがいくら手を出してもダメだった二人の仲を取り持つなんて。母は嬉しいですよ」


「うぃ! サラムとハリーちゃんは元々いい子だから仲良しに戻ったのですわー」


「あらあら謙遜もできるようになったのね、アニー。もう、可愛いわ。久しぶりにぎゅうってしていいかしら?」


「もちろんですわー」


 ぴょこぴょこんとアニエスが飛び跳ね近づき、両手を王妃に差し出した。

 うむ、くるしゅうない。ハグをするがよい。のポーズ。

 それを見て王妃は微笑み優しく娘を抱きしめる。


 母と娘の抱擁。


 もちろんパーティの場でやる事でない事は王妃としてはわかっている。しかしそれ以上にこの親子が会えるタイミングは限られているし、成長した娘に対する喜びが溢れて止まらなかった。


 シルフィほどではないが、割と大柄な王妃に抱きしめられて、小柄なアニエスはその肉体に埋もれた。


 しかしシルフィの抱擁とは違い、その抱擁は力ではなく優しさに溢れていて、全く苦しくない。母の柔らかい抱擁を堪能したアニエスはもふーんと息を長くこぼした。

 王妃も今この一瞬だけは王妃から母に戻っていた。懐かしい金毛のもふもふに顔を突っ込みスンスンと匂いを嗅ぐと懐かしい娘の匂いが鼻腔をくすぐる。同時にアニエスが幼かった頃の記憶が蘇り、鼻の奥がツンとなった。


 すると。

 どこからともなく拍手がなった。

 これほどに美しい親子の抱擁をマナー違反などと謗る無粋な貴族は少なかったらしい。


 しばらくの抱擁の後、アニエスを解放した王妃。


「それにしてもアニー。そのドレスは素晴らしいわね。ブロードランのドレスでしょう?」


 みなが聞きたかったであろう事を代理で聞いた。

 これは拍手をくれた周りの貴族への礼である。それは周りの貴族も理解していた。


「うぃ! アルバンとバールがくれたですわー。二人一緒に作ったらしいですわー」


 その言葉に周りがざわめいた。


 アニエス本人はその言葉の意味を理解していない。

 しかしそれはトレンドを作り出すのがステータスになっている貴族にはとても大きい意味を持つ言葉。

 ブロードランのアルバン&バールと言えば貴族の中でも名が通っており知らぬ者は少ないくらい。

 その能力も。その不仲も。同等に情報として伝わっている。着ているドレスが。そんな二人の共作だと、アニエスは言ったのである。俄には信じ難い話ではあるが、目の前にあるドレスがその言葉に説得力を持たせているのも事実である。


「姉様! そこ! 詳しく!」


 いたのかシルフィ。

 久々の親子の再会を邪魔しないようにと貴族の輪の中に埋もれていたシルフィ・フォン・ローレライがアニエスの言葉に辛抱たまらず飛び出してきた。

 そしてそのまま勢い止まらず抱きしめて持ち上げてアニエスの金毛をスンカスンカしている。

 王妃がアニエスを抱きしめているのを見て辛抱たまらなくなったという説もある。


「にゃあ!! シルフィ!!!」


 あまりの驚きにアニエスの金毛がぶわりと膨らんだ。

 しかし驚くだけで抵抗なく肉体に埋まりチベスナ顔になるアニエス。


「姉様! アルバンとバールの共作ってどういうこと!? あの二人は犬猿の中で有名なのよ。その二人が一緒に作ったドレスってブロードラン・ザワンっていう一着だけなのよ。他にはないのよ。でもそのドレスが二人の新作だっていわれたら、その出来は納得せざるを得ない出来なんだけど! 姉様が嘘つくわけないし! でもどうやったの!? 私がいくら頼んでもダメだったのよ?」


「むー苦しくて答えられないですわー。離してくれたら話してあげるですわー」


 質問の対価になんとかこの肉地獄から解放されようと画策するチベスナ顔のアニエス。

 しかしその顔が大好きな男がここには一人。

 そんな簡単に解放されるわけがない。


「シルフィ殿下、お待ちください。姉妹のコミュニケーションは大事ですのでそのままで。説明はお嬢に代わって俺が説明しますんで」


「さすがね、フロノス。よくわかってるわ」


「にゃ! フロー! 裏切ったで……」


 すわー! という語尾は最後まで音にならず、アニエスの顔はシルフィの豊満な肉体に埋もれていった。

 もちろんチベスナ顔のままで。


「裏切り? ちょっとわからないな。お嬢は説明の間、そこでゆっくり埋もれててくれ。その顔、堪能させてもらう」


 そう言ってからフロノスは先日あったブロードラン後継事件の顛末を語った。


 もちろん探偵の守秘義務があるのでブロードランの宣伝になる部分として語っていい部分だけを語っている。

 ざっくりと、アルバンとバールの恋物語の部分とそれにまつわるこのドレスの成り立ち程度。


 小気味の良いフローの語り口で語られたそのストーリー。

 幼い頃からお互いを思い合い、でも素直になれなかった二人、その二人がお互いの気持ちに気づいた事で。

 生まれたドレス。

 会場で聞くものはみなそのストーリーに聞き惚れた。


 このドレスにはストーリーがある。


 そしてストーリーのある商品は売れる。

 そこに希少価値がつけば完璧だ。

 きっと今夜を境にブロードランはさらなる発展を遂げるだろう。


 会場の誰しもがどのようにあのドレスを手に入れるかを算段していた。


 しかしシルフィ・フォン・ローレライの狙いはその上をいっている。


「んで、フロノス。あんた。その話をこの場で語ったからには話はつけられるんでしょうね?」


 声に風の魔力でも込めてるのかと思わんばかりのドスの効いた低音だった。


 話をつけられるか。

 という問いの意味する所は。

 王族ですら予約をとる事が困難なブランド。さらに言えば今夜を境にそれが激化する事が明らかなブロードランのアルバン&バールに、お前を通せばドレスデザインを依頼できるんだろうな。

 という問いかけというか脅迫というか恫喝である。


 会場の人間の大多数はアニエスの着ているドレスを手に入れる方法を考えていたがシルフィは違う。アニエスが着ているドレスはアニエス専用だと見抜いている。アニエス以外が着てもここまでの輝きを放つ事はないだろうとわかっている。だからシルフィは二人にデザインを依頼して、今夜を境に変わるドレスのトレンドをいち早く掴むつもりなのである。

 ファッションや宝石にこだわりのあるシルフィの本気である。


 ノーマンであれば怯えて声も出せなくなりそうなシルフィの本気に対しても、フロノスは普段と変わらない調子で、表情を何一つ変える事なく答える。


「できますよ。というか逆に言えば妖精探偵社経由以外では現状は無理でしょうね。彼らは特級のデザイナーだ。貴族や王族が圧力をかけた所で美は生み出せません。美が生まれなかったら彼らは依頼を引き受けないでしょう」


「それがあんたを通せばできると?」


「まあ可能と言えば可能ですが。それを通すかどうかは妖精探偵社、ひいてはアニエス第一王女殿下との今までの付き合い方と今後の付き合い方、次第ではないでしょうか? ねえ、皆さん?」


 そう言ってわざとらしくフロノスは会場全体を見回した。

 目が合って小さく頷く者。目を逸らす者。いまいましそうに睨んで来る者。

 反応は様々だった。

 フロノスとしてもこの手札を無駄にする気はない。これを使ってアニエスを見下している貴族どもの手のひらを返させる気であった。


「あーはいはい。そういう事ね。ならいいわ。明日辺りにそっちに行くから。準備しといて」


 フロノスの意図を正確に理解したシルフィは自分は優先されるだろうと認識して抱きしめていたアニエスを優しく解放した。


「承知しました。お待ちしております」


 そう言いながら、やっと肉地獄から解放されてポケッとしているアニエスを素早く回収する。

 そんなフロノスに貴族の輪の外から声がかかった。


「姉貴、フロノス、久しぶりのパーティーの割には随分と話題を掻っ攫ってくじゃねえか」


 声に貴族の輪がサッと割れた。


 声の主人はこのパーティーの主人でもある。

 サラム・フォン・ローレライ、ハリエット・トリートの両名であった。

 その後ろにはユーディン・フォン・ローレライとノーマン・フォン・ローレライが話しており、その隣には末の弟、ダルク・フォン・ローレライが無表情で立っている。


 王族だよ、全員集合状態になった。


「我が兄弟ですわー! みんなお久しぶりですわー!」


 アニエスが笑顔で手を振るとダルク以外の人間は皆笑顔で手を振りながらアニエス達の輪に加わってきた。ダルクも忌々しそうな顔をしながらも一歩遅れてその輪に加わった。

 この末の弟は普段はキラキラ金髪ボーイだが、どうにもアニエスの事が嫌いらしい。


「サラム、ハリーちゃん。今日は結婚発表おめでとうですわー!」


「おう、姉貴も来てくれて、ありがとうな。姉貴を呼んで嫌な思いをさせないかだけが心配だったんだが、この感じだと大丈夫そうだな」


「うぃ! みんなのお陰で楽しいパーティですわー。お父様、お母様にも久しぶりに会えたし、こうやって家族全員で顔を合わせられるなんて思わなかったですわー! 意地悪サラムもたまには良い事するですわー」


「俺は姉貴にそんなに意地悪してねえよ。いつも美味いスィーツ持ってってるだろうが」


「あ! それですわ! ルールー洋菓子店をこの間まで秘密にしてたのは罪ですわ! 逮捕逮捕! ですわ!」


「おい、なんでだよ! 絶品の洋菓子店を紹介したんだから良いじゃねえか!」


 わふわふと飛びつくアニエスの頭を手でおさえられている。こうなると小柄なアニエスでは長身のサラムに指先ひとつ触れる事ができない。それでもなんとかしようとわふわふしているアニエスに、横から優しい声がかかる。


「アニエス義姉様、今日は来てくれてありがとうございます」


 その声に反応して、ピッとサラムへと飛びかかるのをやめるアニエス。声の方に向き直ってニコリと笑う。


「にゃ! ハリーちゃん! 結婚おめでとうですわー!」


「この日を迎えられたのは全てアニエス義姉様のお陰です」


「あれから、サラムはちゃんと優しくしてくれてるですわ?」


「ええ、とっても……」


 そう言ってはにかんだ様に笑い、夫となったサラムの顔を見る。

 夫婦となった二人の頬は同時に桜色に染まっていた。


 こうやって家族全員で久々の歓談を楽しんだ。ユーディンもノーマンも久しぶりの家族の再会に終始にこやかで。さらにその後アニエスは色々な貴族とも会話をした。今まで無能王女として無視され続けてきたアニエスはそれだけでも嬉しかった。その貴族の中にはリアン・フルート侯爵を筆頭にした選民主義派閥の人間もいて、アニエスへの今までの無礼への謝罪や関係改善を申し出たりする家もあったりと、妖精探偵社にとって実りある内容となった。


 宴もたけなわ。


 最後はこの国の繁栄を願って。


 ワインで祝杯をあげた。



 そんな和やかな宴の中にあって。


 一人だけアニエスに話しかける事もなく。

 

 ひたすらに憎しみのこもった瞳をアニエスに向ける少年。


 其は。


 ダルク・フォン・ローレライ。



 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽

    裏

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 あまりの憎しみに。

 金色の髪が闇に染まりそうになる。

 気を抜けばあっという間に毛先から闇色に戻ってしまいそうだった。

 それだけ今の感情は暗い。


 パーティが華やかになればなるほど。

 両親が楽しそうに話をすればするほど。

 兄弟が嬉しそうにすればするほど。


 感情は深く闇に沈んでいく。


 中心にいるあの女のせいだ。

 話題の中心にあの女がいるというだけで感情は深く黒く堕ちていく。


 明るいパーティの場だというのに少年の視界は暗澹だった。


 周りにいる派閥の貴族は無能のくせに生意気だ。

 無能はやはりパーティのマナーがなっていない。

 王も王妃もそれに乗っている。

 今の王家はやはりだめだ。

 ねえ、ダルク様。そう思いませんか?

 ダルク様がこの国を変えるべきです。


 などと耳元で囁く。


 聞いていて心地の良い言葉だが。

 反面、どうにもならない気持ちの悪さが後味に残る。


 そんな言葉たち。


 それはもう呪詛に近い。


 その言葉には黒い妖精がチラリチラリと踊っている。


 ローレライ魔法王国第四王子、ダルク・フォン・ローレライ。

 彼は闇属性で生まれてきた。


 闇属性の人間が生まれてくるのはとても珍しい。

 そしてその珍しい人間の九割以上は重犯罪者となっている。


 そんな子供が王家に生まれた。


 後から聞けば。

 無能が生まれた時と同じように神に返すという意見が大半だったようだ。

 しかしそうなる事はなかった。

 王と王妃は長女の時と同様にそんな事を許さなかった。


 だから今もダルクは生きている。


 ダルク本人の考えとしては。

 正直な所、王と王妃は生まれた時に貴族の意見に従ってダルクを神に返しておくべきだったと考えていた。そうすれば幼少期にあれほど辛い目に合わなくて済んだのだから。生まれてきたくなんてなかった。生はただ辛かった。王城を歩けば貴族がこれみよがしにヒソヒソと話し出す。身支度を任された侍女は腫物か穢れを扱っているかのような態度。家族からは優しい言葉をかけられたが。それは全て憐れみの言葉に聞こえた。


 中でも嫌いだったのが長女だった。


 私も同じですわー。

 わかるですわー。

 気にしないのが一番ですわー。


 わかったような薄っぺらい言葉しか発しないバカ女。

 何を言ってんだ。

 隣に全てを叶える男を従えておいて。

 何を言っているんだ。この女は。


 僕とは違う。

 お前は僕とは違う。

 お前は持っていて。

 僕は持っていない。


 いつも隣にいる魔力の塊の様な男を。

 バカ女を包み込む、まるで魔力そのものの様な男を。


 羨ましいと。心底思っていた。

 そう思えば思うほど。

 羨めば羨むほど。妬めば妬むほど。憎めば憎むほど。


 髪は闇色に染まり。心は深く闇に沈んだ。


 それがダルクの日常であった。


 そんなある日。

 本当に心が深く深く闇に沈んだ時に声が聞こえる様になった。

 その声は本当に優しかった。声だけでわかった。これは自分と同じ境遇の人間だと。闇に生まれ、闇に塗れて、闇に染まって、全てが闇でできている。

 生まれて初めてできた同志だった。


 そこからダルクの生活は少し楽になった。


 嫌な気持ちになればなるほど。人を憎めば憎むほど。世の中を恨めば恨むほど。

 その声は輪郭を持って。形になって。意志を持って。聞こえる様になった。心の中で会話もできる様になった。孤独が癒やされた。誰に何を言われても自分への攻撃に聞こえる言葉だが。心の中から聞こえるこの声だけは素直に受け入れられた。


 苦しむ自分にその声は言った。

 他人に期待するから苦しむんだよ。他人からの好意なんてないよ。他人は全員自分のために動いているんだから。だったら他人なんて全員騙せばいいんだよ。他人なんて全員自分の駒だよ。君は生まれながらに王になる人間だよ。今いる王や次の王はそれを奪う人間だよ。君はそれを守らなければならないんだよ。


 僕はそばにいるから。

 僕と一緒にやり遂げよう。


「うん」


 心の声に応えた瞬間。

 髪が金色に変わり。

 光魔法が使える様になっていた。


 心の声が、これが王の証明だよ。そう言っていた。


 その時。

 世界が変わった。恨めしかった世界の全てが自分の所有物に見えた。これが正しい世界だ。僕が全てを持つのが正しい世界だ。そうか。だったら世界をより正しい世界に書き換えなければならない。

 父が持つ国は僕のものだ。兄が受け継ぐ国は僕のものだ。貴族が甘受している利益は僕のものだ。国民が感じている幸せは僕のものだ。

 全部、全部、僕のものだ。


 王とは僕だ。


 僕こそ王だ。


 正すのだ。


 心の声がそう言った。


 だからそれ以来。

 ダルクは全てを偽った。人心を掌握するために飴と鞭を使った。あらゆる所であらゆる人間を操った。世界を正すために。幸せな人間は不幸にしなければいけない。利益は全てダルクのものでなければならない。ダルクは王にならなければならない。

 どんな難しい事でも心の声が黒い妖精を使役して叶えてくれた。

 長女が持っているあの男と同じだとダルクは思った。

 金色のダルクは願えばいいのだ。

 そうすれば。

 闇色のダルクが全てを叶えてくれる。


 そして。


 今日はその大詰め。


 貴族から利益を取り戻す。


 王から国民を取り戻す。


 王太子には次の国を渡さない。


 この世界は。


 全部。


 ダルク・フォン・ローレライの。


 モノだ。



 その一杯で。


 終わる。


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