第14話 魔法の国の椅子と闇

 夜。


 魔法新薬開発室室長室。


 ナガラは真っ暗な部屋の中で室長の椅子に座っていた。


「解決、ね……」


 少し椅子の座面を左右に回す。


 キシりと小さく音がなった。


 思っていたよりも座り心地の悪い椅子だとナガラは思った。前任のエイド室長があれほど固執していた椅子なのだからもっと座り心地がいいのかと思ったが。これなら研究室の粗末な椅子の方がよほど座っててやる気が出る。


「私たちの目的は達成できたけど、彼らにとっての解決なのかね? 貴方はどう思います?」


 真っ暗い室内。

 前室長とナガラがついこの間向かい合っていた位置にある黒い塊に問いかける。


「もちろん解決したのさ。彼らは依頼を受けてその依頼に沿って事象を動かした。これは解決だろう?」


「そうなるんですかね?」


 暗闇の中に浮かび、より一層暗い影。

 それは密室殺人事件でも暗躍していたダルク派閥の影だった。


「そうなるね。君にとっても解決だろう。その薬を開発できた。さらに新薬開発室の室長になれた」


「そうかな? じゃあ貴方にとっては解決だったかい?」


「ああ、もちろんさ。僕は君の手の中にあるその薬が必要だった。それを秘密裏に開発したかった。それが成った。解決以外に何があるんだい?」


「そう、だね。この薬が開発できたのは全部貴方のお陰だ。貴方がいなかったら私はエイド室長に一生飼い殺されていただろう」


 過去を思い返すように暗い室内の宙に視線を投げる。


 エイド前室長はナガラの才能を恐れていた。

 強力ではないが精緻の極みのような水魔法を使い、薬品への造詣が深く、開発案として出される薬品のアイディアはどれも素晴らしい。

 入室当初はエイドもナガラを便利に使っていた。

 しかしどこかで自分とナガラの器が違う事に気づいてしまったらしい。このまま順調にナガラが成長し、実績を積めば軽く自分など追い越していくと確信してしまったらしい。


 多分それは今ナガラの手にある薬の、企画草案を提出した時だったように思われる。

 国家の問題を一つ解決する薬。

 中央と地方の格差を是正する薬。

 企画書を見るだけで薬品開発者なら目の色を変えるだろう。


 実際、エイド前室長は目の色を変えた。

 はじめは喜色。

 のちに嫉妬。

 さいごは絶望。

 クルクルと色を変えた。


 そして最後に残った光も色もない瞳で、手の中に企画書を握りつぶし、叫んだ。


「ぜっ! たいに! この薬は開発させん!」


 ご丁寧に魔法で溶解水を出してその中に企画書を放り込んだ。

 溶かされる書類にナガラは自分の未来を見た。 


 そこから数ヶ月。

 ナガラはエイド前室長から嫌がらせを受けた。

 伯爵家の人間に子爵家の養子が何をされようと誰も何も言わない。

 それでもナガラは薬を開発したい一心で我慢した。


 そんな時。


「貴方が目の前に現れた」


「いいタイミングだったろう?」


「ええ、そうですね。貴方はあの時言った。薬を作るのが目的ならばエイドに作らせればいいじゃないか。と」


「言ったね」


「目から鱗でした。そうか、私が作らなくても良いんだと気づきました。でもその段では私には何もできない。そうでしょう? エイド室長はすでに自分の企画書を見ている。あれでも彼は薬品開発者の端くれだ、他人の企画をただ乗りするほど腐っていない。むしろいっそそこまで腐ってくれていたら楽だったのに。でも貴方はそれも解決した」


「したね」


「次の日には私が考えた企画内容とほぼ違わぬ企画書が開発チームで共有された。どうやって記憶の改ざんをしたのかはわからないが、エイド前室長は自分があの薬を思い付いたと自信満々に言い放っていた」


「ああ、簡単だったよ。彼は単純だったからね」


「そして今回、私は貴方が出した条件を遂行した」


「それが今回の事件だね」


「ええ、貴方の言うままに妖精探偵社に依頼しただけで」


「この薬は未完成扱いとなり、開発者は逮捕され、全部は闇に返った。そして僕らの手元にはこの薬がある。エイド前室長はもう少し粘るかと思ってたけどね。あの自白は君の仕込みだろう?」


「ええ、簡単になるように酒に少しだけ正直になる薬を」


「君も悪い人間だね」


「ええ、私は貴方と組んだ段階で悪になると決めましたから」


「悪、ね。僕はそんなつもりはないんだけど? まあいいさ。とにかく君は見事に条件を達成した。この薬を公にはしない事。そしてこの薬を僕へ供与する事。ともにクリアだ。後はこの薬を君がどう使おうと、僕がどう使おうと、お互いに関与しない」


「ええ、そうですね」


「じゃあ、僕は行くよ」


 そう言うと闇の男は扉を開く事もなく、音を立てる事もなく、室内から消えた。闇が消えた所にはまた闇が残されていた。


 それを少しだけ見る事もなく見た後。


 ナガラは気を取り直したように手元の薬を封筒に詰めて配送へと回した。

 宛先はケーン子爵家。

 この薬があれば愛する故郷は救われるだろう。

 元々妖精に愛されている人間の少ない地域。

 妖精に愛されすぎて死ぬ人間もいないだろう。


 念のため、養父には注意書きを書いておいた。


 連続で使用しない事。

 元々強い魔法が使える人間は使用しない事。

 今回送っただけしか薬が用意できない事。


「これを守れれば問題は起きないけど。どうかな……」


 人間の欲に際限はない。

 それは王都に来てナガラは思い知った。

 自分にも他人にも欲望が満ちている。


「さて、私も審判を受けるとするかな」


 手元には酒。

 フラスコに入った酒。

 前室長を陥れた酒。

 薬入りの酒。ただし入っている薬は自白剤ではない。


 一気に煽る。


「さて、百人の内、五十人が死んだ毒薬だ。きっと私に裁きを与えてくれるだろう」


 座り心地の悪い椅子に座り、固い机に突っ伏すようにナガラは眠った。



 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



 薬が届いたケーン子爵家はその年はとても勢いがあったというが、その次の年には飢饉で人口が減り、数年してまた元通りの貧しい領地に戻ったというのは。

 また別の話。


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