第7話 事件発生
「そうですか、それは災難でしたね。いえ、今後とも宜しくお願い致します」
電話を切り、一息吐いた。
「どうしたんですか、溜め息なんて吐いて、借金の取立てですか?」
「いや違うよ。そもそも借金してないし。覚えているかな、足柄坂田さんを。『熊退治用の制服』を提供したお客さんからの電話だったんだけど、その『制服』が無くなったって言うんだ。形跡から判断してどうやら盗まれたみたいなんだ」
「盗みと言えば、近隣の市内でも多発してますね。先刻来た夕刊に沢山載ってますよ」
Y子君から、夕刊を受け取った。
本当だ、確かに空き巣や泥棒や盗難の事件がかなりの件数載っている。鳥咲中学校と高原院さんの屋敷も被害にあっているんだ。
「先生、この記事読みましたか? 宝石強奪事件なんですけど。これは少し離れた市ですけど、今日の午前中の事件ですね。これは匂いますね」
この事件から何が匂うのかサッパリ分からないんだけど、口にしたら軽蔑されそうな雰囲気だよな。取り敢えず話を合わせよう。
完成したばかりの『運気の上がる制服』正確にはベストを羽織った。
運気が上がるのは確実だけど、今現在の状態を乗り切れるかは未知数だね。
「何も言わないのは態々言う必要が無いと言う事ですね。先生の頭の中にある通り、この一連の事件は全て繋がっていると思います。『特別な制服』を悪用しての行いです。単に『特別な制服』を盗んだのでは犯行目的がばれやすいと思ったのでしょうね、カモフラージュとして他の空き巣や泥棒や盗難を行なったのでしょう」
言われてみたらそんな気がする。僕の作った『特殊別な制服』が連続で盗まれたのは、偶然で片付けるには無理が在り過ぎる。
「そうだね、全くの同意見だよ。Y子君も勘が鋭くなってきたね」
「元々鈍くはありませんでしたよ。鈍いと言えば、裏口側の窓から変な音がして開閉が鈍くなっていましたので、見て貰えますか?」
「分かった、今見てくるよ」
「あっちの窓です」
Y子君に先導されて、店の奥を通り、店の裏手に出た。
「この窓です、ちょっと動かしてみますね。先生、何か変な匂いがしますね」
「本当だ、ガソリンの匂いだね」
周囲を確認すると、店の表側から煙が上がっていた。
「えっ、火事ですか」
Y子君の言葉の直後に大きな爆発音が響いた。
「店が、僕の店が!」
駆け出そうとした所を、Y子君に両手で引き止められた。
物凄い力だ、Y子君と一対一で綱引きをしたらおそらく勝てないだろう。
「逃げますよ、人目に付かない様に」
「何で逃げるのさ、火を消しに戻らなきゃ」
Y子君は何を言ってるんだ、意味が分からないよ。このままじゃ店が燃えちゃうんだよ。
「ガソリン撒かれて放火されたんですよ、爆発物まで投入されて。これが意味するのはお店諸共私達を焼き殺すつもりですよ。放火殺人未遂犯人はまだ近くに居るんです。逃げなきゃ殺されます。反論があれば手短にして下さい」
「ないね」
無いけど、誰が一体こんな非道な真似をしたんだ? 心当たりが無いんだけども。
Y子君に誘導されて、裏道を通り避難している。
「犯人達が遺体確認をするでしょうけど、あの二体の人形が時間を稼いでくれますよ」
「前に影武者になってくれるとか言ってたけど、まさか、言葉通りになるとは思ってもいなかったし、なって欲しくなかったよ」
炎天下店舗から一キロ程度離れた大通りに辿り着いた。
「放火の実行部隊が敵の本拠地に戻るよりも前に、敵将を討ちます」
Y子君がタクシーを止めたので、二人で乗り込んだ。Y子君が運転手さんに住所を告げた。
「それは誰の住所? そもそも敵将って誰の事なんだい?」
Y子君が耳に口を寄せて来た。タクシー運転手さんに聞かれたくないんだろう。
「夕刊を読んでいた時の話の続きです。敵は先生の作る『特別な制服』の存在を知り、宝石泥棒に利用しようとしましたが、断られて目論見が外れました。そこで既に完成した『特別な制服』を入手して利用し、宝石を盗み出しました。先刻言った通り、カモフラージュの犯行も部下を使い重ねて行ないました。そして、犯行の関連性を気付かれ無い為に、及び新たな『特別な制服』を作らせない為に、先生を店ごと口封じしようと試みたんですよ。『犯人を捕まえる制服』なんて作られたら、簡単に逮捕されてしまいますからね」
そうだったのか、そんなトンデモナイ事態に巻き込まれていたのか。
「此処迄言えば、もうお分かりですよね。敵将は、十ヶ条と名乗ったあの男です」
タクシーを降りて、一軒家の前で立ち止まった。表札は出ていなかった。
「タクシーはモクシーのパクリとか言っている場合ではないので、サッサと敵将を探しに行きましょう。この家はダミーですから、入っても仕方ありませんよ」
「敵は何処に潜伏と言うか、どうやって探したら良いんだい?」
「先生の気の向くままに歩けば良いと思いますよ、運気が上がってるんですから」
そう言われてもなぁ、犯人は色々盗んだのだから盗品を一旦隠してるんだろう。あの倉庫みたいな建物が怪しい気がする。
倉庫に向かって歩き始めた。
十分程で倉庫に到着し、誰にも見つからずに鍵の掛かっていない倉庫内部に入り込めた。
適当に進んで行くと、三人組を発見した。その内の一人は十ヶ条と名乗った男で、十ヶ条は『熊退治用の制服』を着用していた。
三人組もこっちに気付いた。
直後に、毒霧、目潰し粉、麻痺薬、麻酔針、トリモチが飛んで来て僕の体に直撃し、床に這いつくばされた。苦しくて、眼も殆ど見えないし、痺れてきて、おまけに眠くなってきた。Y子君はどうなったんだ?
「ワ……」
巧く喋れない。このまま眠ってる間に殺されるのか? 悲惨過ぎるだろ。兎に角Y子君だけでも逃がさないと。駄目だ、頭も回らなくなってきた。
「先生、ちょっとだけ我慢してて下さい。先生は、この星に着いて途方に暮れていた所を助けてくれた恩人なんですよ。私は今でも感謝してるんです」
「それがどうしたんだ、お嬢さん? つーか、何で毒とか喰らって平然と立ってるんだ?」
「何故でしょうね?」
視界が効かないので確認は出来ないが手裏剣、クナイ、槍、ドリルが発射されたらしき音が聞こえてきた。
「効きませんよ、そんなの」
「お前は一体、何者だ!」
「破壊神Y子」
巨大な爆発音が響き渡った。
「もう聞こえてないでしょうが、先生の夢に青髪のずんぐりむっくりした女神を登場させたのは私です。先生には力の一部を授けました、その為に『特別な制服』が作れる様になったんですけど、こんな結果になってしまうとは不本意です。申し訳ありませんでした。約半年前に先生に助けて頂いてとても嬉しかったです。嬉しいはもれしいのパクリなんですけどね」
意識を失った。
気が付くと病院のベッドに寝かされていた。
僕のお店炎天下の放火火災事件から既に一週間が経過していた。
警察から事情聴取を受けたので『特別な制服』の部分は伏せて、それ以外は正直に話をした。
事件現場から病院に搬送されたのは僕一人だけだったと聞かされた。つまりY子君と敵三人組の消息は不明である。
精密検査の結果、異常は見当たらず直ぐに退院出来た。
何があったのか自分の目で知りたかったので、退院直後にタクシーで事件現場の倉庫に向かった。
事件現場に到着したが、倉庫は無かった。
「何だこりゃ?」
話に聞いてはいたが、十ヶ条の居た倉庫は歪な形で巨大なクレーターが出来ていた。僕が倒れていた場所を残す様に歪な形のクレーターになっていた。
あの話は本当だったのか、これが破壊神の力なら納得できる。
「Y子君……」
ありがとう、とお礼を言うのはこっちの方だよ。『特別な制服』が作れる様になったのはY子君のお陰だったんだね。キチンとお礼と、お別れの言葉が言いたかったな。
手続きの為に書類に名前を記入している。常堂MO竜雪、今迄に数千回は書き込んだ文字である。
んんん、始めて気が付いたけど、じょうどうエムオーりゅうせつのエムオーって『モ』とも読めるよね。何かにつけて、『モ』を使ってたのは、ひょっとしてY子君なりの親愛の気持ちだったのかな?
お店は火災保険が降り、元の場所に再建される事になった。一ヶ月程で完成するようだ。
Y子君の行方は分からない。捜索依頼を出そうにも本名すら分からない、そもそも、地球人ではない説が濃厚な状態だし。暇な時間を見付けては市内をY子君を探し回った。
一ヶ月が経過して、お店が再建された。
Y子君は未だに行方知れずのまま。
新店舗、炎天下の前に一人で立っている。
発注した品物が明日届くから、その前にやる事をやっとかないとだね。一人だと大変だよ、どうしようかな?
「アルバイトでも募集しようかな?」
呟くと、背後から声が掛かった。
「知っていますか、アルバイトはモルバイトのパクリなんですよ」
完
仕立屋炎天下 特別な制服仕立てます 桃月兎 @momotukiusagi
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