第6話 依頼を断る

 今日もいつも通りに暇だった。夕方も終わりかけると言うのに、本日入客数は二十名を下回っていた。

「Y子君、今日も暇だね。退屈だよ、全くもって本当にどうした物だろうね」

「先生、自分用に運気の上がる制服を作ったらどうですか? 客足が伸びるかも知れませんよ」

 その手があったか、全然気付かなかった。早速製作に取り掛かろう。

「その前に、そろそろ聞いても良いかな、Y子君の事を。僕は未だに本名さえも知らないんけど、差し支えない範囲で話して貰えるかな」

「そうですね、知りたいのでしたらお話し致しましょうか、特別に無料で。但し少し長くなりますけど、チャチャは入れないで黙って聞いて下さいね」

「分かった、黙って聞いておくよ。但し心の中で突っ込みは入れるよ」

 話しが長くなりそうなので、椅子に腰かけた。

「そこは好きにして下さい。では、お話しさせて頂きます。現在よりも遥かなる古の昔、この銀河系を遠く離れた別な銀河系でのお話です」

 うをーい、初っ端から飛ばし過ぎだよ。約束だから黙って聞いていよう。

「ある惑星では科学文明が極端に発達し、人類を幸福にしました。しかし人の欲望は留まる事を知らず、更なる幸福を求めました。科学を結集し、人工生命体福の神の作成に成功しました」

 その福の神とやらがY子君だったりするのかな? 服の神だったら笑えるんだけど、そうじゃなくて、現実世界に戻ってこーい。

「その人工生命体福の神は、設計上の手違いなのか分かりませんが、生き物に幸福感を与える代わりに対象の生命力を奪う機能が備わっていました。福の神は奪った生命力を使い急速に進化しました。やがては、その惑星の全ての命を奪い、別の惑星へ行き全滅させる。そんな事を何度も繰り返していました。当事者には悪意は在りませんでした、幸福を与える為の行動でしたから」

 おいおい、宇宙が滅ぶんじゃないのか、その話だと本当だとすると。善意な筈なのに不幸どころか、死をもたらすとは皮肉だね。

「長い時間を経て数万の惑星が死の星になりました。そんな状況を見かねた創造神が私を創り、現地に派遣されました、破壊神として」

 破壊神か、日常生活見ているとあながち間違いではない気がするよ。

「そして私が人工生命体福の神と対峙して退治しました。勝負は一瞬で着きました。その後色々ありまして、このお店炎天下の前に居た所を先生にナンパされたんです。簡単にまとめますとこんな所ですね」

 ナンパじゃなくて心配だから声掛けただけなんだけど。結局の所は肝心の本名も語ってないしね。流暢に話してたけど、前々から用意してた話なのかな?

「福の神はもくの神のパクリなんですけどね」

 今のは確実に要らなかっただろ。これもY子君らしいと言えばらしいか。なんか、運気の上がる制服を作る気分じゃなくなっちゃったな。




合言葉を言い、『特別な制服』依頼の男性客が来たので話を聞いている最中。

「俺の親父は腕の良い探検家でした。有名では無いので名前を言っても御存知無いと思いますので言いませんが」

「そうですか、なら伺いませんが。話を続けて下さい」

 探検と冒険はどう違うんだろう、今度辞書で調べてみよう。短剣持ったら探検で、棒と剣を持つのが冒険じゃないだろうし。自分で言ってても意味不明だね。

「ある探検で親父はとても大きなダイヤの原石を入手しました。研磨して整えたら、即座には値も付かない程の価値のある代物です」

 ダイヤの原石ね、超高級車が買える程度の価値があるっぽいね、話し振りから判断するとだけど。僕には無縁の世界だね。

「所が親父は、探検家仲間に騙されて、正確には騙される形でダイヤの原石を奪われてしまったんです。親父も何とか取り返そうとはしたんですが、譲渡契約の書類が偽造されていたんです」

 男性客は悔しさを滲ませて話を続けている。

「それは酷い話ですね」

「精巧に偽造された書類なので法律的には正当に権利を譲った物と見做されて立証は難しく、警察にも相談出来ず。更にはその奪った悪人もイカサマギャンブルに引っかかり、ある組織の手に渡り、裏ルートを通って、某宝石商の手元に在る事迄は確認出来ました」

「そのような事情がおありでしたか。お話を伺いましたが、こちらに対して何をお望みで、どの様な『特別な制服』を御用意すれば宜しいのでしょうか?」

 現時点で何と無くだが嫌な感じはしている、警察に相談出来ないって何だい。此処に来る前に警察と弁護士に相談するのが筋だろ。

「非常に言い辛いのですが、『忍者の様に誰にも気付かれずに忍び込める制服』を注文したいのですが、どうでしょう、難しいでしょうか?」

 それは忍者じゃなくって、泥棒を言い換えただけですよね。例え仕事だって、犯罪の片棒を担ぐ訳にはいかないよ。

「そうですね、難しいと申し上げるよりも、無理であると申し上げる他ありません」

「どうしても無理ですか、親父の屈辱を晴らす為なら、俺は喜んで汚名を被ります。期間はどの位でも構いませんし、料金は言い値で払いますから、何とかお願いします」

「心情的にはお引き受けしたいのですが、技術的な部分で未熟な点がありまして、御期待に副えず申し訳御座いません」

 深々と頭を下げた。

 相手からの声が掛かる迄下げている予定だ。

 暫くしてから(体感的には三十秒程)。

「分かりました、諦めます。困らせる様な依頼をしてすみませんでした」

「こちらこそ、お役に立たずに申し訳ございません」

 十ヶ条さんを見送った。

 Y子君が来客用の食器の片付けをしながらたずねてきた。

「どうして『忍者の制服』を引き受けなかったんですか? 忍者服を作る位の技術はありますよね」

「犯罪に使われるのが分かっていて引き受ける訳にはいかないよ。それに十ヶ条さんの言葉は嘘ばっかりだったからね」

「そうだったんですか、流石自分も嘘吐きだと他人の嘘は容易く見破れる物なんですね、感心しましたよ」

「僕は嘘吐きじゃないけど」

「それなら、書いてもらったこのアンケートの名前と住所も偽物なんですか?」

「いや、住所と電話番号は現時点では本物だと思うよ。『特別な制服』を受け取る為の連絡先としては必要だから」

「先生って、妙な所で鋭いですね。十ヶ条さんは、この後どう行動すると思いますか?」

「その辺はちょっと見当がつかないよ。暇になっちゃったから『運気の上がる制服』でも作るとするよ」

「十ヶ条さんはヤケになって事件とか起こさないで欲しいものですね。忘れる所でした、運気はモン気のパクリなんですけどね」

 忘れてくれても良いよ、たまにはさ。

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