第5話 恋愛恋愛?
「ザン君、いらっしゃい。今日もそれなりに良い商品入荷してるからね」
常連客の男子中学生に声を掛けた。本名は知らないが、仲間内からザン君と呼ばれているので、そのまま使用している。今日は珍しく一人で買い物に来たようだ。
「聞きたいんだけど、常堂さんが魔法みたいな服を作ってくれるって本当? 本当なら頼みたい事があるんだけど」
常堂さんとは僕の事で、名札にも書いてある。本名は、常堂MO竜雪(じょうどうエムオーりゅうせつ)。何代か前の御先祖に異国の血が入ってるらしく、ちょっと変わった名前になっている。
ついでに言うのなら、Y子君の本名は知らない。半年位前に、店の前で途方に暮れていた外国人(多分)を保護して、そのままアルバイトとして採用したのがY子君なのだ。詳しい身の上は未だに謎だし、積極的に聞く気にはならない。本人がその内に自然に話してくれるだろうし、話してくれないならそれはそれで構わない。
「話としては本当だよ。ザン君、システムとして合言葉を言ってくれないと、魔法みたいな服は作れないんだ。悪いけど、決まり事だから」
僕が勝手に決めたんだけどね、そうしないと、注文殺到して世界中に『特別な制服』が溢れる事になりかねないから。そうなった場合、特別が特別じゃなくなってしまう事態になる。
Y子君が、ザン君にメモを渡した。
「これを読むんですね。『特別な制服を作って貰いたい』って、これが合言葉ですか?」
「Y子君、勝手な事をされると困るよ」
「良いじゃありませんか。どうせ今日もお店も暇なんですし、大切な常連のお客さんの頼み事ですよ。ずんぐりむっくりの青髪の女神さんも許してくれますよ」
Y子君は、言いたい事を言って素知らぬ顔で商品整理に戻った。
「常堂さん、ずんぐりむっくりの青髪の女神さんって何ですか?」
「夢の中でお告げを受けたんだよ、そのずんぐりむっくりした青髪の女神様に。そうしたら次の日から『凄い力の出せる魔法みたいな制服』を作れる様になったんだ。合言葉を聞いた以上、引き受けよう」
でも可笑しいな、Y子君には夢での女神様の特徴を明確には伝えてなかった筈だけど、僕の記憶違いかな? そう言えばあのお告げの夢を見たのは、Y子君が来たその夜だったような気がする。
ザン君に椅子を勧め、Y子君に茶菓子とジュースを用意して貰った。
「話を聞こうか。何が望みなのかな?」
「ええっと、そのぅ、気になっている子が居て。それで、どうしたらいいかなって思っていて……」
「意中の相手が居るんだね、デートに誘えば良いんじゃないのかな?」
「ええっと、それはまぁ、そうなんですけれども」
「誘う勇気が出ないと言う訳だね。分かった僕が誘ってくるよ」
Y子君が近づいて来た。
「先生、その流れだと『特別な制服』受注の状態に持っていけませんよ。ザン君は恋愛相談に来た訳じゃありませんよ」
冷静に考えるとそうだね、うっかりしてた。
「分かったよ。『勇気の出る制服』を作ろうか、それならデートに誘えるね。バンダナならそんなに料金も掛からないし」
「ええっと、仮に誘えたとして承諾を得られたとしても、デートに来て行く服が無いんですけど」
「それなら、バンダナでデート用の制服も作ろう。『彼女が気に入る制服』か、ザン君が『格好良く見える制服』どっちが良いかな?」
「ええっと、そうですね、『彼女が気に入る制服』にして下さい」
ザン君、『ええっと』って言い過ぎだろ。
「ついでに告白で『好感触が得られる制服』も作ろう、出血大サービスだよ。ザン君の意中の相手の詳細なデータを記入して貰うよ」
ザン君にアンケート用紙を渡した。
十数分後にアンケート用紙を回収すると、びっちりと書き込まれていた。
どんだけ入れ込んでるんだよ、その子に。この情熱が若者の特権なんだろうね。
「一週間後には完成させておくから、都合の良い時に取りに来てよ」
お菓子を買って帰るザン君を送り出した。
「Y子君は、ザン君の意中相手の馬車道サクラって子を調べてきてくれるかな。ポラロイドカメラで写真撮影も頼むよ、顔がハッキリと分かる様に」
「分かりました、今から出掛けて明日の夜には戻りますね。それと前から言ってましたけど、明後日はお休みを頂きますから」
「そうだっけ、うっかりしてた。良いよ、明日の夜には馬車道さんの情報が届いてればやりようもあるからね」
「お休みはも休みのパクリなんですけどね」
完全に要らない一言だよ。
次の日の夜、Y子君が情報収集を終えて、店に戻って来た。お店は閉店にした。
受け取った書類と写真を机に広げると、おかしな点を発見した。
「Y子君と一緒に写っている可愛らしい女子中学生が馬車道サクラさんかな?」
「そうですけど、未成年者に手を出したら犯罪ですよ」
「出さないよ、分別位持ってるよ。そうじゃなくてどうしてY子君と一緒に写っているのかなと、そう思ったんだけど?」
「情報を集めるならターゲットに直接聞くのが一番だと思いましたので、直撃取材をしてきました。性格はとても穏やかな感じで、男子受けするタイプでしたね」
男子受けって表現悪過ぎだよ。たしかにターゲットとの接触は禁止してなかったけど、てっきり理解している物だと思い込んでいたよ。僕の判断ミスだな。でも考え様に拠っては生きた情報を入手出来たんだから、良しとしよう。
今日、Y子君はお休みなので、午前中はお店を閉めておいた。
美術館と洋品店を回りながら、スケッチをし、新しいデザインの服を考案した。
やっぱり良いね、色んな服を見ると刺激を受けるね。創作意欲も高まってくるよ、さし当たって作るのはバンダナだけどね。
店の前で鍵を出そうとして、手を滑らせて袋を落とし、スケッチブック等をぶちまけてしまった。
あーやっちゃった。こんな姿Y子君に見られたら何て言われるか分かったもんじゃないよ。今日はお休みしてもらっていて、ある意味助かったよ。
取り敢えず拾い始めた。
「お手伝いしますね」
落とした物を拾っている最中に制服姿の女子中学生に声を掛けられた。落ちた荷物を拾ってくれている。
「ありがとう」
この子、見覚えがあるけど、誰だっけ? そうだ、昨日の写真の子だ。ザン君の思い人、馬車道さん、その子だ。
二人で拾ったので、荷物は直ぐに拾い終った。
「ありがとう、助かったよ」
「いえいえ、どう致しまして。お兄さんはデザイナーさんですか?」
スケッチブックの絵を見て判断したのだろう。
「仕立屋だから、一応はそうなるかな。ここ僕のお店なんだけど、何かをお礼をするから、入ってってよ」
「でも、悪いですよ」
「構わないよ。店に来た事はあるのかな?」
「ありませんけど」
「なら決まりだね、入りなよ。大した物は置いてないけどさ」
鍵を開けて、炎天下の扉を開けて促した。
「それでは、お邪魔します」
「いらっしゃい、今準備するから店内を適当に見ていてよ」
「はい」
荷物を机に置き、カーテンを開けて窓も開けて、開店準備を整えた。
経験から言って今日は入客なさそうな感じだね。ザン君の為にも馬車道さんから情報を直接引き出そう。
机に茶菓子と紅茶を用意して、馬車道さんを手招いた。
「その制服は才再中学校のだよね、まだお昼だけど、今日学校はどうしたのかな?」
「はい、臨時職員会議で急遽半日になったんです」
ハキハキ答えて、明るい子だね。先刻も僕の荷物を拾ってくれたし、気の付く優しい子なのは間違いないね。
「ええっと、あのう、質問しても良いですか?」
「うん、良いよ。恋の悩みかな?」
馬車道さんの顔が赤くなった。
「違います、違います。ええっと、デザイナーのお仕事は大変ですか?」
「大変と言えば大変だよ。単独じゃ生計立たないから、副業で駄菓子類も売っている訳だし。その反面楽しい事も多いし、なにより僕の作った服が誰かに着られて、役立ってるのが何より嬉しいよ。この仕事していて良かった、って実感出来る瞬間だよ」
「ええっと、どうやったら、デザイナーに成れるのですか?」
「そうだね、デザイナーに限った事じゃないけど、やりたい事があるんなら、一杯勉強する事かな。それに付け加えるんなら、恋をすると良いよ。恋人の為に行動しようと思うと通常よりも多くエネルギーが沸いてくるからね」
嘘は言ってないからね、僕の実体験ではないけどさ。これで少しは恋愛相談の話に持っていきやすくなった筈だよ。
「ええっと、勉強と恋ですか。それは学生でも両立出来る物ですか?」
「本人のやる気次第だね。気になる恋の相手でも居るのかな?」
馬車道さんの顔が再度赤くなった。
「ええっと、居なくはないのですけども」
ちょっと待った、何か気になるね、この子の喋り出し方。最近どっかで聞いた様な気がするけど、誰だったかな? 『ええっと』、で喋り始めるのは。
「その様子だと居るんだね。多少ならアドバイス出来るから、相手の事を教えてくれるかな? 恥ずかしいんなら本名じゃなくてあだ名かニックネームでも良いからさ」
「ええっと、気になるって言うんですか、何て言うんですか。その人はザン君って呼ばれてます」
これもう両思い決定だよ。そっか、ザン君の喋り出しと同じなんだ。『特別な制服』作らなくても、恋愛成就確定したよ。契約したから、バンダナ類は作るけどさ。
三日後、ザン君に『恋愛成就三点セットの制服』であるバンダナ三枚を渡した。
ザン君に『特別な制服』を渡した二日後、ザン君から馬車道さんと交際を開始したとの報告を受けた。
一応は僕も役に立ったと言う風に解釈しておこう。
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