第4話 負けない体操服

炎天下店内で『特別な制服』の注文に来た男性体育教師の話を聞いている最中。

「我が鳥咲校と対戦相手の鮫錦校の、学校対抗体育祭が来月に行なわれる予定でして、過去の対戦成績がこちらの九戦全敗となっております。何とか十連敗だけは避けたいものだと理事長以下全教員及び生徒の悲願でして」

 ドーピングでもすれば良いんじゃないのかな、でもそれを言ったら僕の仕事が無くなるからね。黙っておこう。大体、勝利のみを追及する為に金銭をガンガン投入するって考え方は教育者としてどうかと思うんだけど、顧客を減らす必要はないから口に蓋をしている事にしよう。

「体育祭ですか、『身体能力が向上する体操服』を作成すれば良いんですか? 何時迄に何人分揃えれば宜しいのでしょうか?」

「そうではなく。『負けない体操服』を作っていただきたいのです。四十日以内に、五百四十着です」

 脳内で計算を行った結果。

「無理です、物理的に。僕が手作業で一着ずつ手縫いしているんですから、頑張っても一日二着として、六十着が限度ですね」

 実際には電動ミシンも使っているが、言わなくていいだろう。

 Y子君が口を開いた。

「先生、一日二着なら四十日で、八十着縫える計算ですよ」

「あのね、僕は機械じゃないんだから、休み無しで仕事し続けられる訳ないだろう。六十着でも相当キツイ所だよ。つきましては、六十着で宜しいですか? それとも諦めて他所に依頼なさいますか?」

 そうは言っても僕以外に『特別な制服』を作れる人間が居るとは思わないけど。ひょっとしたら、僕が知らないだけで、他にも居るのかもしれないな。そうだよね、僕の身に起こった事が他の誰かに起こったとしても、絶対的に在り得ないって訳じゃないし。

 体育教師は暫く悩んでいたが、

「分かりました、六十着分お願いします。このリストの中から、二年一組と二組の計六十名分をお願いします」

「お引き受け致しましょう。料金ですが『勝てる体操服』にした場合は『負けない体操服』の二倍の金額になりますが如何致しますか?」

 体育教師はまたしても暫く悩んでいたが、

「安い方でお願いします」

「すると、モロモロ込みで、この金額になりますね。宜しければ署名して下さい」

『負けない体操服』六十着分の見積り書を渡した。

「この金額ですね、大丈夫です。宜しくお願いします」

 体育教師は署名後、帰って行った。


 Y子君が来客用の食器類を片付けながらたずねて来た。

「先生の解釈では『勝てる体操服』と『負けない体操服』では、どの程度違う物なんですか? 私には差がよく分からないんですけど」

「勝てるは、文字通り勝つ以外は契約違反になるよね」

「そうですね、勝ちは勝ちしかありませんからね、不戦勝も含めて」

 Y子君はお茶菓子の残りを食べている。別に構わないけどさ。

「一方の負けないは、引き分けでも構わないんだよ。試合不成立だったとしても、負けてはいないんだよ。仮に大雨続きで対抗戦が行なわれなかったとしても、負けてはいないよね。そして、この対抗体育祭予定日は梅雨の真最中だしね」

「言葉遊びも使い方次第で、毒にも薬にもなるんですね。流石詐欺師、犯罪者予備群との呼び名も高いですね」

「勝手な事を抜かさないで欲しいんだけど。

 早速だけど、『特別な制服』の作成に取り掛かるから、このメモの品物を買ってきてよ」

 Y子君にメモを渡した。

「夜中にニヤニヤしながらブルマを縫う男性を、犯罪者予備群と呼ばずに何と呼べば良いんですか? 私は適切な単語を知りませんよ」

「確かにそんな人物がいたら怪し過ぎるけど、僕は真顔で縫ってるよ」

「それもそれで不気味な気がしますけど。ブルマはモルマのパクリなんですけどね。兎に角買い出しに行ってきますね」

 Y子君は買い物出掛けて行った。『モ』は何とかならないものかな? それとも気にしない方が吉かな。


「ただいも戻りました。痛くて堪りませんよ」

 Y子君の様子が可笑しかった。いつもよりも背が高くなっていた。足元を見ると赤いハイヒールを履いていた。

 珍しいな、ハイヒールなんて。じゃなくって出掛ける迄は、茶色のローファーを履いてた筈だけど。

「この靴、どうも私の足には合わないですね」

 Y子君が椅子に座って、ハイヒールを脱いだ。

「サイズが小さいんじゃないかな。お店に行って交換してもらって来なよ」

「それは無理な話ですよ。この靴、歩道橋の上に揃えて置いてあったのを貰ってきたんですから」

 とてつもなく嫌な予感がする。

「詳しく説明してくれるかな。歩道橋の下に誰か居なかったかな?」

「歩道橋の下の道路で寝ている女性が居ましたね。声は掛けませんでしたけど」

 完全に自殺者の靴だよ。これ、どう説明したら分かってくれるだろうか。無理だね、納得させられる説明なんて出来っこない。

「外国ではどうか知らないけど、この国では、そう言うのは拾って持ち帰ってはいけない法律があるんだ。今回は仕方ないけど、次からは拾っちゃ駄目だからね」

「分かりました、色々と面倒臭いですね、人間の法律って。

 メモの物は、二割は買って来ましたけど、八割は注文になりました。明日の午後には、全部配送してくれるそうです」

「そうなんだ、了解した。

 先刻の体育教師も含めてだけど、人に物を教えて育てる、教育ってのは大変な事だよね」

「教育と言えば、知人の話なんですけど。子供の頃に挨拶がしっかり出来ないと親が恥ずかしい思いをする、そう言われて育ったらしいんですけど」

「割とよく聞く話だね。僕は言われなかったけど」

「それでその知人、親が恥ずかしい思いしようが一ミリも痛くも痒くも無い、そう思って成長したって言ってましたよ。だから親が何を言いたいのかサッパリ分かっていなかったそうですよ」

「それは何とも残念な感じだね。その知人さんも親の立場になれば理解出来る様になるんじゃないかな、言葉の意味が」

 改めて思うよ、教育の大変さが。親子でも伝わらない事が多いのも事実だしね。


 予定日に、六十着の『負けない体操服』が完成し、体育教師に引き渡した。

 その次の日から十日間雨が降り続けた。今年の学校対抗体育祭は中止になったとの情報を入手した。

 普通に『身体能力が向上する体操服』を使っても、中学記録更新続発になったんだけどな。 

 別な問題が発生したら、その時はその時に考えれば良いよね。

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