第3話 熊退治用の制服
「成程『熊退治が出来る制服』の依頼、そう承って宜しいでしょうか?」
「その通りである。我が家系は代々武勇を良しとし、継承してきたのである。その為に、家督を継ぐ為には幾つかの功績を残さればならぬのである」
仕立屋炎天下の今日のお客さんは武家っぽい感じの人だ。合言葉を知っていた以上は『特別な制服』を作る義務があるので、詳しく話を聞いている最中だ。厳密に言うならば、現在この国に武家は存在しないし、貴族も居ない。そして、王族もいない。
熊そのものは、電車で二十駅位行った北南九玉子駅の近くの山中で、たまに出没するってテレビで、稀に言っているからね。熊が存在する事に関しては問題無い。存在していない物は討伐出来ないからね。すると武器を仕込んだ『制服』を作れば良いのか。
「父上から討伐の儀として熊を仕留めて来いと申し付かり、思案していた所に、この仕立屋『炎天下』の噂を聞き付け、この店へ足を運んだのである。そもそも我が家系は、先祖代々から……」
足柄坂田氏の演説が三十分続き、採寸の数字は既に受け取っていたので、その間に武器の考案は大体決定した。
「本体予算はこの位で作成しますので、手数料込みでこの金額になります。三日後の午後三時には完成予定ですので、完成次第お電話致します」
「それでは宜しく頼むのである」
足柄坂田氏を見送った。
「それじゃあ、僕は『熊退治用の制服』の作成に取り掛かるからね」
「そうですか、私も二体目の人形製作に取り掛かりますね。構いませんよね?」
「暇な時なら構わないよ。時々材料の買い出しだけ頼むよ」
「私の事を何だと思っているんですか? まるでアルバイト店員みたいな扱いですよ」
「うん、完全にそのアルバイト店員として雇っているからね。Y子君には僕の指示に従う義務が発生する代わりに、アルバイト代を支払ってるんだよ。早速だけど、このメモの物を買って来てね」
Y子君に、メモ用紙と代金と大きめの籠を渡した。
「経営者は搾取し、労働者は搾取される。嫌な世界ですね、この惑星は」
Y子君がぼやきながら、しぶしぶ買い物に出掛けた。
惑星を引き合いに出す問題じゃないだろう。
それじゃあ、始めようか。先刻の依頼者は足柄坂田氏だけど、あの有名童話の子孫っぽいな、名前から判断して。
依頼を受けてから三日後の正午過ぎに『熊退治用の制服』は完成した。
「私の方も完成しましたよ」
Y子君の方へ行くと、人形が完成していた。パッと見で僕にそっくりだと確信した。
「この人形も店内に飾っておきますね、いざって時には影武者的な代わり身になってくれるかもしれませんから。人形はもん形のパクリなんですけどね」
いつものが出たよ。目的意図が不明すぎる。
「そんな事態は起きて欲しくないものだね。こっちの完成した『熊退治用の制服』を見てくれるかな」
Y子君が人形を店内に飾りつけてから、僕と一緒に、店の奥の制作室へ来て貰った。
「制服と言うよりは鎧甲冑ですね」
「そうだよ、中世の西洋の甲冑をイメージして作ったんだからね。そしてこの『特殊な制服』の秘密は、設置された十個のボタン。一で毒霧発生、二で目潰し粉、三で麻痺薬、四で手裏剣、五でクナイ、六で槍、七で麻酔針、八でドリル、九でトリモチ、十で火炎放射。これで熊もイチコロで倒せる筈だよ」
自作の説明書を見ながら解説してみた。短時間で覚えられる訳がない。
「火炎放射ですか、兵器みたいなもので平気なんですか? 駄洒落としては、いまひとつですね。それよりも火災には気を付けないといけませんね。確認ですけど、このお店は火災保険に加入しているんですよね?」
「安心していいよ、ばっちり高いのに入っているからね。貴重品は耐火金庫に入れてあるし、これでいつでも……」
言葉を遮られた。
「自分で放火したら駄目ですよ」
「しないよ、僕はこの店に愛着を持っているからね」
「そうですか。本番を前日に控えた役者が公演会場を放火する事件がたまにありますよね。怖いですね、ノイローゼって」
僕はY子君が怖いよ、僕がいつノイローゼになっても可笑しくないと思ってる。
足柄坂田氏に電話をすると、一時間程でやって来たので『熊退治用の制服』を渡した。
有効利用して貰えるのならば、製作者冥利に尽きるね。
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