第2話 頭の良くなる制服2

 高原院屋敷まで乗って来たのとは別の車で、自店まで送って貰った。

 扉を開けたが客影は確認できない。

「Y子君、ただいま。じゃなくって、ただいも、って言うんだっけ? Y子君流の挨拶の仕方だと。それとも、もだいまだっけ?」

 返事がないので店内を確認すると、Y子君は机に突っ伏して眠っていた。

「あーもう、若い娘さんのする格好じゃないだろう。留守番にもなってないし、Y子君起きなよ」

 Y子君を揺さぶったが反応は無かった。洋服が先刻とは違う気がする。熟睡しているのかと思い、更に強く揺さぶったが依然として無反応だった。

 まさか、死んでいるんじゃ。

 急いで脈拍を測ってみたが、ピクリとも動かなかった。

 死んでいる。

「Y子くーーーん」

 動揺しながら、強く揺さぶりつつ叫んだ。

 どうしてこんな事に。何があったんだ一体?

「はい、何ですか? お帰りなさい」

 店の奥から聞こえる声に振り返ると、Y子君が平然と立っていた。

「へっ? あれ? Y子君が二人居るよ。どうなっているのかな?」

 二人のY子君を何度も見比べた。

「そっちの子は私そっくりに作った人形ですよ。時間を掛けなかった割にはよく似ていますよね」

「驚く程にそっくりだよ、大した物だよ」

 素直に感心していたのだが。

「所詮は人間も人形みたいなものですからね。大差ありませんよ」

 Y子君はたまに分からない事を言うんだよね、人間は人間で、人形は人形だと思うんだけど。

「所で私への御土産と仕事の方はどうなったんですか?」

「先に仕事の事を聞こうよ、順番として」

 机上に荷物を置いた。

「依頼主の高原院さんが、お土産にドーナッツを持たせてくれたよ。高くて有名なお店のドーナッツだよ」

「先生、料理は値段じゃありませんよ、美味しいかどうかが問題なんですよ。先生は不味くても量さえあれば良い、或いは食べられれば何でも良い、って言うタイプですけどね」

「違うよ、僕だって不味い料理を大量には食べたくないよ。僕の事をどう認識してるのか改めてよく分かった」

 Y子君にドーナッツを渡して、机上に採寸表を広げて検討を始めた。

「その人形は何の為に作ったんだい? もしかして、僕を驚かすのが目的だったりするのかな?」

 Y子君なら可能性には充分に在り得る話だからね。

「違いますよ、態々そんな下らない事はしませんよ、今回に限っては。防犯用と集客効果に期待して作成したんですよ。この人形を置いておけば外から覗いた時にパッと見で店内に誰か居るように見えますよね。そうだ、防犯で思い出しましたけど、お店の錠前を増やした方が良いと思いますよ、早急に。それと、お煎餅類の売り上げが悪いので発注を減らして、ビスケット類の発注を増やしますけど、構いませんか? 詳しくは帳簿を確認してください」

 棚を見ると、確かにビスケットやクッキーがごっそりと減っていた。これを全部Y子君が一人で食べていたのだとしたら大笑いだよ。笑えないけど。

「うん、発注は任せるよ。Y子君の読みはよく当たるからね、まるで予知能力か未来予知が出来るみたいだね」

「予知能力ですか、言葉にするならばそうかも知れませんね。仮の話ですけども、本当に予知能力が備わったならば先生は何に使いますか?」

 それは当然、ギャンブルでお金を稼ぎまくるよ。何せ結果が見えているんだから、あっという間に億万長者どころか兆億長者に成れるからね。そんな風に、正直に言ったら軽蔑されるだろうから止めておこう。雇い主として尊敬される巧い切り返しをしておこう。

「予知能力があったとしても、使わないかな。僕が持つには身の丈に合わないからね」

「意外な回答ですね、ちょっと見直しました。災害を予知して災害を未然に防いだとしたら、災害は起こらなかった事になるのですから、結果として予知は外れた事になります。そうですね、人間が持つには不釣合いな力ですね」

 何だろうか、独特の変な言い回しだけど、憂いを含んだ表情をしているのが気になる。

「Y子君、君は一体……」

「予知能力、本当はもち能力のパクリなんですけどね。近所のお店で錠前を買ってきますね。念の為に錠前は今日中に設置しておきます」

 前言撤回、Y子君の思考を知ろうとしても徒労に終わるだけだ。何なんだよ、餅能力ってのは? 餅が無限に出せるのんだろうか? 実在したら、お正月に非常に重宝されるだろうね。


 高原院さんから依頼を受けた次の日。

Y子君には店番をしてもらい、僕は店の奥で『頭の良くなる制服』を作成する予定。

「久し振りの大仕事だから腕が鳴るよ」

「鳴らしすぎてご近所迷惑にならない様にして下さいよ。ご近所と言えば、泥棒が入ったらしいですよ」

「うん、僕も聞いたよ。町内で泥棒が発生していたなんて初耳だよ。この町の治安も悪くなったものだね」

「先生、一人で自首するのが怖いんでしたら、警察署まで付き添いますよ」

「どうして僕が犯人って前提で話しをしているのかな? そこまで落ちぶれていません、大体落ちぶれても犯罪には走らないよ」

 全くもってY子君も冗談は性質が悪いよ。仮にウチの店に新しい錠前を付けて無かったら襲われたのはウチの店だったりするのかな。Y子君は分かっていて錠前を用意したんじゃないのかな? 聞くだけ野暮か。はぐらかされるだろうし、大威張りで正当化されても図に乗せるだけだしね。予知能力の件をY子君の方から再度話をしてきたら追求してみよう。


 期日の二日が過ぎて『頭の良くなる制服』は無事に完成し、依頼主の高原院さんが受け取りに来た。指定した額面以上の金額を支払ってくれた。

 高原院さんを見送ってから、店内に戻り札束を数え直した。

「『頭の良くなる制服』と一緒に渡していたエプロンはサービス品ですか? ひょっとしてあの奥さん狙いですか? お金は大量に持ってそうですからね。でも不倫には賛同出来ませんよ」

「違うよ、何でそんな発想になるのかな? 友人の言葉を借りるならば……」

「何を言ってるんですか? 先生に友人なんて居ませんよね? 寝言は寝てからにして下さいよ」

 言葉を遮られた。

「友達位居るよ、Y子君が知らないだけだよ。居過ぎて腐る位だよ」

「全員腐ったんでしょうね、きっと。それで故人はどの様な面白発言を残して逝かれたんですか?」

 Y子君の時給を下げても良いんじゃないのかな? 職権乱用止む無しな気がするよ。

 札束を内ポケットに丁寧に仕舞った。二ヶ月は遊んで暮らせそうだ。実際には遊ばないけどね。

「友達が言ってたよ。『人妻なんぞに用はねぇ』って、生産性を望めない観点から言えば同感だけどね」

「ご友人は過去に何があったんですかね? ちょっと興味が沸きましたけど、結局の所、先生には『類は友を呼ぶ』この言葉を送りますよ。さて、本題に戻りましょうか、あのエプロンも『特別な制服』の一種なんですよね」

「そうだよ『頭の良くなる制服』は文字通りで、集中力が上がり、記憶力上昇、瞬間的な閃き、状況判断能力、理解力の向上、その他モロモロの力が上昇する様に作成しておいた」

「忘れてました。エプロンはモプロンのパクリなんですけどね」

 何だそりゃ、モロモロでモに置き換える事を思い出したのか。そうまでして態々言い換える必要性が無いだろうと、僕は思うんだけどね。

「それでエプロンじゃなかった、モプロンは『制服』としてどんな効果を付けたんですか?」

 言い直す必要無いだろう、本当に。どんな拘りだよ。『モ』に窮地でも助けられたのかい?

「エプロンには『他人の気持ちが少し分かる』そんな機能を付けておいたんだよ、あのままだと黒部郎少年が母親からの重圧で潰されかねない状態だったからね」

「そんな母親がまだ居るんですね、世の中には。知り合いの話なんですけど、話しますね。 

 その人の母親は趣味のサークルにのめり込んでまして、のめり込んだのはその人が生まれるよりも前なんですけどね。趣味のサークルを優先するあまり、授業参観にも来なかったそうですよ。子供の誕生日の祝いはおろか誕生日そのものも覚えていなかったらしいです。無論、仕事もせずに趣味に夢中になっていて、そもそもその人を産んだのだって育児に専念するからって建前で、仕事をしないが為の言い訳として産んだみたいなんです。実際は育児放棄してたみたいですけど」

「ちょっと理解が追いつかないんだけど。整理すると、趣味の時間を作る為に就職したくない、就職しない理由として妊娠出産育児をした、これで合ってるかな?」

「ええ合ってますよ、少なくとも知人当人はそう思っていますから」

 何なんだそれは、もし本当の話だとしたら、色々と失格だろ、人間としても。それはひょっとしてY子君の母親だったりするのかも。だとしたらY子君の性格が捻じ曲がっているもの無理ない事じゃないか。

 真実を聞き出そうかと思ったが、言葉を掛けるのを躊躇した。

「表情から判断すると悩んでいるみたいですけど、私の話じゃありませんよ。知人から聞いた話ですので、その知人に今度会ってみますか?」

「いや、いいんだ、特別に会いたい訳じゃない。僕は悪い人間だよ、Y子君が悲惨な幼少期を過ごしたんじゃなくって、ホッとしたけど、友人さんが辛い人生を送って来た事実を考慮する事が出来なかったんだ。こんな人間が他人を批判するなんておこがまし過ぎるよね」

 Y子君が僕の頭に手を置いてきた。

「先生が気に病む事じゃありませんよ。先生は自分の手の届く範囲だけ考えて下されば、それで充分ですよ。それ以外の場所は他の人に任せましょう。先生も私も自分の出来る事をする、それだけのお話ですよ」

「Y子君。そうだね、その通りだよ。ありがとう、救われた気がするよ」

「それじゃあ、それはそれとして、私にステーキ奢ってくださいよ、十センチ位の分厚いのを。臨時収入あったんですから平気ですよね」

 無理に明るく振舞っているのか、単に食い意地が張っているのか分からないから、始末に悪いよ。今日の所は前者だと思うことにしよう。そもそも十センチの肉って普通の鉄板じゃ焼けないだろ。

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