仕立屋炎天下 特別な制服仕立てます
桃月兎
第1話 頭の良くなる制服
「Y子君、今日も暇だね。と言うか、流石に暇すぎるよ。何でウチの店はこんなにも暇なんだろうね?」
炎天下店内を掃除中のアルバイトのY子君に声を掛けた。
今現在、店内に居るのは僕とY子君の二人だけで、お客さんはゼロ人。
Y子君は箒を動かす手を止めて僕を見つめた。
「お客さんの来ない点ならば思いつく限り大量に言えますけども、聞きたいですか? 私としてはお勧めしませんけども」
すました顔で発言されるのが怖いのだけども。
Y子君は女性で金髪、碧眼でモデル体型の細身長身で、多分外国人。多分と言うのは直接確認をしていない為。この手の容姿の邦人は他に見た事が無いので外国人だと思う。黙って立っていれば美人なのだが。
「なら、止めとこうかな。精神衛生上良くない気がするからね」
懸命な判断だったと我ながら思った。
Y子君は一瞬だけ残念そうな顔をしてから素知らぬ顔をして掃除に戻った。耳に痛い言葉は聞きたくないので、追及はしないでおこう。
「そうは言っても先生、嘆く程閑古鳥が鳴いている訳じゃありませんよね。午前中には駄菓子と雑貨は結構売れているんですから」
確かに、ウチの店は衣類に雑貨と駄菓子や古本類やその他も扱っているけど、僕の本業は仕立業なんだから、仕立業で生計を立てたいんだよ。看板だって仕立屋炎天
下、なんだから。どうもその拘りがY子君には分からないらしい。
小さく溜息を吐いてから時計を見ると、午後三時を少し回っていた。
「これじゃあ開店休業だよ。久し振りに『制服』作りたいな」
「事情を知らない人がその部分だけ聞いたら、変態かと思いますよ。事情を知っている私も普通に変態だと思っていますけど」
Y子君は真顔で言うから、末恐ろしいよ。
「可笑しいよね、普通に変態って文章が完全に可笑しいよね。何度か説明したけど再度説明するよ。先ず、制服の定義から説明するけど『一定の規則に基づいて定められた服装』だからね。つまり広意義に解釈すると、服及び衣装は全部制服になる訳なんだよ」
「はい、どうでもいい解説ありがとうございます。そもそも制服はもい服のパクリなんですけどね」
「うん、ごめん、全く意味が分からないよ」
Y子君は、何かに付けて語頭を『モ』に置き換える癖があるけど、必然性が全く見当たらないよ。その行為によって誰が得をするんだろうか? 誰もしないだろう。Y子君の自己満足なんだろうな。自己満足なんだから、否定してもしょうがないか。
扉が開き、お客さんがやって来た。
「いらっしゃいませ」
Y子君が上質の笑顔でお客さんを出迎えた。
いつもの事ながら変わり身の速さには感心するよ。客商売には必要な資質だね。
「こちらのお店で魔法の様な服を作って頂けると聞いたザマスが、本当ザマスか?」
語尾に『ザマス』って言う人、初めて目の当たりにしたよ。たしかに如何にもお金持ちっぽい感じの女性だけどさ。
「その話の出所は聞きませんが、合言葉は御存知でしょうか? もし、御存知ないのでしたら大金積まれても魔法の様な事は起こりませんので、御了承下さい」
「魔法はも法のパクリなんですけどね」
「うん、Y子君、接客中だからちょっと黙ってようね」
Y子君に向けていた視線を、お客さんに戻した。
「しっかりと聞いてきたザマス『特別な制服を作って貰いたい』これで宜しいザマスね」
「はい、結構です。それでは詳しくお話を伺いましょう。そちらにお掛け下さい」
女性客を椅子に座らせて、Y子君にはお茶の用意を指示した。
「先生、お茶ですけど、緑茶・白茶・黄茶・青茶・紅茶・黒茶・花茶のどれが良いですか?」
「そんなに品揃えはないよね、烏龍茶を頼むよ。お茶受けはなんでも良いからね」
「はい、伊勢海老かタラバガニでも採ってきますね」
どうしてY子君はボケないと気が済まないんだろう? ボケ聞き代金か、突っ込み料金を貰いたい所だよ。
「近所の川に伊勢海老もタラバガニもはいないよ。お客様にチョコレートを出してね」
「分かりました。チョコレートはお客様と私の分は用意します」
「僕の分も頼むよ」
しかし、毎日こうだと、突っ込み疲れて仕方ないよ。突っ込み専門のアルバイトでも雇おうかと思う位だよ。実際問題として、そんな予算は無いけどさ。
烏龍茶とチョコレートが机上に出されたので、依頼者に話を促した。
「お待たせいたしました。それではお話を詳しく伺いましょう」
「息子の為に『頭の良くなる制服』を作って欲しいザマス」
とてもシンプルで分かりやすい話だね。
「それで肝心の息子さんは今どちらに?」
「今は自宅で、家庭教師と勉強をしているザマス」
「成程、今から、お宅へ伺って採寸したいのですが宜しいですか? 採寸が別の日となりますと、納期がそれだけ遅くなりますが」
他には制服の依頼は無いんだけどさ、こう言っておかないと、格好悪いしね。見栄の問題だけど、この店は異常に暇であると思われたくはないからね。
「宜しいザマス、車で我が家迄来て頂くザマス」
「Y子君は、留守番していてくれるかな」
「分かりました、御土産はミルフィーユを希望します」
ミルフィーユか、直訳すると千枚の葉っぱ、即ち千葉県って、誰かが言ってたね。
「御土産はありません、僕が健康で無事に帰宅するのが一番の御土産です」
「ドブに捨てたい御土産ですね」
ハッキリ言おう、Y子君は口が悪過ぎる。精神的にとても疲れる。今は右手に金槌を持っていなかった事をY子君には感謝して貰いたい所だ。
「車をお店の表に回させるザマス」
「ありがとうございます」
そう答えて、出かける準備を始めた。
依頼主(高原院さん)の家へ車で送って貰ったのだが、これは家とは呼べる代物ではなく、屋敷と言うレベルだった。庭も物凄く広い。
車も明かに高級外車だったし。下種な考えだが、制服の代金相当吹っかけても、二つ返事であっさりと承諾されるんじゃなかろうか? うん、希望料金よりもちょっとだけ高い金額を伝える事にしよう。いや、ちょっとじゃなくってもいいな、元々値段設定なんて僕が儲けたい分だけ勝手に決めている訳だし。うん、そうしよう。
屋敷の中に案内されて、依頼主の息子さん(小学六年生)に会い、子供部屋で採寸を始めた。家庭教師には廊下に出て貰っている。依頼主は席を外しているので、採寸しながら話を聞いてみた。
「『頭の良くなる制服』の製作を頼まれたんだけど。それで、黒部郎君は、訊ねにくい質問なんだけど、頭があまりよくないのかな?」
「馬鹿じゃないよ、テストは十回中で九回は百点取ってるし、九十点より悪い点は取った事が無いし」
「成程大した物だ、それじゃあ、勉強するのが嫌いか或いは苦手なのかい?」
「ううん、嫌いでも苦手でもないよ。家庭教師の先生も優しいから」
あれれ、予想していたのと全く違う答えだな。僕の学生時代みたいにヒーヒー言いながら赤点ギリギリなのかと思っていたけどそうじゃないんだな。しかし、家がお金持ちで頭も良いとは羨ましい限りだ。顔も結構整ってるし。アレコレ推測するよりも直接聞いた方が早いだろう。
「黒部郎君の母君から『頭の良くなる制服』を作って欲しいと頼まれたんだけど、必要だとは思えないんだけど、必要そうな心当たりはあるかい?」
「おじさんは、その服を作れるんですか?」
おじさん? おじさんって誰の事かな? 心当たりが全く無いんだけど。
「お兄さん」
僕自身を指しながら、ゆっくりと伝えた。
「お兄さんですか?」
どうやら意図が意図せず意図的に伝わらなかったらしい。仕方が無い、もう一度説明しよう。
「僕の事はおじさんではなくて、お兄さんと呼んでくれるとお兄さんはとても喜ぶし、話がスムーズに進むよ」
「はい分かりました、お兄さん」
黒部郎君は無理矢理に納得した表情だよ。しかし『はい分かりました、おじさん』とか言われなくって良かった。もしそうだったら僕の中の野獣が暴れだす所だったよ。前科持ちにはなりたくないからね。
「母は僕の成績に納得してないんですよ、十段階評価なら十以外は認めない、成績表はオール十を取って来い。そんな感じの人間なんですよ」
馬鹿だろ、あの女、脳が腐ってやがる。それは人間に望む範疇を越えているだろうとしか思えない。うーん、やっぱり金持ちだと思考もどっか可笑しくなるんだろうな。子供が可哀相過ぎる。どうやら、制服は二着必要だな、寸法を測らないでいいとしたら、エプロンが良いだろう。
「それでお兄さんは、本当に『頭の良くなる制服』は作れるのですか?」
「心配しなくても大丈夫だよ、ある時に夢のお告げを受けてからは、その気になったならば『凄い制服』が作れる能力を手に入れたんだから」
「今一つピンとは来ない感じの説明ですけど」
そうだろうね、僕もこの説明だけじゃ信用されるとは思ってないし。同様の説明を受けただけなら疑問符が頭に浮かぶのは必須だね。だからと言って明確に説明するには業務範囲外だから省略させてもらおう。
「ちゃんと実績もあるからね、態々大々的に宣伝はしないけど。
話は変わるけど、母君の事は嫌いなのかな?」
「嫌いではないよ、好きでもないけど」
「その言葉だけ聞ければ充分だよ。それじゃあ、採寸終わったからね、お疲れ様でした。
二日後には完成させるからね」
挨拶を残して、黒部郎君の部屋を後にした。
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