故郷の味
華川とうふ
トリあえず
「とりあえず……」
ここ最近、幼馴染の瑠奈の様子が変だった。
せっかく、大学の春休みでこちらに帰省したというのにどうも様子が変である。
俺は瑠奈が帰ってくるのが楽しみだったというのに。
瑠奈はどこに行っても、考え事ばかりしている。
そして、何かしら考えてつぶやく。
耳を澄ませるもののなかなか聞き取ることはできない。
ただ、何度か聞き取れた単語は「とりあえず」それだけだった。
「とりあえず」っていったいどうしたのだろう。
いろいろ考えたけれど、良い方法が思い浮かばず、まず差し当たっての対応。
そんなことを常に考えていなければいけないなんて、いったい、瑠奈の身になにが起きているのだろうか。
高校時代二人でよく行った、ゲームセンターで瑠奈のお気に入りのキャラクターのマスコットをゲットしたときも。
「トりあえず」
小さなころから親に連れられて行っていたショッピングセンターで買い物をしていても。
「……トリあえず」
二人で受験勉強をした図書館に行っても。
「トリアえず……」
という感じで瑠奈は上の空だった。
もうわけが分からない。
大学に入ってから離れ離れで、やっと久々の帰省だというのに瑠奈の様子がおかしいなんて。
一緒に過ごすのを楽しみにしていたのは俺だけなんて。
正直、ショックだった。
俺と瑠奈は幼馴染だ。
確かに、付き合ってるわけじゃない。
だけれど、大学に入って誰かと付き合いだしたなんて話は聞かないし、瑠奈が通っているのは女子大だ。
一年目なので、学校の近くの女子寮に住んでいて留学生のルームメイトもできて充実していると言っていた。
毎日、連絡はくれるし週に何度かは電話もしている。
高校の時みたいに毎日会えないけれど、俺たちは変ってないと思っていた。
瑠奈は覚えていないかもしれないけれど、大人になったら結婚しようなんて約束までしていた。
もちろん、瑠奈が覚えているとは限らない。
それに、瑠奈が進学で地元を出る前に告白すればよかったんじゃないかという意見もあると思う。
だけれど、俺は告白なんかして瑠奈の人生を縛りたくなかった。
瑠奈が望む進路を選べるように、瑠奈が自分の夢を追うのを邪魔したくなかった。そして、瑠奈が将来、俺を選んでくれるように自分磨きだって怠っていない。
それでも瑠奈に誰か好きな人ができてしまったら、潔くあきらめるつもりだった。
「トリアエず……」
瑠奈はまた、何かを深く考えている。
一体なんだというのだろう。
もし、何か困っていることがあるなら相談してほしい。
たとえ、それが好きな人ができたとかいう話だとしても、瑠奈がこんな深刻な顔で一人で苦しんでいるよりはずっとましだ。
「瑠奈、『とりあえず』ってどうしたの?」
上の空だった瑠奈が驚いた顔でこちらを見る。
「とりあえずを知っているの?」
「いや、さっきからというか瑠奈がこっちにもどってきてからそればっかりいってるから……」
俺の返事を聞いて瑠奈は明らかにがっかりとする。
「『とりあえず』ってどうしたの? なにか困っていることが話してよ。俺たち幼馴染で一生の仲良しだろ」
俺は瑠を励ますようにいった。
そうだ、俺たちはずっとこうしてきた。
落ち込んでいるときは相談にのったり、側にいて励ましてきた。
瑠奈はちょっと気まずそうな顔をしたあと、意を決したように言った。
「私のルームメイトの故郷の料理なんだけど、作り方が分からなくて……」
瑠奈の話によると、瑠奈のルームメイトの故郷の料理の話を聞いて作りたくなったそうだ。
『トリアエズ』という料理で、村ではとても有名らしい。
「とりあえずっていうくらいだから、トリを何か酢で和えるたべものなんじゃないかと思ったんだけど……」
「なにかほかに情報ないの?」
俺はスマホで検索をするが、それらしい郷土料理は見つからない。
瑠奈はちょっとだけ考えて気まずそうにフルフルと首を横に振る。
「トリを酢で和える郷土料理じゃないとしたら……」
瑠奈から、少しずつ情報を聞き出して検索に加えていく。
そして、でてきたのは……とあるヨーロッパの国のトリもあえずも関係のない料理だった。
そして、その料理の説明書きには『食べさせた相手を惚れさせる作用があると言われている』と書かれていた。
瑠奈は慌てて画面を隠しながら、頬を赤らめていった。
「とりあえずってこの料理を、君に食べてもらいたくて……」
作り方は分かったのでもう安心。俺たちはお互いのために、伝説の郷土料理トリアエズを作ったのであった。
故郷の味 華川とうふ @hayakawa5
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