第5話 銀世界と雪だるま

 数年が過ぎた。今は冬である。


 俺と女神様がいるところは、豪雪地帯ではない。ただ、まったく雪が降らない場所というわけでもない。


 今年の冬は雪が降った。昨日の夜から牡丹雪ぼたんゆきが地面を白く染め始め、今ではすっかり雪化粧である。


「地球さん、地球さん。痛かったり寒かったりつらかったりすることはありませんか」


 女神様が雪かきをしてくれているおかげで、俺は雪に埋もれずに済んでいる。その雪かきが終わって、女神様は頭に雪を載せたまま、笑顔で話しかけてきた。


「痛くもないし、寒くもないよ。女神様のおかげでつらくもない。いつもありがとう」


「いえいえ! それにしてもよく降りましたね。なんていうか、銀世界ってワクワクします」


「俺たちなら雪国の様子なんていつでも見られるのに、ワクワクなんてするんだ」


「見ているだけと直接触れるのでは全然違いますよ。地球さんはワクワクしないんですか?」


「子供じゃないんだし。でも雪国育ちじゃないから、こんな綺麗に積もっているのを見ると雪遊びをしたくなるね」


「ほら。ワクワクしているじゃないですか」


 女神様は俺の近くまで来ると、俺の頭に載った雪──彼女の雪かき中に積もってしまったそれを払いのけてくれた。


「ところで女神様。頭に載せている白いものは帽子かな? とっても可愛いよ」


「あ! 私の頭にも雪が積もっていますね……」


「頭を近づけて。払ってあげるよ」


「いえ、このままにしておきます」


「どうして?」


「地球さんに可愛いって言われたからです」


 俺が困ったような顔をしたのを見て、女神様は悪戯っぽく微笑んだ。


「ふふ、私をドキリとさせちゃうような地球さんにお返しですよ」


「ドキリとしたの?」


「ドキリとしますよ、可愛いだなんて言われたら。あ、地球さんに言われたら、ですよ?」


 相変わらずの悪戯スマイルでそんなことを言われたら、こっちがドキドキしてしまう。


「あれ、また太平洋が少し揺れていますね。地球さん、どうかしましたか?」


「どうもしてないよ」


「ふふ、どうもしていないんですね」


 女神様は俺の嘘を見抜いているくせに、まるで見抜いていないみたいに言う。神様なのに小悪魔っぽいな……と思った。



***



 雪は降ったりんだり。女神様は雪かきをしたり、俺の体に積もった雪を払いのけたり、雪だるまを作ったりで忙しそうである。


 雪だるま?


「女神様。もしかして遊んでいるの?」


「え、あ、そういうつもりはなくて」


とがめたりはしないから大丈夫だよ。雪だるま作るのって面白いよね。上下のバランスがいつも取れなくて、変な形になるんだ。慣れてない俺なんかが作るとだけど」


「そうなんですか?」


「大きな雪だるまを作ろうとして下側は大きい雪玉にするんだけど、上側を作る頃には疲れちゃっててね。とんでもなく小顔になっちゃったり」


「それは可愛らしいですね。で、地球さん。雪だるまを作っている理由ですが、私一つ決めたんです」


「なにを?」


「今日を雪だるま記念日にしようと」


 女神様はなにを言っているの?


「地球さんと、なにかイベントが欲しかったんです。人間だった頃の地球さんには、誕生日とか、クリスマスとか、いろいろありました。でも人間っぽいイベントを今の私たちはやるべきではないと思うし、なにもしないのは地球さんが可哀想だし、それならと思って」


「別にイベントなんてなくて大丈夫だよ。女神様がいてくれれば寂しくない」


「──私が欲しいんですよ、イベント。地球さんとお祝いしたい。ダメですか?」


 雪玉をこねこねと転がしながら、絶対逆らえないような小動物的な瞳で、彼女は言う。


 ダメだなんて言えるわけがない。言う理由もないけれど。


「で、なにをするの?」


「雪が積もったら、雪だるまを作ります。雪だるま記念日です」


「楽しそうだね。でも気候帯が変わって、毎日、雪が降るようになったらどうするの?」


「毎日が記念日ですね! 雪だるまをたくさんたくさん作れます!」


 女神様は立ち上がって、なにか大袈裟なアクションをしようとして、足を滑らせて転んだ。


 遠くから白いタキシード姿の杉林が、呆れたように彼女を見ている。はしゃぎすぎだぞ、とでも言いたいのかもしれない。

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