第4話 食事と運動

 秋になった。


 まだ木枯らしの時期ではなく、このあたりの景色は夏とあまり変わっていない。日差しはまだ強く、女神様が日傘をさしてくれないとすぐに日焼けしてしまいそうである。草木は青々と茂っていて、みんなエネルギーを持て余しているように見える。


 それでも着実に季節は移り変わっている。虫たちの声、雲の形、風の匂い、どれもいつの間にか秋のものに変わっている。


「地球さん、地球さん。なにかお困りのことはないですか?」


「困ったことはないよ。女神様が日傘をさしてくれているからね」


「今日も天気が良すぎますよね。秋雨前線さんはどこでお休みしているのでしょうか」


「美味しいケーキ屋さんでも見つけて、立ち寄っているんじゃないのかな」


 全能のはずの女神様かのじょと全能のはずの地球おれが、たかが島国の天気程度のことでため息をつき、冗談を言い合ったりする。このように地球の運営は、今日も完膚なきまで徹底的に感情の入り込む余地もなくシステマチックに行われている。


「ところで女神様」


「なんでしょう、地球さん」


「俺って、なにも食べられないんだよね」


「なにか食べたいのですか?」


「食べたいとは思っていないけど、確認してみただけ」


 地球である俺がチョコレートを食べたらどうなるのか。ガトーショコラがマグマで消化されて、火山口から噴き出したりするのだろうか。


 富士山が大噴火して、日本中にチョコレートをばら撒く様子を想像してしてみる。空に舞い上がってやがては地表に降り注ぎ、雪のように降り積もる火山灰ココアパウダー。四方八方に高速で撃ち出され、機銃掃射のような弾幕となる大量の噴石トリュフ。火口からドバドバ溢れ出て、ドロドロの熱い川となって、あらゆるものを飲み込みながら流れていく溶岩チョコソース。それらの茶色い悪魔たちから必死の形相で逃げまとう人間や動物たち。


 地獄絵図である。


「人間だったのですし、半分は人間の姿をしているわけですし、食事に興味を持つのは仕方のないことですよ。食欲の秋ですし」


「女神様。地球は丸いから、いつでもどこでも世界のどこかでは秋だよ。俺はいつだって食欲の秋になっちゃう」


「そういえばそうですね! で、なにかを食べられるかについての話ですけど、やはり食べてしまうと地球規模で問題が起きてしまうので……」


「そうだよね」


「もし食べても問題ないのなら、私が一生懸命料理して、毎日食べさせてあげるんですけどね。あーん、って」


 俺は想像して、不覚にも少しドキドキしてしまった。


「地球さん、太平洋が揺れていますけどどうかしましたか?」


「ドキドキしたんだよ。危うい手つきで包丁を使う女神様を想像して」


「ひどい!」


 女神様は拗ねたような顔をして、俺の頬をつねって、また南米大陸に山脈を作ってしまった。


 アンデス山脈さんもたくさん友達ができて嬉しいかも……いや、そんなわけがない。



***



 俺は食事ができないだけでなく、運動もできない。下半身が地球と同化している構造上、走り回ることは当然できないし、上半身だけでも激しく動かすと、地殻なども激しく動いてしまって、生き物たちにワイルドすぎる試練を与えてしまう。


「ラジオ体操の最初の十秒くらいだけでもやったらダメかな」


「その十秒で大陸の位置がズレてしまいますね……」


 運動不足を心配して──俺の肩を揉んでくれていた女神様が答える。


「でも女神様に肩揉みなんてさせていると申し訳ない気持ちになるよ」


「ふふ、その気持ちだけでも嬉しいです。お礼にちょっと強くグリグリしますね」


「うああ、それ気持ち良いね」


「ですよね」


「でもそのグリグリでユーラシアプレートの端っこがビッタンビッタンしているけど大丈夫?」


「え!?」


 女神様。え、じゃなくてさぁ。大陸プレートを刺激しちゃったら俺が運動したのと大した変わらないじゃないか。


 

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