第3話 虫の声と星の声

 数ヶ月が過ぎた。


 夏になり周囲の草がぐんぐん背を伸ばし、俺の体を覆ってしまうが、女神様がそれを刈り取ってくれる。


「いいの? 生態に干渉しちゃっても」


「私たちはなにもできないのではなく、なにをしても良いのです。だって『神』と『地球』なんですもの」


 女神様は神に相応ふさわしく、傲慢な発言をした。そして丁寧に虫たちを逃しながら草を刈る様子は、まさに悪の支配者といったところ。


 そんなとき、ブウウウウンという重い羽音が聞こえた。


「あ!」


「オオスズメバチだね。俺たちを見てる」


 飛んできた彼女スズメバチは、狩りの途中の休憩か、すぐ近くの草の葉先にまった。


「お、おおおおお落ち着いてください。わ、わわ私たちが狙われることはありませんから……。地球さん、私が対処しますから慌てないでくださいね。心拍数を上げないように……」


「女神様も落ち着いてね」


「スズメバチさん! どうしても刺すと言うのなら、私を刺すのですよ!」


「女神様、蜂が怖いの?」


「こ、怖くなんかないです!」


 確かにスズメバチは怖い。でもを刺そうとは、彼女も思わないだろう。だから俺は冷静に、彼女のはねを休めるその凛々しい姿をじっと眺めていた。


 やがて蜂は獲物を求めて飛び去ってしまった。それを見送ってから、女神様はドサッと腰を下ろす。


 手が届く距離だったので、俺は女神様の首筋をちょんと触ってみた。すると、彼女は「ひゃい!」と言いながら、前方の草むらにダイブしてしまった。


 虫相手にここまでビビる女神様って……。



***



 夜になるとせみたちの声が弱まり、他の様々な虫たちの声が響くようになる。世界中を観察するのも楽しいけれど、こうやって自然を楽しむのも悪くない。


 見上げれば星空である。近くに大きな街がないせいか、小さな星々の光までよく見える。


「地球さん。星空が綺麗ですね!」


「綺麗だね」


「素敵な声ですね!」


「そうだね。虫たちの声は素敵だね」


 女神様は首を振って「違いますよ、いえ違いませんけど。私の言っているのは星の声ですよ」と言った。


「星の声なんてするんだ」


「はい、地球さんには聞こえないのですね。星のきらめきは声なんです。いえ、恒星みたいに光る星だけじゃない、光のない星々もざわめくんです。宇宙は、虫たちの合唱のような星たちの声で満たされているのですよ」


 そう言われて耳を傾けてみるけれど、俺の耳に届くのは近くの虫たちの声だけだった。


「もっと堂々と鳴いてくれないかな。ほら、昼間の蝉たちのように」


「それはちょっとうるさいですね……」


 女神様が言うと、心外だと言わんばかりに杉林で蝉たちが合唱を始めた。


 夏の夜は、歌とともに過ぎる。

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