第2話 晴れの日と雨の日

 地球になってから数日が過ぎた。


 俺がなにかをすると、あらゆる生物の生態に影響が出てしまうので、できることがあまりない。ただ少しずつ『力』の使い方を覚えて、退屈しのぎができるようになった。


 その力というのは、観察する能力である。地球に接しているものであれば、なんでも見れてしまう。


 笑う大人も、泣く子供も。走る犬も、寝ている猫も。泳ぐ魚も、跳ねる虫も。海中を漂うプランクトンも、地中に潜む微生物たちも。


 助け合う様子も、殺し合う様子も。


 俺が元人間であるせいか、あるいは知的生命体である人間たちが特別であるせいか──というより人間たちの活動が目立ってしまうせいか、やはり一番に気になってしまうのは人間たちの動向である。


 人間は相変わらず大きな力を持て余して、ささやかな幸せで日常を満たすことができず、いつだって大きな不幸で世界を塗り潰す準備をしている。いつもどこかで戦争をしていて、誰にでも分かるような悲劇を生み出し続けている。


 でも地球上では毎日、それどころか毎瞬、膨大な数の生命が誕生し、そして消えていく。人間は所詮しょせん、その営みのたった一つに過ぎないのである。人間が地球環境に与える影響は確かに大きいけれど、支配者を気取るには46億年早い。


 ちょっとさかしくて、その十倍は愚かな存在。俺はそんな人間たちを愛おしく思う。


「地球さん、地球さん。なにかお困りのことはないですか?」


 女神様が話しかけてくる。なにもすることがないのは彼女も同じである。地球を観察するか、俺と話をする以外には。


「ないかな」


「ないですか? 暑いとか、痒いとか、お腹減ったとか」


「不思議と暑さは感じないんだよね。痒いとかもないし。お腹も減らないし」


「そうですか……」


「あ、でも今日は日差しがちょっと眩しいかな」


 俺が言うと同時に、女神様はぽんっと、傘を出した。


「日傘です!」


「ありがとう……。でも大丈夫? 俺がそれをさしたら、地球全体が曇ったりしないかな」


「大丈夫です。それに貴方あなたする方が心配ですよ!」


 日焼けするとどうなるのだろうか。まさか全世界が砂漠化?


 考えないでおこう。



***



 その数日後、雨が降った。


 頼まなくても、女神様が傘をさしてくれる。


「寒くないですか?」


「不思議と寒さも感じないんだよね。雨の音が心地良い」


「そうですね」


「この雨を砂漠にも降らせてあげたいけど、そんなことしたら影響が大きすぎるよね」


「そうですね。たぶん気流や海流の流れが変わってしまって、ぐちゃぐちゃになってしまいますね」


 なんと歯痒いことか。全能に近い力があるのに、それゆえ、なにもできない無能なのである。


「人間さんが頑張って、砂漠化を止めるかどうかですね」


「砂漠化させているのも人間たちな気もするけどね。期待しないで待つしかないか……」


 俺は灰色の空を見上げた。女神様が察して、傘を傾ける。


 優しい雨だった。女神様も──可愛い傘をくるくると回しながら、俺と一緒に顔を濡らしながら空を見上げている。


 ずっとずっと、そうしていた。

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