俺と女神の惑星運営ライフ 〜地球は俺で、俺は地球?〜
猫とホウキ
第1話 俺は地球になった
生きていればいろいろある。でも、あまりいろいろありすぎるのは、少し困ってしまう。
たとえば地震が起きたとする。そして地面に穴に空いたとする。その穴に落ちてしまったとする。死んだと思いきや、生きていたとする。でも下半身が地面に埋まっていたとする。
その下半身が地球と融合していたとする。
いろいろあるとはいっても、さすがに起こりすぎである。特に最後のやつ、地球と融合ってどういうことなんだ。
俺はじたばたしてみたり、自分の体を掘り起こそうとしてみたり、とにかく脱出しようとあれこれ試みたがうまくいかない。だって、融合しているのだもの。腰骨あたりから下が地面に埋まっているのだけど、地中では下半身とそれ以外の境界線が無いのである。
生きていればこんな日もある?
いや。
「納得できかねます」
言ってみる。言ったところで誰も聞いてはいない。
そもそもここはどこなのだろうか。俺はこうなる直前までアスファルトに覆われた道路の上を歩いていたはずなのだけど、今、周囲には土が露出し雑草が生い茂る丘陵が広がっている。
すぐ近くに杉林がある。なんとなく、日本の光景だなぁと思った。でもどこかは分からない。建物はなく、人の姿も見えない。
「納得できませんよね」
でも声が聞こえた。女性の声である。誰もいないというのは勘違いだったようだ。
「納得できないなぁ」
「そうですよね、すみません。本当に申し訳ないと思っています」
「申し訳ないと思っているなら、すぐに元に戻してくれないかな」
「それができなくて……」
俺は声の主を探した。右、左、上、下と見た後、
子供と大人の境目くらいの年齢で、山歩きに向いていそうな服装をしている。
「君は誰?」
「あ、その、あまり激しく動かないでください。地震が起きてしまいます」
女性は、俺の正面に回り込んで、腰を落とした。俺は仰け反るのをやめ、女性と向き合う。
「私は神です」
彼女はそんなことを言う。俺は「そうなんだ」と相槌を打った。
神様を見るのは初めてだった。神様を名乗る女性を見るのも初めてだった。
「そして
「そうなんだ」
地球になるのは初めてだった。地球と呼ばれるのも初めてだった。
「たぶん混乱していると思います。これから
「いや、大丈夫。きっとこれは夢だから」
「夢じゃないですよ。ほら」
女神は俺の頬をぎゅっとつねった。
それはとても痛かった。そのリアリティある刺激により、これが現実だということを理解する。
夢じゃないのか……。
「あ! 私ったらうっかり!」
「いや、平気。夢じゃないのが分かったから……」
「今つねったせいで南米に山脈が増えてしまいました」
「女神様はなにをしているの?」
彼女は俺の頬をナデナデする。そして「でもまあ、たまには山くらい増えてもいいですよね。景観が良くなるかもですし」と全然大丈夫じゃないことを言っている。
「さてと。では状況をご説明いたしますね」
「うん。あと、説明が終わったらちゃんと元に戻してね」
神様だったらそれくらいできるだろうと思って言ってはみたけれど、彼女は首を横に振った。
「あの、先程も申し上げた通り、元には戻せません。私にできることは、お話したり、ちょっとしたお世話をするくらいですね。なので
「なんだって!?」
「あ! 怒らないで! 災害が起きちゃう!」
彼女は俺の体をぺたぺたと触って、なだめようとしてくれた。その慌てっぷりに免じて、俺は怒るのをやめる。
「とりあえず話を聞くよ」
「ありがとうございます。じゃあ、まず私のことから……」
一呼吸をおいて、咳払いして、深呼吸をして、また一呼吸おいて、彼女は自己紹介を始めた。
「私には名前がありません。そして私はどこからやってきたのか、それも分かりません」
「分からないんだ」
「分からないんです。宇宙のどこかで生まれたのか、宇宙の外側から来たのか。なんのために存在するのか」
「分からないことばっかりなんだ」
「分からないことばっかりなんです。ただこの星の生き物たちの運命を差配するようなこともできてしまうので、『神』のような存在であると思いますし、だからそう名乗りました」
「神ね……。じゃあオーストラリアとオーストリアの位置をこっそり入れ替えたりもできる?」
「名前が似ているとはいえ、こっそりは無理ですよ。みんなびっくりします。コアラさんたちが逆立ちして走り回って踊り狂うかもしれません」
「それは見てみたいけど、可哀想だからやめておこうか」
「はい、可哀想だからやめておきましょう。自己紹介を続けますね。私は原始の海の時代からずっとこの星をずっと見守ってきました」
「そうなんだ」
「前任者の地球さんはですね、『これだけ賑わいを見せている惑星なのに、わたしはずっと孤独だ』みたいなことを言っていました」
「無機物の分際で、ずいぶん人間臭いことを言うんだね」
「悩んでいたんですよ、無機物の分際で。そして前任者さんはついに地球をやめてしまいました。その結果、地球はあるのに地球さんがいないという変な状態になって、それを解決するため、知的生命体である人間さんが一人、ご本人様の意志とは関係なく後任者にされてしまったのです」
「なるほど」
地球という大役をやめたくなる気持ちは分かるけれど、決して褒められた行為ではない。後任者は心の準備もなく突然にその大役を押し付けられるわけで、当然のことながら大いに困ってしまう。
って、あれ?
まさかその後任者って……。
「もうお気付きかと思いますが、その後任者というのが
「なるほど」
とりあえず納得してみる。だって実際に下半身が地球と合体しているし。
「なるほど?」
しかし理解はできない。地球になるってなんなんだろう。
「地球さんを失った地球さんは、地球さんの後任者である地球さんをすぐに地球さんの中に取り込もうとしたみたいなのですが、地球さんが地球さんになって地球さんとなってしまうと私が困ってしまうので、私がすぐに引っ張り出そうとしたんです。そのとき地球さんである
どの地球さんがどの意味で地球さんなのかは分からないけど……それはともかく。
「え? この状態って地球さんのスタンダードなんじゃないの?」
「違いますね。たぶん全宇宙史上初の特殊なスタイルですね……」
「なんてこった……」
この滑稽な姿も地球になってしまったから仕方ないと思って納得しようとしていたけれど、特殊と言われてしまうと複雑な気持ちになる。
「どうせなら完全に埋めてもらった方が嬉しいんだけど」
「今更、もう動かせませんね……」
「じゃあ引っこ抜けないかな?」
「今更、もう動かせませんね……」
俺はがっくりと
「ごめんなさい。とりあえず事情はお伝えしました。あとは注意事項ですが、貴方の感情に応じて地球環境は変わってしまいます。氷河期が来たり、温暖化が進んだり。体を激しく動かすと地震が起きてしまいます。火山も爆発します。破局噴火をやっちゃうと地表に
「ちょっと待って長い。まとめるとどうなの?」
「穏やかに健康に過ごしてください。そうすれば多少の天変地異は起きますが、地球から生命が無くなるほどの災害は発生しません」
穏やかに健康にって、努力はするけど……。
それってかなり難しい気がする。
「もちろん私も全力で協力します! すっごく頑張ります!」
それでも俺は──
この元気だけが取り柄のような女神様の期待に、可能な限り応えようと思った。
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