トリ・アエズを捕まえろ

御剣ひかる

トリとクソ

 わたしは異世界転生者だ。

 前世は日本で暮らしてて、普通に生活して順当に年を取って、でも天寿を全うしたとは言えない年で病気で死んでしまった。


 そしてその記憶を持ったまま、この世界で新たに産まれ、育った。

 父も母も冒険者で、日々、小さな困りごとの解決から町を襲うと言われているモンスターの討伐隊に参加したりと、忙しそうに、それでも楽しそうに仕事をしている。

 十五歳になったわたしも、両親と同じように冒険者になった。

 まだ現役の彼らと一緒に仕事をすることもある。といっても、もう二人はあまり遠出はしない。年を取ると野営は辛いらしい。判るわー。


 異世界転生したからって、別に勇者でもないし、魔王軍と戦えなんてこともなく、って感じで過ごしている。そもそも魔王軍がいるという話は聞かないし。魔物と言われている生物も、人を襲ったり生活に害があるから魔物と呼ばれているにすぎない。大きな力に支配されて動いているということはないみたいだ。


 さて、今日も何か依頼を受けますか。

 冒険者ギルドの掲示板を見る。

 どれどれ……。あ、これなんかよさそうね。


 依頼内容は、トリ・アエズの飾り羽の収集。報酬、銀貨一枚。


 町から半日の森の中に生息するトリ・アエズの飾り羽には軽い治癒の魔力がこもっていて、ポーションの原料に使われる。

 わたしはまだ見たことがないけれど話にはよく聞く鳥だ。


 こっちの世界で「青い癒し」って意味の名前なんだけど、初めて聞いた時は「取り敢えずなんて変な名前」って思ったな。


 性格はおとなしい。人をそれほど怖がらないからじっとしていたらそばに寄ってくることもあるんだそうだ。パンくずなんかをおいてそのそばで待ってたら比較的簡単に捕まえることができるらしい。


 よし、今日のお仕事はこれで決まり。

 早速依頼書を持って行って手続きだ。


 とりあえず、「トリ・アエズ」の見た目をもっと詳しく知らないと。

 他の冒険者に話を聞いたり、家にある両親の「冒険の記録」を読んだりしてみた。


 手乗り文鳥ぐらいの大きさで体全体が青色。でも胸のところが星型に白い。頭の上に三本の飾り羽があって、依頼はそのうちの一本を持ってくるといい。なんで三本全部じゃないんだろうと思ったら、全部の羽を抜くとトリ・アエズは死んでしまって、抜いた羽からも魔力が抜けるらしい。


 稀にカラスくらいの大きさになった個体もいるそうだが、そいつの飾り羽はより高い値段で引き取られるそうだ。


 ふぅん。でも欲張っちゃダメだね。出会えたらめちゃラッキー、ってことで。


 森に行く準備を済ませて、早速出発する。

 今回は森といっても入ってすぐのところだし魔物もほぼいないそうだからパーティは組まない。野営の心得もあるし、それなりに戦闘もできるし。

 今からだと夜になる前に森の近くの小屋に着くから、そこに泊まって明日トリの捜索、ってところかな。




 次の日の朝。森に入った。

 小さな水場があるから、その近くにパンをちぎって置いて、わたしは隠れて待つことにした。


 朝の食事の時間だろうし、寄ってきてくれるのではないかと期待して待つこと三十分近く。


 来た! 青いトリ――。

 って、大きい! 文鳥どころかカラスぐらいの大きさだ。これが稀に大きくなった個体ってヤツ?


 逸る気持ちを抑えてよくよく観察する。

 青い体、胸の部分に星型の白い部分、頭に三本の飾り羽……。

 見たところおとなしそう。


 よし、こいつに違いない。

 手にパンを乗せて、パンくずをついばんでいるトリにそうっと近づく。


 トリがこっちをみた。目が合った。

 意味はないけど、にこっと笑ってみる。こっちに害意はないよ、って意味を込めて。


 いや、飾り羽を頂戴するんだからある意味害意はあることになるのか。

 いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。


「トリさん、もっとあげるから、その頭の飾り羽、一本もらっていいかな?」


 トリが人語を介するわけじゃないけれど、優しく話しかけてみる。


 トリは「クアァ」とあくびのような声で鳴いて、こっちにちょんちょんと近寄ってくる。カラスサイズだからちょっとだけ怖いけど、そのしぐさは愛嬌あるな。

 トリがわたしのそばで、こまめに首をかしげる。

 それくれるの? って言ってるみたいだ、かわいいじゃない!

 ついときめいてしまった。


「はい、どうぞ」


 かがんだ姿勢のわたしはトリに手を差し出した。

 トリがツンツンと、わたしの手からパンを食べる。

 よぉし、捕まえて羽を――。


 ドゲシッ!

 そんな擬音が似合うぐらいに強く、トリの体当たりを顔に食らった。目が、目があぁ!


 悶絶するわたしをあざ笑うかのようにトリはクケケケケと鳴きながらちょこちょこダンスでも楽しむように跳ねている。


 どこがおとなしい、だ!

 前世で烏丸丸太町からすままるたまちを「からすまるまるふとるまち」と読んでしまって赤っ恥かいたことまで思い出したわ、クソカラスめっ!


 調子に乗ってあざ笑うように鳴くトリを、拘束魔法でふんじばって捕まえて、飾り羽を毟ってやった。魔力のことがなければ三本全部引っこ抜いてやったのに、一本で許してやるんだからありがたく思えっ。




 思わぬ攻撃についつい興奮してしまったが、無事依頼の品を持ってギルドに戻ってきた。


「……あら? これは……」


 受付のお姉さんが羽をじっと見て、鑑定して、わたしを済まなさそうに見る。


「ごめんなさい。こちらは依頼の品ではないですね。これはこれで希少なので別途買取りしますが」


 え? そうなの?


「きっとあなたが遭遇したのは『クソガ・ラス』という個体です。トリ・アエズとよく似た鳥ですが違う種なのですよ」


 なんでも、クソガ・ラスはトリ・アエズに擬態して人を騙して餌だけを取っていってしまうずるがしこいヤツなんだそうだ。


「なので、すみませんが依頼はまだ未達成ということで、もう一度行ってきていただけますか? それとも依頼はキャンセルして他の方にお願いしますか?」


 なんてこった!


「いえ、一度受けた依頼ですので行ってきます」

「そうですか。よろしくお願いしますね」


 冒険者としての意地もプライドもあるけれど、あのクソをもう一度見つけて今度は飾り羽と言わず全身の羽をむしり取ってくれるわっ。


 わたしは鼻息荒く森に向かった。



(了)

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