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 とある町の狭い児童公園だ。

 児童公園といっても、遊具は取り払われ、砂場とベンチしかなかった。

 一時期は雑草が生い茂り、入ることすら困難な状況ではあったが、近所の老人たちが定期的に整備を行うようになってからは、雑草は消えた。

 だが、普段は遊ぶ者もおらず、公園に人は寄り付くことはない。賑わいは戻らなかった。

 公園のベンチに腰を下ろしていると、公園の入口をひとりの老人が通りがかった。

 散歩の途中だろうか。その男はシワが深く、ダブつかせた服を着ていて、頭髪もところどころに残っている白髪が無造作に生えている。そして白いレジ袋を手に持っていた。

 いつ倒れても不思議ではない不安定な歩調で進む。そして、公園の入り口を通り過ぎようとしたが、私の存在に気づき、こちらへ近づいてきた。

 若者なら十秒もかからない距離を、老人は長い時間をかけて歩いてくる。

 そして俺の前に立った。

「私にはね、あなたの姿がみえるのですよ」

 長いあいだ会話をしていなかったのか、随分と滑舌が悪く聞き取りづらい。

 老人は私の隣に腰を下ろした。

「この町は40年ほど前につくられたんだ。かつてはニュータウンと呼ばれていた」

 町は区画整備されており、整然と家々が並んでいる。所々に間引かれたように空き地がある。

 公園から見える家も人の背丈ほどの石垣と瓦屋根の家ばかりだ。同じ業者が設計から建築まで行ったのだろう。特徴がなく、外部から訪れた者には目印もなく迷路のように思える。

「あなた死神でしょ?」

 老人が私の顔を見て言った。

 そして、レジ袋の中からステンレス製の水筒を取り出して水を飲んだ。



 老人は語り始めた。

 戦後の日本の復興は、焼け野原となった都市に物を集めることから始まった。

 食料、資材、そして人。

 そこで発達したのは鉄道網である。

 政治家たちは競って自分たちの選挙区に線路を引いた。

 町は駅を中心に栄えていく。

 商店街が生まれ、歓楽街が生まれ、商業圏が生まれた。

 膨れ上がった人口を支えきれなくなった都市は、周囲にベッドタウンと言うべき新たな町を作り始めた。延伸を続ける線路上に町が形成された。

 鉄道が敷かれていない辺鄙な場所でも延伸計画があるという期待感により開発が進められた。

 老人が住むニュータウンは、その中の一つである。そこに長期のローンを組んで家を買った。

 都市はそうして更に人を集めることに成功した。

 人の流れは線路を伝い形成されていく。鉄道施設や駅を中心部に誘致することに反対をした町は衰退していくことになった。

 都市の商店街では消費を支えきれなくなり、駅前には組み込んだ巨大なデパートやスーパーが登場した。

 それらは、独自のサプライチェーンを持っており、卸売業が中心の個人経営の店は価格競争に負け、商店街は消えていく。

 そこで時代が留まることはなかった。モータリゼーションと呼ばれる車社会への移行が始まった。大量の荷物輸送から個々の移送、ピンポイントへの移動に変わったのだ。

 乗降客の少ない採算の合わない路線、工場までアクセスしていた貨物線は姿を消していく。この国に張り巡らされた線路網は毛細血管と呼ぶべき部分を切り落として、動脈の部分のみとなった。

 駅前の巨大なデパートやスーパーは駐車スペースを確保できず姿を消し、郊外の巨大な駐車場を持つスーパーが生き残った。

 都市部からの線路の延伸計画が消える。老人の住む街は陸の孤島となった。

 若い頃はまだ良かった。体力があった。支え合うパートナーがいた。子供を育てるという目的もあった。

 車を運転したいが、老人は免許を返納する時代だ。買い物も病院へも行けない。

 年金だけでの生活は苦しい。

 住宅を建てるためのローンも残っている。

 近所の家も同じだった。同じ年齢、同じ経済力の者が集まっている。

 子供を育てていたときは町も賑わっていた。だが、子供は就職し家を出る。残されたのは年寄のみだ。昔は子供が遊ぶ声が聞こえていたが、今では救急車のサイレンの音に変わっている。



 話を終えた老人は深くため息をついた。

 自分の境遇を語ったつもりなのだろうか。

 その物語の中に老人が歩んできた道は見えなかった。

 だが、話を終えた今、彼は満足そうにしている。

 誰かに知っておいてもらいたかったのだろう。

 私は彼が心の中に作り上げた幻影だと言うのに。

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老人の回想 波留 六 @portopia81

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