Mov.8 その後の二人
その日の放課後から僕とエスターの秘密の練習は始まった。
隊の練習がない日にエスターのいる教室に行き、歌い方や楽譜の読み方、みんなとの合わせ方など。
時々……いや、かなりの頻度でぶつかり合いながらも色々なことを教えてもらっていた。
「エスター、これはフィン、これは隊長、これは先生…」
今日の練習を始める前に、いろんな人から預けられた物をエスターに差し出す。
フィンからは焼き菓子、隊長からは今週練習した内容と注意事項のメモ、先生からは休んでいる間の課題を預かっていたので一つずつエスターの前に広げていく。
「ちょっと待て。お前、ここにきてること誰にも話さないって約束だったよな?」
「それが…話してないんだけど、なぜかみんな渡してくるんだ『練習するならこれ持って行って』ってさ」
「みんなには全てお見通しってことか…。なんか調子狂うな」
苦笑いをしながらもエスターは嬉しそうだ。
つんけんした態度が多いけれど、みんなの事が嫌いなわけではないようだ。
「今日はメイン曲のここを教えてほしくて…このメロディ、全然わかんないんだ」
「あー…リズムは複雑で音の跳躍も激しいからな…。一小節ずつやるか」
「よろしくお願いします!エスター先生!」
「毎回言ってるけど、それやめろ。次言ったら締め出すからな!」
そう言いつつそっぽを向くエスターの耳は真っ赤になっていた。
嫌だと言葉ではいいつつも、実は教えるのが上手くて向いていると思う。
これも言うと今日こそ締め出されてしまいそうだから、僕の心の中にしまっておくけど。
*
ある日、いつも通りエスターのところに行くと、窓辺で手紙を書いていた。
真剣な表情で書いていたので、邪魔をしないよう静かに教室に入るとエスターはすぐ僕に気がついた。
「悪い。これだけ書かせてくれ。」
「いいよ全然。家族に書いてるの?」
「まあそんなとこかな。お前のことを書いたらえらく食いついてきて……あっ!!」
大切な人への手紙で僕について話していることをポロッと話してしまい、エスターは恥ずかしそうに顔を背けた。
一緒に練習するようになってわかったのだが、エスターはなかなか抜けているところがある。それがまた先輩たちが放っておかない理由なんだろう。
「うう……いっそ笑ってくれ。恥ずかしくて死にそうだ。」
「なんで?そこまでエスターに想ってもらえるなんてなぁ。僕嬉しいよ~!」
そうエスターをいじるように話しつつも、大切な家族への報告の手紙に僕のことを書いてくれてることが嬉しかった。
早く謹慎が明けて、ヘルベール隊での話も書いてほしいな。
*
あっという間に1週間が過ぎてエスターの謹慎が明け、初めて全員が揃って練習をする日が訪れた。
予想通り何事もなかったかのように、昨日も練習にいたかのように、完璧に歌うエスターをみんな暖かく迎え入れてくれていた。
そして、エスターにも変化があった。
今まではどこか近寄りがたい、つんとした雰囲気をまとっていたが、謹慎からもどってからは自分からパートのメンバーに声をかけて意見交換をしていた。
その様子を見て、違うパートからもどんどん質問や相談をしたい人がエスターの周りに集まり、すっかり人気者になっていた。
少し戸惑いながらも嬉しそうに仲間たちにアドバイスをするエスターを、フィンとゲオルクが親のように優しく見つめて涙ぐんでいた。
それだけこの二人はエスターを心配していたのだろう。
事件もひと段落し、巡礼の旅まで1ヶ月を切った。
エスターの変化もあってヘルベール隊全体が良い感じにまとまり、先生や他の隊員からも好評な仕上がりだ。
初めての巡礼の旅が良いものになりますように。その想いを乗せて、今日も僕たちは練習に向かった。
ー
ノエルとエスターのお話はここで完結です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
少年と歌 シロイユキ @shiroiyuki_0v0
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。少年と歌の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます