Mov.4 知らなかった事実
入学して1週間が経ち、学園での生活や授業にも慣れてきた頃、ついに聖歌の授業が始まった。
いよいよ自分も挑戦することになるのかと思うと、楽しみ半分不安半分といった気持ちだ。
フィンからは最初から上手く聖歌を歌える人はほぼいないと聞いているので、まあ平凡な自分でもなんとかはなるだろうなんてことも思っている。
教室中が程よい緊張感に包まれている中、カーター先生は授業を始めた。
「いいですね。一年生最初の授業というこの空気。ただ、緊張しすぎてしまうと歌えるものも歌えないので、まずは深呼吸をしましょうか」
緊張する僕たちとは真逆で楽しそうな先生を見ると、なんだかいつも通りすぎて少し力が抜けてくる。
言われた通りに深呼吸をしていると、横に座っているオリバーはわりと余裕そうな雰囲気だった。
聞くことはできないけれど、オリバーのこの落ち着きようとたまに見せる冷静さ。実はかなりの修羅場を乗り越えてきたような立場の人間なのではないだろうか。
「落ち着いてきたところで、授業を始めましょうか。まずは歌魔法がどうやって発動するのかを説明しますね」
そう言うとカーター先生は黒板に三角形と3つの言葉、そこに足す記号を書いて空欄の四角を書いた。
「まず大事なのはリズム、メロディ、そしてハーモニー。歌魔法は音楽の美しさが効果に直結するので、音楽の三要素はきちんとしている必要があります。そしてもう一つ大事なものは…みなさん、なんだと思いますか?」
「魔力の強さ!歌が上手くて、魔力が多い人がより効果のある聖歌を歌えるんじゃないか?」
皆に考える隙を与えず、勢いよく立ち上がりオリバーはそう発言した。
言われてみると確かにそんな気がしてきて、教室中から関心の声が上がっている。
「残念、違います。正解はイメージです。どの魔法もどれだけ明確なイメージができるかで効果が変わってきます」
違ったかぁ残念!と言いながらちょっと恥ずかしそうにオリバーは席に座る。
魔力ではなくイメージってことは…空気を綺麗にするようなイメージをして歌うということなのかな?
「通常の火魔法や水魔法とは違い、歌魔法の効果は威力上昇や回復など。目に見えないものが多いです。だからこそイメージが難しく発動させること自体が難しいと言われています」
「じゃあ先生、聖歌はどんなイメージで歌えばいいんだ?」
「オリバーくん、積極的でいいですね。聖歌は『澄み渡るもの』をイメージすると発動されます。だから、歌詞にも澄んだ空や川の様子、綺麗な景色の様子を書いたものが多くあります」
澄み渡るもの…澄み渡るもの…
パッと思いつくものは先生の言うような景色のことで、それ以外はいまいち思いつかない。
とりあえず、綺麗な情景を思い浮かべながら歌えばいいってこと…なのかな。
「聖歌の効果はある程度聴き慣れるとどれくらいかわかってきますが、この魔道具の腕輪をしていると発光具合で知ることができます」
カーター先生は説明をしながら腕輪を指差した。
それは学園の制服をもらった時、身分証がわりだから必ず着用するように言われていた魔道具の腕輪だ。
魔法を使うために必要な魔法石が組み込まれていることは聞いていたが、その他にも大事な力があることは知らなかった。
「では、まずは発声から練習してみましょう。」
一通り原理の説明を終えたカーター先生は助手でピアノ担当の先生に合図を出す。
「このピアノの音にそって、さあどうぞ。」
ピアノから聞こえてくる和音に合わせるように、みんなの声が聞こえ始めた。歌の個人レッスンも始まったとはいえ、オリバー以外はまだみんな不安そうなか細い声だ。
僕も聞こえてくる声に紛れてそっと声を出す。晴れた空の遥か遠くへ届けるように。身体の奥底にある力を意識して……。
そんなことを考えながら発声をしていると、お腹のあたりから何かが湧き出てくる感覚があった。
「る……ノエル!」
オリバーの声ではっと我に戻ると、教室にいたみんなが驚いた顔で僕のことを見ていた。何事かと思って視線の集まる腕を見ると、腕輪がほのかに光っていた。
驚く生徒たちをよそに、ただひとりカーター先生だけはにやりとした顔で僕を見つめていた。
「やはり、ね。ノエルくん、授業が終わったらちょっと時間をください」
「はい…?」
*
授業後、カーター先生に連れられて個人レッスン用の部屋へとやってきた。
いまだに何が起こっているのかよくわからない。魔道具の不具合か何かが起こったのかな。
「さて…ノエルくん。君には色々と話さないといけないことがあります」
そう話し始めたカーター先生曰く、僕の村で行われた魔法適性検査を見にきたカーター先生は村の空気があまりに澄んでいたことに違和感を感じていたらしい。
誰が浄化をしているのか気になって調べていると、川沿いでのんきに歌っている村の子供たちを見かけ、魔道具のを使いその周りがわずかに浄化されていることを目にしていたとのこと。
そして、その子供たちの中で歌魔法の適性があった僕に入学許可証を送り、今日の授業までで状況を把握しようとしていたとか。
「そんな感じで、すでに少し聖歌を歌えていることは薄々わかっていたものの、確信が得られていなかったので黙ってました。すみません」
ふと、学園に向かう馬車でのカーター先生の発言を思い出す。
だからあんな感じだったのか…!
「最初の少年たちやノエルくんのように自然に歌えることはかなり稀なんです。歌とイメージが重なり合うバランス感と、そこに的確に魔力を流す能力。全てが重なり合わないといけないので、コツを掴むのが難しいんですよ」
なんとなく歌詞から連想されるものをイメージして歌っていたけれど、そんなに難しいことなんだ。
魔力の流し方もよくわからないけれど実は魔法も使えそうな気がしてきて、少しだけ気が楽になってくる。
「で、ここからが本題です。ノエルくんにはもう明日から聖歌隊に入ってもらいます。本来は3ヶ月くらい勉強と練習をした後に様子を見て入隊してもらいますが、早めにコツをつかみきってもらおうと他の先生と話がまとまりました」
その発言に驚いて何も言えなくなっていると、カーター先生はああ、という反応をしてさらに話を続けた。
「大丈夫ですよ、入るのはフィンと同じ隊です。さすがに誰も知らない先輩だらけの中にいきなり入るのは君も大変だろうからね」
「は……はい……」
実は魔法が使えて聖歌を歌えていたことに喜ぶ暇もなく、次の不安を投げつけられた気分だ。
僕、お祈りの歌以外はからっきしなのに、いきなり入隊してやっていけるのだろうか…?
その後、この楽譜に目を通して、練習時間と場所はこれで……と説明をしてくれるカーター先生の声はあまり僕には届いていなかった。
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