Mov.3 入学初日
学園に着いて数日、ついに入学式の日を迎えた。
この数日間はルームメイトの先輩方に学園を案内してもらいながら過ごしていたので、同じ新入生と話す機会はなく、せいぜい挨拶を交わしたことがあるかないかくらいだった。
「ノエル、困ったらいつでも7年生の教室に来てね」
「いや、遠いだろ!ノエルなら大丈夫だから、ほら行くぞ!」
「…がんばれ」
教室の前まで3人が送ってくれたおかげで迷わずに教室には辿り着けたが、ちょっと過保護気味になりつつあるフィンがなかなか離れようとしてくれず、少しだけ注目を集めてしまったのが恥ずかしい。
心配そうに何度も振り返るフィンをジャックとリュカが引っ張る形で3人と別れ、教室の前で深呼吸をした。
人見知りほどではないけれど、いきなり人に話しかけたりするのが得意ではないので緊張する…。
意を決して教室に入り、とりあえず様子を見るために空いている席に腰を下ろすと、僕の次に教室に入ってきた少年が話しかけてきた。
「やあ!私はオリバー、はじめまして。君は何ていうんだい?」
「僕はノエル、よろしく」
「ノエル、いい名前だな。よろしく!」
ふわふわとした茶髪の少年、オリバーはそう言うと満面の笑みで僕の手を握りぶんぶん振り回すように握手をしてきた。
オリバーと話せる範囲での自己紹介を交わしていると、カーター先生が教室にやってきた。
「みなさん、自己紹介はまた後で。とりあえず入学式なので、大講堂に行きますよ。私に着いてきてください」
そう言い先生が廊下に出るそぶりを見せたので、後に続く。
今朝、身支度をしていたときにフィンたちから大講堂はすごいところだと聞いていたので、どんな場所なのか気になってそわそわとしていた。
「大講堂は探検したとき入れなかったんだよなぁ…楽しみだな!」
「僕もだよ。同室の先輩から話は聞いてるけど、実際はどうなんだろうね?」
*
大講堂に着き中へ入ると、僕とオリバーは言葉を失い立ち尽くした。
広い空間のあちこちには見たこともない様々なモチーフの細部までこだわられた彫刻。
舞台上に見えるのは村の教会にあったものよりはるかに立派で大きなオルガン。
さらに、それらがステンドグラスから入る優しい光に照らされて輝いている。
壮大というか、神秘的というか、細部まで見入ってしまうような美しい場所だ。
生まれて初めて見る光景に、全く違う世界に来てしまったような気さえして言葉にできない。
「すごい……っ!まるで絵画のような場所だ!それに、あんな立派なパイプオルガンは見たことがない!」
「ああ……。僕はこんなところに来たこともないよ……」
その様子を見て嬉しそうなカーター先生に背中を押されて、僕たちはきょろきょろと見渡しながら一番前の席を目指して階段を下っていく。
席に座った後もなかなか落ち着かずそわそわしていると、数人の生徒が舞台上に現れた。
全員が定位置に着くと、がっしりとして男らしい生徒が前に出てきて軽く咳払いをした後、口を開いた。
「新入生諸君、今年も期待通りの反応をありがとう。この大講堂の美しさは世界有数と言っても過言ではないだろう。ぜひ、これからの学生生活の中でじっくりと細部まで見てもらいたい」
見た目通り、真面目で男らしい口調で挨拶をする彼の名はゲオルク。
この学園にある4つの聖歌隊の1つ、ヘルベール隊の隊長であり、7年生の生徒だ。
「我々、聖歌学園の生徒一同は君達の入学を心より歓迎する。入学おめでとう」
一通りの祝いの言葉を述べると、振り返りピアノの先生へと合図を出す。
そして、大講堂に聖歌が響き渡り、僕は全身に鳥肌が立った。
雑音がなく澄んだ歌声とピアノとちょうど良いバランスで重なり合っている。
初めて聴いたのもあるけれど、それを抜いても圧倒的な美しさだと思う。
また、聖歌を聴いていると心地よさと共に胸の中にあるドロドロと重たい何かが消えて軽くなっていく感覚がある。
これが浄化の力なのだろうか?
正直、入学式での先生方の話はあまり覚えていなかったが、先輩方の聖歌は耳に焼きついて離れなかった。
*
あっという間に時間が過ぎて、一息つける頃にはあたりは暗くなっていた。
ぽつぽつと明かりが灯り始めた廊下を歩きながら、僕とオリバーは学生寮を目指す。
緊張もありつつ新しいことばかりだったので、一刻も早く自分の部屋で休みたい。
「それにしても、すごい学園だよな!先輩に案内はしてもらっていたけど、まだまだ知らないことばかりだよ!」
「確かにそうだね。レッスン室とかもまだ見たことないし、これからが楽しみ」
あの話がどうだとか、この授業が楽しみだとか、オリバーとくだらない話をしながら歩いているとどこからか歌声が聞こえてきた。
「すごく上手い…っ!ノエル!どんなやつが歌ってるか見に行ってみよう!」
そう言うと、オリバーは答えも聞かずに僕の手を引き、早歩きで声の元を目指し始めた。
歩みを進めるにつれて鮮明に聞こえるようになっていく歌声は綺麗でありながらも力強く、だんだん僕もどんな人が歌っているのか気になってわくわくしてきた。
階段をかけ登り、すぐの教室に入ると窓の外の月に照らされながら歌う1人の少年がいた。
月の光に包まれた少年の姿は神秘的で、僕とオリバーは入ったまま立ち尽くしていた。
しばらく聞き惚れていると、バランスを崩し扉にぶつかり鈍い音を立ててしまう。
「誰だっ!」
その音で僕たちに気がついた少年は、歌っていた時からは想像もできないきつい目でこちらを睨みつけている。
「すまない!とてもいい歌声が聞こえてきたのでつい聴いてしまっていた!私の名は……」
「うるさい。そんなことはどうでもいいから、さっさと立ち去れ!」
怯んでいる僕の代わりに話すオリバーへ少年は食い気味でそう返し、さらにきつい視線を僕たちに向けてきた。
「そんな言い方…っ」
「邪魔をしたな!行こう、ノエル」
反論をしようとした僕の様子を察したのか、オリバーはすぐに僕の手を引いて教室を後にした。
「なんなんだあいつは……っ。先輩なんだろうけどあの言い方はないんじゃないか?」
「そうだな。ただ、ピリピリしてる時はそっとしておくに越したことはないだろう」
「そう……なのか」
なんとなく腑に落ちない気持ちを抱えたまま、僕とオリバーは再び学生寮を目指すことにした。
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