第8話 決闘

 クリスティーナと別れて、ダフニーに送ってもらい宿に帰った。一人でブライアンに今日のことを説明するのは難しいので、ダフニーにも一緒に今日のことを説明してもらう事にした。

 説明を聞いたブライアンは息子の肩に手を置く。


「困った女性がいたならば、何を置いても助けなさい」

「流石はアーチボルト殿」


 ブライアンの言葉にダフニーが感動する。

 スティーブは父が決闘に反対するのではないかという淡い期待を持っていたが、それは海辺の砂城が波にさらわれるが如く、あえなく消えた。


「明日、また迎えに来る」


 ダフニーがそう言って帰っていく。

 夜、ベッドに横になったスティーブは、王都に来る時に習得した転移の魔法で逃げ出そうかとも思ったが、怯えるクリスティーナの顔が浮かび、自分がやるしかないかと考え直した。

 そして翌日、約束通りダフニーが迎えに来た。今日はブライアンも一緒に訓練場に向かう。

 訓練場に到着すると、一昨日戦ったオリヴァーが待っていた。

 オリヴァーを見たダフニーが報告をする。


「スティーブ・アーチボルト殿をお連れいたしました」

「御苦労」


 その姿を見て、スティーブはオリヴァーがダフニーの上司であると知る。ブライアンはオリヴァーに砕けた挨拶をする。


「オリヴァー、毎度毎度すまんな」

「まあ、これも仕事の内だから構わんよ」


 その会話を聞いて、スティーブは嫌な予感がした。どうもブライアンとオリヴァーは仲の良い知り合いらしいということ。そして、近衛騎士団のダフニーの上司がオリヴァーであること。これが結びつきそうな気がしてきたのだ。

 尚、スティーブはこの時初めてオリヴァーの名前を知る。

 そんなオリヴァーがスティーブに話しかけてきた。


「娘が王都を案内すると言っていたのに、とんだことになったな」


 その言葉でスティーブはオリヴァーがダフニーの父親であり、近衛騎士団長であると理解した。作業標準書の魔法で習得した神速の剣は、一般の騎士が使えるようなものではなく、近衛騎士団長だから使えるという事も同時に理解し、背中に冷たいものが走る。


(見て真似したって言ったけど、絶対に信じてもらえないよなあ)


 と思ったのだが、それは勿論その通りであり、オリヴァーを通して宰相や国王にもその情報が伝わっていた。

 そんな状況で固まっているスティーブに、オリヴァーはこそっと耳打ちする。


「昨日マッキントッシュ家のお嬢様を襲った連中は現在取り調べ中だ。白昼の貴族令嬢誘拐という大罪の背景を探っておる。今日のこの決闘も何が仕掛けられているかわからんから、気を付けてくれ」

「はあ……」


 あまり乗り気でなかった決闘に、さらにそんな情報を追加されては、スティーブは益々気が滅入るしかなかった。

 そこに後ろから子供の声が届く。


「逃げずに来たことは褒めてやろう」


 スティーブが振り向くとクラークがいた。隣にはブレストアーマーを着こんだ昨日の護衛がおり、後ろにはクラークが歳を重ねたような感じの小太りの男性がいた。その男性がスティーブを見るなり、


「これが貧乏騎士の倅か。我が息子の妻を横取りするとは、親の顔が見てみたい」


 と言ってくる。

 その言葉から、クラークの父親のハドリー男爵だとわかった。ハドリー男爵を見るなり、オリヴァーは嫌そうな顔になる。それもそのはずで、男爵の人となりもあるが、そもそもの派閥がオリヴァーは軍閥で、男爵は外務閥というように対立するところに属しており、事あるごとに派閥が衝突しているのである。

 軍閥は戦争は外交の手段の内の一つであるが、その性格上どうしても武力を行使したがる。それとは逆に、外務閥は交渉により他国との摩擦を減らそうとするわけで、考え方は水と油で交わる事がない。そこに来て男爵の横柄な態度である。

 オリヴァーも何度か直接男爵とぶつかっており、嫌っているのを顔に出してしまうくらいには遠慮をしていない。

 オリヴァーが嫌そうな顔をするのを気にもせず、ハドリー男爵はずかずかと前に出てきて宣言をする。


「今日の決闘、息子の代理としてこの男を立てる」


 代理を立てると聞いてスティーブはオリヴァーに確認をする。


「代理ってありなんですか?」

「うむ。褒められたことではないが、禁止されている訳ではない」


 それを聞いてハドリー男爵とクラークはニヤリと笑う。


「こいつは騎士団に所属していた実力の持ち主だ。泣いて土下座するなら、そちらの不戦敗を認めてやろう」


 クラークの言い方にかちんと来たスティーブは、護衛の男をじっくりと観察した。身長は190cmと大柄であり、鎧で覆われずに見えている腕の発達した筋肉から、護衛はそれ相応の実力を持っていると判断した。その上で、全く問題ないと考える。クラークに恥をかかせないと気が済まないとも思った。既にクリスティーナのためという目的は忘れ、相手の卑怯なやり方に怒りを覚えて自分の為に戦うつもりになっていた。


「いや、決闘をしましょう」


 スティーブのその態度が気に入らないクラークは、更なる過酷の条件を提案した。


「訓練用の木剣ではなく、真剣を使うからな。決闘なので当然だろう?」

「死んでも知りませんよ」

「お前がな!」


 クラークの提案を鼻で笑うスティーブに、クラークの怒りは爆発した。

 丁度その時、訓練場に近衛騎士がやってくる。


「国王陛下のご臨席である!」


 そう告げられ、全員がその場で膝をつき国王に頭を下げる。直ぐに国王が訓練場に足を踏み入れた。そこに一緒にいたのは、マッキントッシュ伯爵と娘のクリスティーナであった。本日の決闘はクリスティーナとの婚約を賭けたものなので、当人を呼ばずしてどうするということで、国王が強制的に参加させたのである。


「楽にせよ。今日は非公式である」


 国王の言葉で顔を上げて立ち上がったものが殆どであったが、一部固まってそのままの者もいた。ハドリー男爵とその息子のクラークである。


「何故陛下がここに?」


 そう小声で問うも、答えるものはいない。


「ハドリー、楽にして良いのだぞ」


 国王にそう言われてやっとハドリー男爵が立ち上がる。そして、国王に質問をした。


「陛下、何故ここにご臨席されたのですか?」

「それは、朕が本日の審判だからである」

「えーっっっ!!!」


 ハドリー男爵にニコニコしながらこたえる国王。実は、スティーブが神速の剣を使ったという報告を聞いて、それを見たいと言い出したのである。なお、宰相は他の重要な仕事をしているため、本日はこの場に居ない。というか、国王がここに来るために、宰相に面倒な仕事を投げたというのが事実である。


「それではルールを発表する」


 国王が大声を張り上げると、スティーブとクラークの護衛は直立不動の姿勢でルールを拝聴する。


「武器は木剣でも真剣でも構わない。勝った方をマッキントッシュ伯爵の娘の婚約者とする。これは代理を認めないので、その方が勝てばその方が婚約することになるのだぞ」


 国王が護衛を指さした。護衛は突然発表されたルールに戸惑い、後ろを振り返りハドリー男爵を見た。男爵も苦虫を嚙み潰したような顔をしているが、国王の決めたルールには逆らえない。しかし、それに納得しなかったのが息子のクラーク。


「畏れながら陛下、古来より決闘には代理人を立てることが認められております」

「わかっておる。しかし、それは家の名誉を傷つけられた場合などであろう。マッキントッシュの娘に相応しい男を決めるのに、代理人では話がおかしいのではないか?」

「それ、むぐっ」


 国王の言葉になおも反論しようとするクラークの口を、ハドリー男爵が後ろから押さえて喋るのを止めさせた。


「まあ、後から出したルールゆえ、多少の融通はきかそうではないか。最初に代理人とアーチボルトが戦い、それが終わったらハドリーのところの子供と戦わせるのでよいな?」


 国王が出した妥協案にハドリー男爵が興奮ぎみになる。


「それは、そこの子供が当家の代理人に負けたとしても、次の戦いもあるという事でしょうか?例えば死んでいたりしても」

「うむ。死んでいる場合はお前のせがれの不戦勝としよう」

「ははっ」


 ハドリー男爵は国王に頭を下げると、見えない角度で口角をあげた。これでクリスティーナの婚約者は息子のクラークに決まったとほくそ笑んだのである。


「それと、これはアーチボルトの息子へのルールだが」

「はい」


 スティーブは国王からそう言われて何が出てくるのかとドキドキする。


「シールズに使った技を朕にもみせよ」

「ご下命賜りました」


 スティーブは国王の命令になんだそんなことかと安堵し、慇懃に返事をする。


「それでは準備せよ」


 国王の指示でスティーブは訓練用の木剣を手にする。相手は既に鎧を着ており、武器も持参した剣を使うようであった。

 準備の時間に国王とマッキントッシュ伯爵、それにクリスティーナの為の椅子が運び込まれる。国王の隣にはオリヴァーが立ち、クリスティーナの隣にはダフニーが立った。

 決闘をする二人の対格差を見て、クリスティーナが心配そうにダフニーに話しかける。


「あの、スティーブ様は大丈夫でしょうか。相手はあんな大男ですし、真剣を使うとなると命の危険もあるかと」

「ご心配召されませぬように。かの少年は我が父、この場合は我が騎士団長と言うべきでしょうか、それよりもはるかに強い実力を持っております」

「近衛騎士団長のシールズ様よりもですか」


 ダフニーの言う事がにわかには信じられないクリスティーナは、国王の隣に立っているオリヴァーを見た。すると、オリヴァーはその視線に気づいてニコリと笑う。


「恥ずかしながら、全く歯が立ちませんでした。どう負けたのかさえもわからぬ程完敗しております」

「ふふ、朕もその技を見たくて、今日はここにまいったという訳だ」


 国王もいらずらっ子の様に笑う。二人の様子を見て、クリスティーナの父親であるマッキントッシュ伯爵は、なにやらとんでもないことに巻き込まれていると悟った。魔法使いを除けば国内最強の近衛騎士団長すら敵わぬ子供が出現し、それが自分の娘の婚約者になるかもしれない。この情報が他の貴族に知れ渡れば、それを巡ってまた陰謀が張り巡らされる。結果を見ないうちから頭痛で倒れそうになった。

 そんな観覧席の状況とはうってかわり、代理人を見るクラークは上機嫌だった。


「子供にあうサイズの鎧はここにはないからな」


 クラークがスティーブの敗北する様を想像してニヤニヤと笑う。もう少しでクリスティーナ嬢が自分の婚約者になると確信しており、後は邪魔をしてきたスティーブが無様に斬り殺されるのを眺めるだけ。それは父親のハドリー男爵も一緒であった。息子を通してマッキントッシュ伯爵家とのつながりが出来る。その明るい未来が待ち遠しくて仕方がなかった。

 スティーブが木剣を決めると、訓練場の中央に両名が呼ばれる。いよいよ決闘の開始だ。


「はじめ!」


 オリヴァーが開始の合図をする。

 護衛の男がスティーブに


「すまんな、これも仕事なんでな」


 と言って斬りかかった。

 上段から振り下ろされる剣がスティーブの髪の毛に触れるかどうかという時、突如スティーブの姿が消える。

 そして、直ぐに護衛の後ろに出現した。そこから続けて神速の剣を繰り出し、がら空きとなった胴を打つ。ガンという金属と木がぶつかった音がしたかと思うと、観戦者たちの目の前に折れた木剣の破片が舞った。

 護衛は勝利を確信したまま、打たれたショックで気を失って地面に倒れる。スティーブによって木剣を打ち込まれた個所は、鎧がぼっこりと凹んでいた。

 誰もが目の前で起こったことに驚かされて言葉が出ない中、スティーブが国王に向かって勝利を宣言する。


「死んではいないと思いますが、骨は折れているはずです。もう戦えないと思いますが、僕の勝ちでよろしいでしょうか?」


 国王は頷くのがやっとであった。オリヴァーから報告は受けていたが、改めて自分の目で見てスティーブの能力を目の当たりにし、理解しようとすることが脳に負担をかけて思考が停止したのであった。それはブライアンもマッキントッシュ伯爵も同じであった。

 大人たちが驚愕で動けない中、スティーブは予備の木剣を取りに行く。


「では二回戦をはじめましょうか」


 木剣を手にしたスティーブは、クラークに向かってとびっきりの笑顔を見せた。

 クラークはビクっとして恐る恐る父親を見る。ハドリー男爵も息子がスティーブに勝てる可能性が無いと悟り、慌てて帰る事にした。


「本日の決闘はこれにて終了という事で」


 しかし、訓練場の入り口は兵士で固められ、出ようにも出られない。

 ハドリー男爵が苛立ちまぎれに


「どかぬか!」


 と怒鳴るが、兵士たちはなおも入り口を封鎖したままだ。

 そして国王がハドリー男爵に言い放つ。


「ハドリー、決闘の取り消しが出来るのはアーチボルトの息子だけだぞ。申し込んだ方には取り消す権利は無いのは知っておろう」

「陛下、それはあまりにも」


 ハドリー男爵は国王に縋るような目線を送る。


「ならば、アーチボルトの息子にきいてみればよいではないか」


 国王の言葉にハッとなり、ハドリー男爵はスティーブに決闘を取り消すように迫る。


「決闘を取り消せ」

「いやです。こちらになんのメリットもありませんので」

「騎士爵家が男爵家の言う事をきけぬというのか!貴様の家など簡単につぶせるんだぞ!」


 そう言われたスティーブは、ハドリー男爵に憐憫の眼差しを向ける。


「それは宣戦布告と受け取ってよろしいでしょうか?陛下如何なさいますか」


 スティーブは国王に裁可をゆだねる。国王は苦笑いしながらそう受け取ってもよいと言った。それに対してハドリー男爵は愕然とする。目の前のスティーブが護衛の持っていた剣を拾い、ハドリー男爵に向けたのだ。


「陛下!このような暴挙を赦してよろしいのですか」

「先に仕掛けたのはハドリーではないか。アーチボルトの息子は正当な貴族の自衛権の行使だと思うぞ。となれば、朕であっても止めるのは無理だ。それに、近衛騎士団長を圧倒するような子供をここにいる誰が止められるというのだ?その気になれば、ここにいる全員が命は無いのだぞ。精々その少年の気を害さないようにせねばならぬというのに、男爵の態度はなんだ?朕を巻き添えにしようというのか?」


 国王にそう言われて男爵は自分の置かれた立場を理解した。そして、歯ぎしりをしながらスティーブに停戦の条件を提示する。


「金貨500枚。これで手を打とうではないか。決闘の取り消しと今後当家に関わらないという条件でそれを支払おう」


 ハドリー男爵が出してきた提案にスティーブは条件を追加する。


「ならば、今ここで金貨500枚をお支払いいただけますか」

「馬鹿な事を。金貨500枚など直ぐに用意できるものではない。後日支払いをしよう」


 この時、ハドリー男爵は後日という約束を有耶無耶にしようと考えていた。所詮相手は西部の田舎の貴族。王都や東部にある領地まで来ての取り立ては無理であろうと高を括っていたのである。

 スティーブはそんなハドリー男爵の考えを見抜く。


「ならば、その約束が空手形とならないように、陛下に手形割引をしてもらいましょうか。それならいいですよ」


 カスケード王国に手形割引という言葉は存在しない。そこまでの金融システムが出来上がっていないからである。手形割引とは手形の決済期日まえに、手形を買い取ってもらい現金化することである。前世で手形取引をしていたスティーブにはなじみが深い取引だ。


「陛下、金貨500枚の7割、350枚でこの権利を買っていただけますでしょうか。生憎と我が家はこれから領地に帰らなければなりません。そうなると、ハドリー男爵が金貨を用意するのを待ってはおれません」

「なるほど、それならば朕はハドリーから金貨500枚の支払いを受ければ、150枚分得をするというわけか」

「はい。その代わり、取り立て出来ないときは陛下の損失となります」

「それは朕ならば問題ない。仮にハドリーが金貨を用意できなければ、その分領地を返してもらえばよいのだからな。それくらいの価値はハドリーの領地にあるであろう」


 国王が了承したことで、アーチボルト家には国から金貨が支払われることとなった。ハドリー男爵の思惑は明後日の方に外れる。というか、外れてぶつかった先が暴力団の事務所だったみたいな状況だ。払うつもりが無いから、金貨500枚などと言ってしまった。こうなるとわかっていれば、金貨10枚程度で手を打っていただろう。

 ただ、こうまで大きな金額を出したせいで、スティーブには払うつもりが無いと見抜かれる結果となったのだが。自業自得である。

 そんなハドリー男爵を更なる不幸が襲う。


「陛下、終わりました」


 そう言って訓練場に入ってきたのは宰相であった。


「御苦労であった」


 ニコニコしながら宰相を迎える国王だが、他のものは何事かと身構える。

 宰相はその空気を読んで、ここに来た理由を説明した。


「実はマッキントッシュ伯爵令嬢を襲った連中はフォレスト王国の送り込んで来た工作員でな。捕まえた連中の自白を元に、関係各所を捜索していたのだ。王都での活動もかなり判明したぞ」


 その説明にハドリー男爵が青くなる。外務に携わるハドリー男爵は、他国の人間との接触も多い。たびたび戦争の起こる地域ではあるが、そのため、各国はそれぞれ公館を置き、交渉が出来るようにしてある。が、当然そこはスパイ活動の拠点にもなる。

 ハドリー男爵も相手が交渉を円滑に進めるため、男爵の私的な要求にも応えてくれていたのだ。そして、クリスティーナ嬢を襲撃したのもその一環であった。ただ、文書で依頼するような失敗はしていないが。

 

「そちらのハドリー男爵についても、屋敷を捜索したらかなりの証拠が出てきましたぞ」


 宰相はハドリー男爵の身柄を拘束するように兵士に命じた。


「我が屋敷を捜索したのですか」


 ハドリー男爵は宰相に抗議する。


「そうだ。都合よく決闘が行われるとなり、男爵が留守にしておったので、余計な邪魔も無ければ証拠隠滅もなかった。全ては陛下のお考えですが」


 宰相がちらりと国王をみた。国王は自慢げに今回の計画をばらす。


「マッキントッシュ伯爵令嬢を襲った連中を自白させ、フォレスト王国の工作員だと判明して、拠点や今までの活動を確認したらハドリーのことも出てきてな。本日の決闘を利用させてもらったというわけだ。代理人だけで戦いが終わらぬようにルールを変更し、ここにハドリーを釘付けにしたというわけだよ。万が一証拠がでなかった時は、金貨500枚の支払いを無理やり履行させて、領地や役職で代納とするつもりであった。まあ、こちらはアーチボルトの息子の提案があって咄嗟に思いついたことだったがな。結果として、アーチボルトはとりっぱぐれなくて済んだわけだ。なにせ、本日をもってハドリーの資産は国家管理となる。売掛金を回収できない商人も出てくるであろうが、それは商売をする上で承知すべきリスクであるから同情はせぬ」


 スティーブはそれを聞いて、金貨350枚で手を打っていてよかったと心底思った。何ら資金的には損失は無いが、折角手に入るはずだったものが無くなるのは悔しい。それはむしろ、損をするよりも大きなものである。

 そして、ここにいる誰もが国王にいいように利用されていたことを知り、その智謀に畏怖の念を抱いたのであった。


 結局、この決闘でスティーブが得たものは、金貨350枚と婚約者であった。本来騎士爵家の跡取りと、六女とはいえ伯爵家の令嬢が婚約するようなことはない。しかし、決闘の場を見たマッキントッシュ伯爵は、このチャンスを逃す手はないと判断した。流石は国内有数の有力貴族である。スティーブの実力を認めて自分の家に取り込もうと考えたのである。また、クリスティーナがスティーブに助けられたことで、彼を恋愛対象として見ているというのもあり、反対する理由などどこにもなかったのである。

 こうして行きは二人だったアーチボルト家は、帰りは婚約者を加えて三人で領地に帰ることとなった。

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