第7話 娘
翌日、宿に迎えがやって来た。彼女の名前はダフニー・シールズ。近衛騎士団長オリヴァー・シールズの娘である。年齢は20歳、父親譲りの赤毛を短く切りそろえ、背も遺伝であろうか女性にしては高い。私服でも帯剣しており、うかつに声を掛けようものなら斬られそうという雰囲気。
「ダフニー・シールズだ。今日一日スティーブ殿の案内をおおせつかった」
猛禽類のような鋭い目つきで睨まれると、スティーブはこれは挨拶ではなく決闘の申し込みかなにかではないかと思った。それと、ダフニーという名前にコンプレッサー用のオイルかななどと不謹慎な事も思っていた。
そして、スティーブの思っていたことは当りに近かった。
ダフニーは父親に憧れて近衛騎士団に入団した。これは親の七光りではなく彼女の実力で勝ち取った事。女性の王族を警護するのに、女性の近衛騎士は必要なのだが、血筋も実力も申し分ないダフニーはその役目に最適であった。昨日も王女の警護にあたっており、残念ながら父親とスティーブの戦いを見る事が出来なかった。そして、仕事が終わり家に帰ると負けたことを嬉しそうに語る父親を見ることになる。
ダフニーにとって父親はカスケード王国最強の騎士である。それが10歳児に負けたなどとにわかには信じられなかった。何かのアクシデントがあって、そのせいで父親が負けたのかもしれないと考え、それが事実かどうか確認したいと思っていた所、明日はその子供に王都を案内する仕事だと告げられる。
そこでダフニーはその仕事の最中にスティーブの実力を確認しようと思っていたのである。それも荒っぽい方法で。
つまり、最初の挨拶の時、ダフニーがスティーブのことを父親の仇として見ていたのである。だから睨まれたというわけだ。
当のダフニーにしても、スティーブに対しての最初の印象は、こんな子供が本当に父親に勝ったのかというものであった。それが本当か確かめるために、今すぐにでも斬りかかりたいという衝動を押さえるのに必死だったのである。
脳筋、という言葉がぴったりな彼女は、顔立ちもスタイルも家柄も申し分ないが、その性格から結婚という話が出てこなかった。かねてより、自分よりも強い相手としか結婚しないと公言しており、何度かあったお見合い話も、相手の男を叩きのめしたという武勇伝で終わっている。
先に述べたように、女性の王族の警護が出来る貴重な存在であり、結婚出産から引退となっては代わりを見つけるのが大変であり、父親の苦悩を他所に王家としてもダフニーの結婚が流れてくれるのはありがたかったのである。
「それでは父上、いってまいります」
「ああ。ダフニー殿の言う事をよく聞いて、わがままを言うんじゃないぞ」
「はい」
スティーブがブライアンにそう言って宿を出た。これだけを見れば普通の子供であるとダフニーは判断した。
「迷子にならぬように手をつなぐか?」
ダフニーにそう言われてスティーブは赤面した。前世でも女性との関わりが殆どなく、手をつなぐというのがとても恥ずかしかったのである。もっとも、ダフニーの方はスティーブと手をつなぐことで、剣だこの存在を確認したいという目的があった。が、年相応に女性と手をつなぐことに恥ずかしいという気持ちがわき赤面する少年を見て、年相応ではないかと思いくすりと笑った。
「恥ずかしいのでいいです」
「そうか。迷子になられてはブライアン様に申し訳が立たぬ。はぐれぬように勝手に動かないでくれよ」
「わかりました。それでは最初に母と姉にお土産を買いたいので、女性に人気のアクセサリーを扱っているお店に行きたいです」
「そうか。私はそういった店に詳しくは無いが、他の団員が話していた店なら記憶にある」
社会が求める女性らしさには背を向けるダフニーにとっては、スティーブの要求は難しかった。しかし、若い男の団員が彼女にプレゼントを買いに行った店の話を思い出し、そこにスティーブを案内することにした。
騎士や貴族を相手にするその店は、店員の質もよく客の質もよかった。広い店内にゆったりとした広い通路。どこかの量販店のような狭い通路に商品がうず高く積まれているというのとは真逆である。
そこに入ったスティーブとダフニーに店員が声をかけてくる。
「プレゼントをお探しでしょうか?」
「はい。母と姉へのお土産を探しております」
「それではこちらのローズクォーツを使ったネックレスなどいかがでしょうか」
店員は即座にスティーブとダフニーを値踏みして、買えそうな値段の商品を勧める。私服であるが帯剣している女性と、平民よりはよい服を着ている少年。上級ではない貴族の子供とその護衛だろうという読みであった。ほぼ正解なのは流石王都の人気店の店員であるといったところ。
スティーブとダフニーは商品の良し悪しがわからないので、店員のお勧めであればとそれを買う事にした。
「お支払いはどうされますか?」
と店員に訊かれて、スティーブはその意図を理解できなかった。ダフニーはそれを直ぐに察知し、質問の意図を説明してくれる。
「高額な商品を買うような貴族や大商人は現金を持ち歩かないから、後で家の方に代金を受け取りに行くことがあるのだ。少年はどうする?」
「ああそういうことでしたか。王都に家がないですから、ここで支払いをしますよ」
勿論、支払いを済ませてから店を出ると言うと、店員が
「それではこちらでお会計を」
と店の奥のカウンターへと案内をしてくれた。カウンターに用意された椅子に座ろうかという時、店内で事件が起きる。
「きゃあ」
叫び声が聞こえて、スティーブとダフニーはそちらを見た。すると、金髪の少女が若い男に抱えられているではないか。
少女も男も先ほどまで店内にいた客だ。床には少女の付き添いとみられる侍女が倒れていた。男はそのまま少女を抱えて店内の奥へと駆けていく。
スティーブとダフニーは直ぐに男の後を追う。店内とバックヤードを区切る扉を抜けると、男が裏口のドアを蹴破って路地に出るのが見えた。
「待て!」
ダフニーがそう叫んで路地に出ると、男の仲間と思われる者達がいた。敵は全部で5人。一人は少女を抱えており、三人は手にダガーナイフを持っている。残りの一人は素手であった。
少女を抱えた男が他の四人に命令をする。
「予定外の客がついてきちまった。こいつらの息の根を止めろ」
「おう」
返事とともにダガーナイフを持った三人が前に出てくる。そして少女を抱えた男が再び走り出す。
「逃がすか!」
ダフニーが剣を抜いて追いかけようとした時、彼女の足が止まった。スティーブが彼女の足元をみると、土で出来たブーツを履いているのが見えた。ブーツは地面から生えており、それが彼女の足を拘束しているので、前に進めなくなったのである。
「魔法か」
魔力の残滓と目の前の現象からスティーブはそう判断した。そして、素手の男が土属性の魔法使いであると見抜く。
「ガキの方は拘束しねーのかよ?」
三人のうちの一人がこちらを向いたまま魔法使いに訊ねた。
「子供一人、脅威ではあるまい?」
「ちげぇねぇ――――」
男は全て喋り切る前に言葉を切った。その会話の途中でスティーブは攻撃を仕掛けて、男の首に手刀がヒットしていた。男の会話が途中で止まったのはそのせいだ。残りの二人は呆気に取られて動けない。そこを見逃すスティーブではなく、二人のダガーナイフを持つ手を蹴り飛ばしてナイフを落とさせた。
その落ちたナイフを拾い、素早く二人の足を斬ると、男たちは地面に転がる。
ここにきて魔法使いはスティーブも止めなければと気づいた。この時スティーブは魔法使いを攻撃することも出来たが、敢えてそうはしなかった。その理由はもう一度魔法を使わせるため。
案の定、魔法使いはスティーブの足を拘束しようと土魔法を使った。しかし、スティーブはそれを作業標準書の魔法でコピーする。そうして得たのは土の形を自在に操る魔法。
直ぐに拘束されている自分の足にまとわりついた土を元に戻す。
「なっ」
これには魔法使いとダフニーが驚きの声をあげた。
スティーブは直ぐに少女を抱えた男に対して同じ魔法を使い、その動きを封じる。
「何しやがる!味方に魔法を使うやつがあるか!」
男は魔法使いが自分に対して魔法を使ったと勘違いして叫んだ。
「おれじゃねえ」
と叫ぶ魔法使いだったが、その体を土が拘束する。スティーブが魔法を使ったのだ。慌てて魔法使いは土を元に戻そうとするが、スティーブがそれを上書きする形で阻害する。結局魔法使いは魔力を使い切って気絶した。
全ての敵を無力化したところで、ダフニーがスティーブに
「少年、そろそろ私の拘束も解いてほしいのだが」
とお願いした。スティーブがそれにこたえて土を元に戻している最中、ダフニーはこれなら父親が負けたのも当然かと納得していた。ナイフを持った男三人に素手で立ち向かい、たちまち倒してしまう。魔法使いの魔法を一度見ただけで真似て、相手の上を行く。
目の前で起こったこと、父親が神速の剣を真似されたと言っていた事が合致した。そして、到底自分が敵う相手ではないとも理解できた。
「強いのだな」
素直にスティーブの強さを認めた言葉が自然と口から出た。スティーブはその言葉に照れ笑いでこたえる。
「田舎で育ったので、毎日野生動物と戦っていましたから」
事実、何度か猪や鹿、それに熊とも戦ってはいたが、それだけでこんなに強くなるわけがないことはダフニーも理解していた。その強さの秘密は魔法にあるだろうと推測する。
「さて、囚われの姫君を助けましょうか」
「そうだな。兵士への連絡は店の者に任せて、我々は少女を保護しよう」
男の手から少女を解放すると、少女は落ち着きを取り戻した。
「危ないところを助けていただきありがとうございます。私の名前はクリスティーナ・ギス・マッキントッシュ」
そう挨拶される。ダフニーはその家名を知っていた。
「マッキントッシュ伯爵家のお嬢様でしたか」
「はい。あの失礼ですがお名前は」
「近衛騎士団、ダフニー・シールズです」
「スティーブ・アーチボルト。アーチボルト騎士爵家の嫡男です、お嬢様」
二人が名乗ると、クリスティーナの顔がパッと明るくなった。
「あのシールズ団長のお嬢様と、救国の英雄アーチボルト様のご嫡男でしたか。ありがとうございます」
クリスティーナに父親が救国の英雄と言われ、スティーブはダフニーに訊ねた。
「うちの父上って救国の英雄なんですか?」
「そうだ。我が父と一緒に国王陛下をお守りし、国土を掠め取らんとする敵を撃退したのだ。その功績で騎士爵となっているのを知らんのか」
「あまり昔のことを話しませんので。ところで、ダフニーさんのお父様はなんの団長なんですか?」
「聞いてないのか?」
「父上はダフニーさんのことを知人の娘としか紹介してくれませんでした」
「そうか。うちの父は近衛騎士団の団長だ」
そうきいてスティーブは驚いた。近衛騎士団がこの国の最精鋭であることはスティーブでも知っている。その団長の娘がダフニーだったのだ。なんで父親がそんな人物と知り合いなのか。ブライアンが昔のことをスティーブに語らないので、全くわからなかったのである。
そんな会話をしている時に、その場に小太りの男の子と護衛と思われる男がやって来た。
その男児が剣を抜いてスティーブとダフニーに向ける。
「やあやあ我こそはハドリー男爵家嫡男、クラーク・ハドリーなり。か弱き少女をかどわかさんとする賊め。この俺が成敗してくれる」
そう言われて訳が分からず、スティーブとダフニーはお互いに見つめ合った。そこに言葉は無かったが、言葉があったとするなら「知ってる人?」「いや、知らない」というものであっただろう。
今にも斬りかからんとするクラークを止めたのはクリスティーナだった。
「ハドリー様、こちらの方々は私を暴漢から救ってくださったのです。決して賊ではございません」
「いやいやクリスティーナ嬢、あなたは騙されている。そいつらは極悪人だ。そこで倒れている連中と共謀しているに違いない」
「そんなことはございません。ダフニー様は近衛騎士団に所属するお方。それに――――」
といったところで通報を受けた兵士たちが走って来た。兵士たちはダフニーを見ると敬礼をした。近衛騎士団長の娘である彼女は有名人であり、国軍の若い兵士たちのあこがれの的でもあって、その顔は広く知られていたのである。
そこで何を勘違いしたのか、その敬礼が自分に対してのものだと誤解したクラークは、敬礼している兵士たちにダフニーの捕縛を命じた。
「お前ら良いところに来た。その女を捕縛せよ」
その命令に兵士たちは不思議そうな顔をするのみで、捕縛に動こうとしなかった。それに腹を立てたクラークが怒鳴る。
「貴様ら、貴族であるおれの命令がきけないのか!」
癇癪を起す子供をダフニーが嘲笑う。
「たとえ貴族であっても、王都を守備する国軍に命令をすることは出来ぬ。おうちで習わなかったのか?」
その態度にスティーブがプッと噴出した。それで益々クラークの怒りの焔が大きく燃え上がる。
「そこのガキ、今笑ったな。無礼うちにしてくれる」
貴族は平民が無礼をはたらいた場合は、裁判にかけずにその場で処罰できる。貴族の子供も貴族扱いなので、クラークにも当然その権利があった。だが、それは相手が平民である場合。スティーブも親が貴族なので、カスケード王国に於いては貴族として扱われる。
そんなことを知らないクラークは持っていた剣をスティーブに向かって突き出した。クリスティーナと兵士たちはあっと驚くが、当の本人とダフニーは余裕の表情である。
スティーブは突き出された剣の刃を手で掴むと、自分の方へ強く引いた。それによりクラークは前のめりに倒れ、地面と口付けをすることになった。それを見たダフニーと兵士たちは笑い出す。
「僕も親が貴族ですから、無礼うちは出来ませんよ」
スティーブにそう言われて、クラークは持っていた手袋をスティーブに投げつけた。
「ならば決闘だ!クリスティーナ嬢を賭けて勝負しろ!!」
「へっ?」
思わぬ話の流れに、スティーブは間の抜けた顔になる。
だが、ダフニーはそうではなかった。彼女はスティーブに代わってその決闘の申し込みを受ける。
「よかろう。場所は騎士団の訓練場、日時は明日の正午でよいな」
「構わねえよ。逃げるんじゃねえぞ」
クラークは捨て台詞を吐くとどこかへと行ってしまった。その後兵士たちとのやり取りはダフニーがやってくれ、スティーブの方は特に何もすることが無かった。
ただ、クリスティーナがお礼をしたいというので、スティーブとダフニーはマッキントッシュ家の王都邸にお邪魔する事となる。ここで、スティーブの王都観光は強制的に中止となった。
店の外で待っていた馬車に乗り、マッキントッシュ家に到着する。サロンに通され、そこでお茶を出された。
「良い葉ですね」
とダフニーは言うが、前世の味覚を持ったスティーブの舌には合わない。そんなことはおくびにも出さすにお茶をいただくと、クリスティーナがクラークについて語りだした。
「ハドリー様は私をどこかのデビュタントで見かけたらしく、それからというもの婚約を申し込まれております。父は私を違うところに嫁がせようとして断っているらしいのですが、ハドリー家からの催促が何度もあるのだとか」
そう言ってため息をついた。
現代であればストーカー行為として処罰されそうではあるが、ここにはそんなものはないし、貴族の結婚ともなれば、家の利益が優先される。ハドリー家がクリスティーナと結婚することでメリットがあるとマッキントッシュ伯爵を説得出来れば、クリスティーナの意思とは関係なく結婚となる。
ただ、まだその前の婚約にすら辿り着いていないようだが。
「迷惑極まりない話だな。豪華な料理にたかるハエのような存在か」
「それはまあ言いすぎかと思いますけど」
スティーブがダフニーに苦言を呈すると、彼女はそうではないと言う。
「少年、よく考えてみろ。あのタイミングでクラークが登場するのはおかしいだろう。多分仕込みだろうな」
「仕込み?」
スティーブとクリスティーナの声がハモる。
「表通りならいざ知らず、店の裏口から出てすぐの路地に貴族の嫡男がいるというのに合理的な説明ができるか?」
「言われてみればその通りですね」
「クリスティーナ嬢の話をきくに、クラークが妄執に取りつかれているのではないだろうか」
「なるほど」
ダフニーの話を聞きクリスティーナが怯える。
「というわけで、ハエを退治するために少年が決闘を受けるというわけだ。明日、クラークを斬ってしまえば、クリスティーナ嬢が怯える事もあるまい?」
「だから決闘を受けたと」
スティーブがダフニーに訊ねると、彼女は首を横に振った。
「申し込まれた決闘を受けぬのは騎士の名折れ」
「いや、僕は騎士じゃないですから」
胸を張るダフニーにスティーブは苦情を言う。が、クリスティーナは期待の目でスティーブを見ていた。
「明日は是非とも勝利をお納めください」
クリスティーナにそう言われて、スティーブは頷くしかなかった。
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