第6話 炸裂、作業標準書
スティーブはブライアンと別れて別室に移動となる。宰相に命じられた兵士がその部屋まで案内してくれたのだが、部屋に到着して室内を見ると、どうにも兵士の訓練所であった。屈強な男達が走ったり、模擬戦闘を行ったりしていた。
これは何かの間違いかと思い、スティーブは案内役の兵士に訊ねる。
「あの、ここで間違いないでしょうか?」
「ああ。宰相閣下からはここに案内するように命じられている」
「そうですか……」
なんでここなのかと考えるが、考え付いた事は無かった。
すると、スティーブに気が付いたひとりの大男が近づいてくる。
「これがブライアンの息子か」
「はっ」
大男に言われて案内役の兵士が返事をした。
その時の姿勢や表情を見て、スティーブは大男が偉い人なのだろうと考えた。
大男は日焼けした肌に燃えるような赤毛。赤毛の熊だと言われても信じるような太い腕と足。勿論、首もその体躯を逆立ちして首だけで支えられるのではないかというくらい太い。年齢は40歳になるが、見た目は30歳くらいに見える。
「俺の名前はオリヴァー・シールズ。ブライアンの息子よ、よく来てくれた」
オリヴァー・シールズと名乗る男は握手するべく手を差し出してきた。大きな熊手のような手をとり、スティーブは握手と挨拶をする。
「スティーブ・アーチボルトです。父のことをご存知なのですね」
「ああ。共に戦場を駆け回った仲間だよ」
スティーブは周囲の状況を確認すると、訓練場にいる兵士たちがこちらを見ているのがわかった。しかも、期待に満ちた目でだ。
「実は、ブライアンから息子の剣の実力は同世代では突出していると自慢されてね。そこで、その実力を見せてもらいたいんだ」
オリヴァーからの提案にスティーブは難色を示した。
「実力といいましても、父以外とは剣を交えた経験もございません。ご期待を裏切るよりは、ここで想像のままの実力でいたいのですが」
「謙遜するな。まあ、ブライアンは親馬鹿な気がしないでもないが。そうだ、もし俺に勝ったならば領地で使用する塩一年分を進呈するというのはどうかな?」
「一年分!」
その破格の申し出にスティーブは考え込む。経営の苦しい領地のことを考えれば、この申し出はありがたい。しかし、その破格の申し出の裏には何があるのかと気になった。
「こちらにとってはありがたい申し出ですが、負けた時の条件をきいておきたいのです」
「ふむ。それは考えてもみなかったな。こちらが勝って当然だと思っていたから、そちらに何かを賭けてもらっては、辞退されると思ってな」
「それでは、こちらは負けても何もないと」
「ああ、約束しよう」
負けた時の条件は無しとなれば、ここで断る理由もない。それに、見るからに強そうなオリヴァーの技術を、作業標準書の魔法で習得出来れば後々役に立つだろうという計算もあった。
「それで、勝敗の条件は?」
「君が俺に一本でも入れたら勝ち。負けはもう諦めると言ったらだな」
「わかりました」
スティーブが勝負を受けると決めると、若い兵士が二人分の木剣と木の盾を持ってきた。
木剣はオリヴァーは一番大きいであろうサイズで、スティーブの方は一番小さなサイズであり、木の盾は二人とも円形で、バックラー程度の大きさ。
お互いに距離を取って勝負開始となった。
「そちらが先手でよいぞ」
「わかりました」
スティーブは作業標準書の魔法でブライアンと同じ動きをする。連撃の中にフェイントを混ぜ、オリヴァーの隙を伺う。しかし、オリヴァーはフェイントには動じず、スティーブの攻撃を全て受け流した。
「まるでブライアンと戦っている感覚になるな」
オリヴァーはそう口にするほど余裕があった。そして、スティーブの連撃が終わると反撃に出る。スティーブは今度は防戦一方となった。オリヴァーの剣技はブライアンよりも上で、ブライアンの技術を使うスティーブでは、攻撃に移る事が出来なかった。
だが、それもほんのわずかの時間であった。オリヴァーの攻撃を受けながらも、作業標準書の魔法でその動きを習得する。作業標準書が完成した時スティーブは反撃に出た。
「ぬっ」
いつの間にか技術が数段上昇したスティーブの攻撃に、オリヴァーは驚きを隠せなかった。戦いの中で成長するとはいうが、こうも目覚ましく成長する兵士など見たことが無かった。
そして自分に任務を与えた宰相の見る目が正しかったと理解する。
オリヴァーはこの国の近衛騎士団の長であった。つまりは一番強い騎士だという事。宰相はブライアンとの会話から、スティーブの魔法がまだ何かあると考え、オリヴァーにその魔法を見極めるようにと指示をだしたのであった。
ブライアンと面識のあるオリヴァーは、ブライアンの親馬鹿の話を宰相が真に受けたと心の中でどこか馬鹿にしていた。しかし、目の前のスティーブの成長する姿に、そういった魔法があるのではないかと確信したのである。
オリヴァーがスティーブと打ち合うこと30分。周囲の兵士たちもその異常事態に気が付いた。近衛騎士団長と30分も打ち合う事が出来る兵士など、副騎士団長くらいしか思いつかなかった。それを目の前の子供がやっているのである。
そして、オリヴァーが手を抜いている様子が無い。最初は子供相手にオリヴァーが本気を出していないだけだと思っていたが、オリヴァーが繰り出す攻撃の速度を見れば、それが手を抜いているか本気なのかはわかる。本気の攻撃をわずか10歳の子供が受けきっているのだ。
やがて、訓練場は二人以外は動くものが無くなった。全員が二人の攻防に釘付けとなり、一切喋る事無くその勝負を見守るようになったのである。
そして一時間が経過した。ここにきてオリヴァーが焦り始める。
(俺ですら息が上がり始めたというのに、どうしてこの子は平然としていられるのだ?)
そう考えるのも無理からぬこと。普通は連続で攻撃をしていれば息が上がる。しかし、スティーブの魔法である作業標準書は、一日八時間同じ作業をするためのもの。体調が万全な日も、不調な日も、暑い日も、寒い日も、嬉しい日も、悲しい日も、どんな時でも同じ作業を繰り返せる。そういう事が求められるのが作業標準書である。
実際にはそういうことは不可能に近いが、そこは魔法の作業標準書である。理想を現実にしてくれたのであった。
疲労がたまり、考え事をしていたせいもあり、スティーブの攻撃がもう少しでオリヴァーに当たる所であった。長年の経験がその一撃をすんでのところで当たらないように、自然と体が動いた。
が、オリヴァーは次は無いと悟る。目の前の麒麟児ならば、次は当たるように攻撃を補正してくる事だろう。全くもって忌々しいが、それは他ならぬオリヴァーの得意とする戦い方だった。
まるで鏡に映った自分と戦っているようだ。それがオリヴァーの感想だった。もう何年も好敵手と呼べる存在に出会えず、本気を出せるような事はなかった。しかし、今目の前の10歳児は自分の全力をぶつけられる。
だが、このまま普通に戦うのであれば負けは必然。
ならばとオリヴァーは必殺の構えを取った。その構えは居合に似ていた。自分の積み上げた技術の粋を集めた一撃に賭ける。
スティーブは直感で何か来ると悟った。この直感もオリヴァーが持っている危険感知能力であり、作業標準書がそれをもコピーしたのであった。
そうして、オリヴァーの体が脱力したと思った瞬間、木剣がスティーブのいたところを通過した。初動すらわからぬほどの速度。VTRがあったなら、スロー再生しても見えないくらいの一瞬の出来事であった。
本来であれば、その一撃は確実にスティーブに当たっていたのだろうが、先に述べたようにスティーブのいたところを通過したのである。
本来あるはずの当たった感触が無いことにオリヴァーが驚いていると、不意に脇腹に痛みが走った。訓練用の胴鎧に亀裂が入り、破片が宙を舞う。
一瞬何が起こったのか理解できなかったが、振り向けばそれは理解できた。
後ろに回ったスティーブがまったく同じ攻撃をやってのけたのである。
「一撃、入りましたね」
ニコリと笑う少年に、オリヴァーは負けを認めた。訓練場にはどよめきが起きる。
「神速の剣、今まで誰にも躱されたことは無かったんだがなあ。あれが見えたのか?」
オリヴァーはボリボリと頭を掻いた。
「いや、見えませんでした。でも、何かが来る気配があったから、先に動いただけです」
とスティーブはこたえる。
実際、攻撃の気配を察知して、転移の魔法でオリヴァーの後ろにまわったのである。
「俺もそっちが動いたのが目で追えなかったぜ。いったいどうやって後ろにまわったんだ?」
「企業秘密です」
スティーブにはそう躱されたが、オリヴァーはあれは魔法を使った動きだと把握していた。何故なら、訓練場の土が動いた痕跡が全く無いから。めにもとまらぬ速さで動いたにしても、土は多少なりとも動く。それが全くないのであれば、それは体を使ってないということ。そこから出てくる答えは魔法である。
しかし、それがスティーブにとっての切り札でもあるなら、秘密を無理に暴くような真似は出来ないと思っていた。それに、神速の剣を簡単に真似された理由の方を先に知りたいと思っていた。
「しかし、神速の剣まで使えるとはなあ。俺のオリジナルの技だと思っていたのだが」
「間違いなくオリジナルの技です。でも、一度見ましたので」
あっけらかんとこたえるスティーブに対し、その場にいた全員が「いやいやいや」と心の中でツッコミを入れた。真似された当の本人であるオリヴァーですら、そんな事は無理だと思っていた。見ただけで近衛騎士団長しか使えない必殺技を使えるなど、誰がそんなことを信じようか。
しかし、それも事実。スティーブは嘘など言ってない。
ただ、スティーブは今まで田舎で育ち、尚且つ前世の知識で
「本当に見ただけで真似したというのなら、その動きを説明することは出来るか?」
スティーブの言う事が信じられないオリヴァーは、スティーブに説明を求めた。
「剣を横に構えて、まずは脱力します。それで、そのあとは足首から始まる一連の関節の動きで、剣を加速させることで速さを生み出す。これであってますか?」
そう説明した後、スティーブがもう一度神速の剣を見せた。
「正解だ」
スティーブの説明が正しい事がわかり、また、いとも簡単に再現したことから、オリヴァーはスティーブが間違いなく神速の剣を使ったことを悟った。それは魔法などではない。なにせ、魔法が使えないオリヴァーが到達した、技術の頂点なのであるのだから。それでも、見ただけで真似が出来てたまるかという気持ちはあった。
ただ、オリヴァーがわかっていなかったのは、そのスティーブが真似した技術も作業標準書という魔法によるものだったということ。オリヴァーが魔法使いであったならば、スティーブが何らかの魔法を使ったのは感覚、魔力の残滓でわかっただろうが、残念ながらオリヴァーには魔法の才能が無かった。
なので、目の前で起こった事実のみを宰相に報告することになる。後にこの報告を受け取った宰相は近衛騎士団長よりも強い10歳児の登場に頭を悩ませることになる。
当のスティーブは塩一年分をゲット出来たと無邪気に喜んでいた。あとから合流したブライアンにもその事を報告する。
尚、王宮ではなく宰相が手配してくれた高級な宿に宿泊することになり、親子が合流したのはその宿であった。
「塩一年分とは豪勢だな。で、誰と戦ったんだ?」
「あ、名前は忘れました」
「そうか。まあ、スティーブなら相手がなめてくれたら、騎士団といえども一撃くらいはお見舞い出来る実力があるからな」
ブライアンもまさかスティーブの戦った相手が近衛騎士団長であるオリヴァー・シールズだとは思わなかった。なので、騎士団の誰かがなめてかかったので、運よく一本取れたのだと勘違いしたのである。
「父上、それで明日はもう領地に帰るのでしょうか?」
「いや、折角なので王都の観光をしたらどうかというお言葉をいただいた。俺の方は昔の知人を訊ねるので、お前は案内の人がついて王都を観光になる」
「観光ですか、楽しみですね」
「王都に来る機会なんてめったにないから楽しんでこい」
「母上と姉上にお土産を買うお金がありませんが」
とスティーブが言うと、ブライアンはニッコリしながら腰の革袋から銀貨を取り出した。
「これは?」
革袋はジャラリと音を立てて、まだまだその中に貨幣が入っていることを教えてくれる。そんなお金を持ってきた記憶が無いスティーブは、銀貨を受け取ると怪訝そうにその革袋を指差した。
「お前の献上品に値がついた。陛下もなんの見返りも無しにあれを受け取るのは気が引けたようだ。ばねはまだしも、パスタマシンとやらはこちらにメリットが無いからな」
「ああ、そう言う事ですか」
スティーブは自分が魔法で作り出したパスタマシンが金になったことを知った。それならば、この金を使うのに遠慮はいらない。
「でも、女性が喜ぶようなお土産を選ぶ自信もないんですけどね」
「ああそれなんだが、明日お前の案内役は女性だ。彼女に聞けばいいだろ。俺の知人の娘なんだが、王都で暮らしているから案内役にはもってこいだ」
案内役が女性と聞かされたスティーブは、それなら母と姉へのお土産は案内役に選んでもらえば楽だなと考えていた。
それが大きな間違いなのは、翌日気づくことになるのだが。
【後書き】
作業標準書が強いのはパク、
オマージュです。
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