第5話 呼び出し

 カスケード王国暦636年7月、スティーブはアベルとベラと一緒に野鳥の狩りに来ていた。いつもの狩場には野鳥が来なかったため、獲物を探して移動している時にふとスティーブの目に留まった白い花があった。近くに寄ってみると白だと思っていたのが少し黄色が混じっており、いくつかの黒い実がついていた。


「そば?」


 小さな実を手に取ってみるが、前世で見たそばの実のようである。


「どうしたんだよ、スティーブ」

「何か虫がいた?」


 アベルとベラがスティーブの手を見る。そこにあるのは黒い小さな実。


「二人とも、これを知っているか?」


 とスティーブがたずねると、アベルは見た覚えはないという。しかし、ベラはそうではなかった。


「この時期に山で白い花が咲いているのは知っていたよ」

「じゃあ食べたことはある?」

「ない。こんなの食べたらお腹こわすんじゃない?」

「うーん、食べられるかもしれないんだけどなあ」


 これが蕎麦なら食糧事情が改善する可能性が高い。スティーブの前世の親が蕎麦好きであり、「足利詣で」に一緒に連れていかれたりして、その都度蕎麦の薀蓄を聞かされたので全く知識がないわけではない。

 なお、足利詣でとは栃木県足利市にある「一茶庵」という蕎麦屋に蕎麦を食べに行く、そば打ちを学びに行く事である。片倉康雄という「一茶庵」の創業者がおり、後進の指導、手打そば技術の普及にも力を入れ、「日本そば大学」を開講したりもしていた。多くの蕎麦屋のルーツをたどるとこの人に行きつくと言われるように、今の蕎麦の形を作った偉大な人物であったが、既に鬼籍に入られており現在は氏の打った蕎麦を食すことは出来ない。だが、店は残っている。創業は昭和29年、西暦でいえば1954年である。

 そういう訳で、我々が今食べている蕎麦の歴史とはまだまだ浅いものである。蕎麦を麺にしたものである蕎麦切りですら、文献で確認できるのは天正2年、西暦でいえば1574年が一番古いものだ。それ以前は蕎麦粥、蕎麦搔き、蕎麦焼きとして食していたことが知られている。

 そばの利点は収穫までのサイクルが短いのと、やせた土地、寒い土地、乾燥した土地などの悪条件でも育つことだ。やせた土地で育つと誤解されるが、肥沃な土地でも育つ。今の日本ではありがたみが少ないが、昭和の時代までは貴重な非常食であったのだ。

 ただ、調味料が塩ですら不足しているので、味の方は期待できない。まずは栄養が取れればというところである。


「とりあえず持って帰って、父上に見せてみるか」


 ということで、蕎麦の実をポケットに入れて狩りに戻る。残念な事にその日は三人とも坊主であった。そのため尚の事スティーブは蕎麦に期待をする。それくらいしか成果が無いので。

 屋敷に戻り、執務室に行くとブライアンに蕎麦の実を見せる。


「父上、山のすそ野でこちらの実を見つけたのですが、これは食べられる物なのでしょうか?」

「どれどれ」


 ブライアンはそれを受け取ると手に取って観察した。


「食べたことはないなあ。コーディ知っているか?」


 ブライアンは一緒にいたコーディに見せるが、コーディも首を振る。


「うちの領地は古い住民ってのがいないから、年寄の知恵ってのがないんですよねえ」


 コーディはそう言って肩をすくめた。新しい貴族家が創設され、一緒に移住してきた領民たち。当然老人たちは移住に堪えられないということで、名乗りを上げるものはみな若い者たち。

 そうなると領地には昔からの経験というものがない。


「あと一ヶ月もすれば収穫時期っぽいので、そこで収穫して食べてみましょう。エマニュエルに依頼した芋や豆なんかよりも早く結果が出るかもしれませんよ」

「初めて見たわりには、よくそんな事がわかるな」


 ブライアンは息子を見る。ただ、今更ではあった。今までも魔法が使えるようになった途端に、ばねを使った武器を考案したり、見たこともないような工作機械を魔法で作り出しては使ってみせた。リバーシの開発にしても思いついただけならまだしも、生産ラインの構築までやってのける。

 息子は優秀だからということで納得して、それ以上は考えないようにした。

 スティーブはスティーブで、産業機械の魔法で手回し式のパスタマシンを作れるが、これを蕎麦にも使えないかと考えていた。まずは小麦だろうという話だが。


「スティーブ、初めて食べるものについては、毒がある危険性もある。まずは大人が少量たべてみて、数日間なにも体に異変がなければ、そこから徐々に量を増やしていくからな。子供のお前にはまだ食べさせられん」


 初めての食材ということで、ブライアンは慎重を期す。キノコや魚などでもそうだが、毒があるものでも少量ならば命を落とすことはないことが多い。致死量まで摂取しなければいいので、少しずつ食べて異変を確認するというのはわりとよく知られたやり方だ。

 スティーブの知識でもそばにはアレルギーがあることはわかっていた。異世界のそばと日本のそばが同じものかどうかわからないが、同じであった場合にはそばアレルギーで死亡する可能性もあるので、一気に食べてみようという気にはならなかった。


「わかりました」


 スティーブは素直に言う事を聞くことにした。


 そうしてそばの収穫を待つことにしたが、その間に問題が起きる。

 その日、アーチボルト領の領主屋敷に国王からの使いがやって来た。先ぶれなどなく、いきなりやって来たのである。

 その魔法使いの使う魔法は転移。見える範囲か一度行った場所に瞬時に移動する魔法である。ファンタジーの定番ではあるが、習得しようとして出来るものではなく、偶然の産物であった。

 しかし、これほど有用な魔法を王家が放置するわけもなく、男爵家の嫡男であった魔法使いを陞爵と現金で納得させて、王宮務めとさせたのであった。親である貴族も手柄を立てたわけでもないのに子爵になれるのであればと、二つ返事で了承したとは社交界で当時大きな噂となった。

 そんな魔法使いが突然やって来たのである。勿論、この土地がアーチボルト領となると決まった時に、王家が先に魔法使いを派遣して、いつでも移動できるようにしたのである。情報収集のためと、最悪の場合は軍隊を派遣出来るようにするため。

 転移の魔法は魔法使いと一緒であれば他人も一緒に転移出来る。ただし、人数が増えれば魔力をその分多く消費する。距離と質量に比例して消費魔力は増加する。大隊単位での転移は難しいが、5人くらいであれば国内どこでも転移出来る。

 さて、なぜそんな魔法使いがやって来たのかといえば、鋼をエマニュエルが売った事による。戦略物資である鉄は元々国が監視している。そして、とびっきり上等なものが突然、鉱山を有している貴族と親しくもない行商人の手によって市場に出てきたとなれば、国がその出処を探るのは当然であった。

 エマニュエルは拘束されて取り調べを受け、入手元がアーチボルト家であると発覚したのである。そこからアーチボルト家への内偵をすすめるが、密輸・密造したような痕跡が見つからない。もとより鉄は戦略物資のため、隣国からの密輸というのは相手側の事情でよっぽどのことが無ければ起こりえない。現状アーチボルト家が接する隣国、フォレスト王国は政変が起きるような気配はなく、こちらに睨みをきかせている隣国の辺境伯が、わざわざこちらに鉄を密輸するメリットはない。

 では、自領で鉄鉱石が産出することが判り、国家に報告せずに密造し始めたのかといえば、アーチボルト領での薪の輸入量に大きな変化はなかった。というか、微減していたのである。理由は斧が手に入ったことで薪の生産量が上がったから。

 そこで浮かび上がったのが、今年魔法の才能があると発覚した息子の関与である。国に提出された報告書では、魔法の属性は産業。ただし、その時使えた魔法は測定。儀式に使用した聖杯の重量を細かく測定できただけという事であった。

 その報告を受けて、産業で使用する単位についての測定が出来る程度であり、秤やものさしがあれば魔法使いは必要ないと判断されていたのであった。

 カスケード王国宰相にして侯爵である、チェスター・ネス・カニンガムはここに来て、自分がとんでもない見落としをしていたかもしれないと考えた。万が一、アーチボルト家の嫡男であるスティーブが、魔法で高品質な鋼を生産できるとして、それを西部閥の領袖であるソーウェル辺境伯にでも察知されたならば、王家の手が及ばぬうちに囲い込むことになるだろう。野心家であるソーウェル辺境伯がそんなカードを手にしたならば、その後どうなるかと考えると頭と胃が痛くなる。

 既に鋼が市場に出回ってしまったため、他の誰かも気づく可能性があるので、早いところブライアンとその息子を呼び、真実を確認しなければとなったわけだ。

 ここで問題になるのが、貴族が他家の領地を通過する際に、事前に連絡をしておくというルールである。辺境も辺境のアーチボルト家を王都に呼ぶとなると、どうしても色々な貴族家にその連絡が行く。そして、この時期にアーチボルト家を王都に呼ぶ言い訳となる理由が無い。

 非公式秘密裏にということならば、国王のみが命令できる転移の魔法使いを使うしかない。しかし、そうなれば自分がスティーブの魔法使いとしての可能性を見落としていたという失点が明らかになる。それを考えて少し悩んだが、もっと大きな失点を恐れて国王に正直に報告する事にしたのだった。

 宰相から報告を受け取った国王、ウィリアム・ジス・カスケードは大きく息を吐いた。


「アーチボルトには苦労をかけているからなあ。多少のことは目をつぶっておかねばならぬだろう。思えば先の大戦で活躍したにも拘わらず、あのような土地しか下賜出来なかったわしにも非がある。何かしらの理由さえ用意出来れば、今なら領地替えも可能だが、当時は国内も混乱しており調整が出来ぬまま領地があるならよいだろうとしてしまったからな」


 国王は後悔の念を口にした。宰相も頷く。

 カスケード王国の先王が討たれたという大混乱があり、国内貴族の離反を最優先課題としていたため、自分の息のかかった者に良い土地を下賜することがかなわなかった。その中の一人がブライアンというわけである。


「魔法使いの使用は許可しよう。久々にアーチボルトの顔も見たいしな。聞き取りはわしが自ら行う」

「承知いたしました」


 こうして宰相の思惑通り、魔法使いの使用許可がおりてアーチボルト家に派遣したというわけだ。宰相からの書簡を受け取り、内容を確認したブライアンがスティーブにその内容を話す。


「国王陛下がお呼びのようだ。このまま王都まで転移で運ぶとな。直ぐに支度をしてくるように。それと、息子も一緒にということだ」

「僕もですか?」

「陛下がそう仰せだ。悪い方に考えるなというお言葉もいただいているけどな」


 スティーブは何故呼ばれたのかを考えた。そして、鋼作成の魔法かリバーシの件が国王の耳に入ったのだろうと予測した。そしておそらくは鋼作成の方が可能性が高いと考える。

 出来ればまだ鋼作成の魔法は秘密にしておきたかったが、国王陛下に呼ばれたとあっては行かないわけにはいかない。ブライアンは直ぐに妻のアビゲイルに衣装を用意させた。公式な場に出る時のための一張羅である。スティーブはまだそういった衣装が無い。幸いな事に現金が多少あるので、王都に行ってから衣装を探そうという事になった。

 直ぐに転移で王都に移動するが、国王との謁見ともなれば直ぐにという訳には行かない。王都に滞在しつつ、国王の予定が空くのを待つわけである。なので、衣装を探すくらいの時間はあるのだ。ただし、オーダーメイドとなると間に合わないだろうから、出来合いのものを買うことになるが。

 そして魔法使いと一緒に王都に転移。勿論この時スティーブは作業標準書の魔法を使って転移の魔法の使い方を記録し、転移の魔法を使えるようになった。

 転移した先は王宮の一角。これはあらかじめ魔法使いに指示がしてあり、ブライアンたちを外界から隔離するための策であった。こうしてしまえば他の貴族が接触する事は出来ない。


「ここは王宮っぽいが」


 領地を下賜される前は王宮に入った事もあるブライアンが、見慣れた景色にそう訊ねると、魔法使いはそれを肯定した。


「いかにも。アーチボルト卿には懐かしい場所でございましょう」

「まいったな。息子の衣装を買う時間が無くなってしまった」


 まさかの王宮直行で、スティーブは普段着のままで国王に謁見する可能性が出てきてしまった。


「息子の服を買いに外に出たいのだが」


 ダメもとで魔法使いに訊いてみたが、


「それはかないません。此度の謁見は非公式のものであり、この場にアーチボルト卿がいるのをあまり多くの人間の目にはつけたくないのです」


 と案の定断られてしまった。


「父上、僕はこのままでも構いません」


 前世ではどんなにえらい取引先の人が来ようとも、油の汚れのついた作業着で対応していたスティーブは、国王に謁見するのにドレスコードを無視しても気にはしない。ただ、前世の事など知らぬブライアンは、息子にドレスコードのことも教育しなければと思うのであった。

 そして、直ぐに国王に謁見するとの連絡がある。

 普通であれば最低でも二週間はかかる謁見が、いきなりという事でブライアンは驚いた。いくら向こうが呼んだとはいえ、こうも早い事など記憶にない。

 特別な扱いの裏に何があるのかと戦々恐々となる。

 謁見の間では国王と宰相が待ち構えていた。


「アーチボルト、久しいな」

「陛下におかれましてはご健勝の御様子、何よりのことにございます」


 極々一般的な挨拶からはじまる。


「今日は非公式な謁見ゆえ、堅苦しい事はなしでいこうか」


 と国王がいうと、ブライアンは緊張がとけて大きく息を吐いた。


「お久しぶりです。中々領地から出られませんで、挨拶も来れずに申し訳ございません」

「あのような貧しい土地に押し込めてすまなんだな」


 国王が騎士爵に謝罪するなど異例中の異例。国王はブライアンにかつて一緒に戦った仲間として接していた。


「いえ、最近はようやく安定してきたところです。陛下にいただいた領地ですので、なんとか発展させたいと思っております」

「今日呼んだのはそのことだ」

「はぁ」

「お前のところから上質な鋼が売りに出されておるが、勿論知っておろうな」


 スティーブはやはり、と思った。ブライアンは国王に流石に隠すことは出来ないと覚悟を決め、その問いに頷いた。


「はい。それは知っております」

「そうか。ではその鋼はどこから入手した?あの領地に鉱山は無い。となれば、どこからだ?」

「息子の魔法にて作成いたしました」


 ブライアンの答えに宰相は自分の判断が正しかったと安堵した。急ぎ手を打ってよかった、もしこれがソーウェル辺境伯あたりに先を越されていたら、今の地位が危うくなっていたかもしれないのだ。


「アーチボルトの息子よ、名はなんともうすか?」


 国王に訊ねられて、スティーブは自分の名を名乗った。


「スティーブでございます、陛下」

「なるほど、スティーブか。ではスティーブ、お主の魔法は測定だと報告を受けておったが、それ以外にも魔法が使えたわけだな」

「はい。儀式の後日に、他の魔法も使える事がわかりました」


 実際には魔法を使ってみたのが後日である。が、それはスティーブ以外わからぬこと。国王も宰相もそういうものであると納得した。

 国王はならば魔法を使ってみせよとスティーブに命令する。


「さて、他にどんな魔法が使えるかみせてはくれぬか?」

「承知いたしました。しかし、ここででしょうか?」


 スティーブは国王の前で魔法を使うのを躊躇した。魔力の反応があれば当然護衛が駆け付けるだろう。あらぬ誤解を受けるのは望ましくない。

 宰相は機敏にその懸念を察知する。


「心配しなくともよい。陛下を攻撃するような魔法ではないのであろう」

「はい」


 そこでスティーブは考えた。国王に献上する魔法はなにがあるだろうか。鋼作成で一般的な鋼を作って見せたところで、それは手間暇をかければ国王は入手可能だ。となると、それ以外のものということになる。

 暫く考えて、結論が出た。


「それでは」


 スティーブは鋼作成でばねを作り出した。板ばねである。目の前に出現したばね鋼に国王は興味津々だった。


「これは?」

「ばねにございます、陛下」

「ばねか。それを鋼で」


 靭性の高いばねをつくる技術はカスケード王国には無い。板ばねの、それもリーフスプリングを献上する。


「これはどんなメリットがあるのか?」


 宰相はスティーブからリーフスプリングを受け取ると、危険が無いか確認しながらそう質問をした。


「これは馬車の揺れを軽減するのに効果があります」

「馬車の揺れをか」

「はい」


 リーフスプリングのサスペンションは古くから存在する。1750年以降イギリスで使用されているのが確認されているが、カスケード王国ではまだそこまでの文明レベルとなっておらず、リーフスプリングをみたところで、その使用方法が宰相と国王には伝わっていない。

 危険が無いと判断した宰相が、リーフスプリングを国王に手渡す。国王はそれを手に取りじっくりと眺めて、それを献上した真意を問う。


「さて、そのような技術を惜しげもなく披露する意図は何か?これを独占しておれば、アーチボルト家は安泰であったであろう」

「畏れながら申し上げます、陛下。我が領の技術力及び人的資源では、これを馬車に取り付ける研究をするには力不足でございます。これを活かせる場を考えれば、陛下に献上するのが最上と愚考いたしました」


 スティーブの返答に国王はなるほどと納得した。アーチボルト家の資金力では馬車を調達するのも困難。となれば、研究をするようなことも出来ない。であれば、死蔵するよりも国家に献上し、研究をしてもらったほうがいいというわけだ。

 一見まともな理由に見える。


「それではアーチボルト家の利益がないではないか」


 国王はなおも質問をする。スティーブは隠すことが出来ないとわかり、利益を生む話をする。


「現状ではこのばね、リーフスプリングといいますが、これを生産できるのは当家のみでございます。乗り心地がよい馬車を作るためには、どうしても当家にそのばねを発注するしかないとなれば、売り値はこちらの言い値となりますので、利益がないということはありません」


 国王はスティーブの返答を聞いて二カッと笑った。


「なるほど。開発に失敗するリスクは国に押し付け、成功したならばその果実をリスクなしに享受する。子供が考え付くようなことではないな」


 そう言ってブライアンの方を見ると、ブライアンはそれに気づいて恐縮した。


「陛下、申し訳ございません。優秀な息子なのですが、陛下を相手に駆け引きをするなと教育はしておりませんので」


 それを聞いた国王は豪快に笑った。


「よいよい。本日は非公式である。それに、そんな教育は普通10歳の子供にするようなものではない。だが、こちらがリスクを抱えるとなると、なにか他にもこちらに利のある話が欲しいな」


 国王はちらりとスティーブを見た。そこでスティーブは再び魔法を使う。


「はい、実はもう一つ献上するものがございます」


 そう言って産業機械の魔法で作り出したのは、ステンレスでピカピカに輝くパスタマシンだった。

 国王と宰相はその輝きに目を奪われる。


「これは銀か?」


 国王に聞かれたスティーブは首を横に振った。


「ステンレス鋼という、鉄にニッケルなどを加えた鋼でございます。銀と並べれば黒さがわかります。錆びない鉄という感覚で覚えていただければと」

「錆びない鉄とな。それが誠であれば大発見ではないか。これも魔法か?」

「魔法ではありますが、魔法無しでも作れるものでございます」

「まことか」


 国王は前のめりとなるが、ステンレスを作るためにはニッケルやクロムが必要となる。そして、現在それらは発見されておらず、分離方法も明確になってはいない。将来的に可能ではあるが、現時点では魔法のみとなるわけである。


「製鉄技術の研究が将来進むのであればですけど。不可能ではございません。それで、この機械の説明をしたいのですが」

「そうであったな。錆びない鉄の話はまた今度にしようか。して、この機械はどのようなものか?」


 そこでスティーブはパスタマシンの使い方を説明する。麵はカスケード王国においては一般的な食べものではないが、まったく存在しないというわけではない。国王としても小麦粉から作る麺については知っているし、何度か食してもいた。

 なので、錆びない鉄よりも興味はわかなかった。


「それでですね、この麺についての規格があればと思うのです。太さにより種類を分ける事で、消費者の利便性につながるし、ひいては、この国における産業規格というものの作成にも貢献できるのです」

「産業規格?」


 聞き慣れぬ言葉に国王が問う。日本農業規格、いわゆるJASでは乾麺の太さにより呼び方が決まっている。パスタもマカロニ類の日本農林規格が存在する。

 余談ではあるが、パスタとは小麦粉と水を練り合わせて作られる食品全般のことであり、これを適用するならば、うどんもパスタである。

 スパゲティとは1.2mm以上の太さの棒状又は2.5mm未満の太さの管状に成形したものであり、これ以外の太さであれば、スパゲティと呼ぶのは間違いなのである。


「はい。産業には規格が必要となりますが、現在国家に於いて規定されているものといえば、長さ、時間、重さでしょうか。これ以外にも規格を作れば国は発展いたします」


 国家の発展と聞いては、国王も宰相も是非ともそれを聞きたいとなる。

 スティーブは説明を続けた。


「例えば、馬車の部品が全て同じ規格で生産されていれば、遠くに行った時に馬車の車輪が壊れたとしても、現地で直ぐに調達が可能です。しかし、今は壊れた車輪の大きさを見て、同じ大きさのものを作るしかない状態です。さらに、これが軍隊となればいかがでしょうか。ベテランの職人も戦場に連れていかねば、武器や防具の修理も出来ない。負け戦で撤退するときには、それらの職人が敵に捕まるし、殺されることもあります。しかし、それらが規格で作られていれば、後方の安全な場所で修理用の部品を作ることが出来ます。職人の育成時間を考えたら、その影響は無視できないかと」


 スティーブに規格の重要性を説かれ、国王と宰相はその影響について考える。

 そして宰相が口を開いた。


「国家ではなく、民間に任せる訳にはゆかぬか?」

「例えば、馬車の車輪の幅の規格であれば、国が決めておいた方が街道の整備が楽になることでしょう。特に、民間の団体が複数存在するのであれば、それのどちらを採用するかで混乱が起きます」


 家電製品などの新製品でよくある問題を思い浮かべ、スティーブはそう説明をした。


「宰相、あとで技官を呼んで、産業規格についての検討を開始させよ」

「承知いたしました」

「それとな、料理人を呼んでこれを使って食事を作らせよ。使い方は聞いたが、実際に食ってみたい」

「そちらも承知いたしました」


 ここでスティーブは退席を命じられる。ブライアンは国王と話すことがあるというので、スティーブだけが王宮内の別室に移動となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る