2章

第9話 冷蔵庫

 王都の活動で経験値を積んだスティーブは魔法のレベルが上昇した。


【産業魔法Lv2】

・鋼作成

・銅作成 new!

・産業機械Lv2 new!

・測定

・作業標準書


 銅が作成出来るようになり、新たな産業機械も作れるようになっていた。

 鋼に加えて銅が作成できるようになったことで、アーチボルト領の経営は飛躍的に安定することとなった。新しい家族を迎えるにあたり、支出も増えるが収入も増えるという望ましい状況になったのである。

 その新しい家族であるクリスティーナは、スティーブの母であるアビゲイルと、姉のシェリーに好意的に迎えられた。アビゲイルは娘が増えたと喜び、シェリーは同年代の姉妹が増えたようだと喜んだ。


「今日のご飯はクリスちゃんのお口にあうかしらね?」

「お義母様、そんなに気を遣わずに」


 とアビゲイルが食卓に食事を並べれば、シェリーは


「今日の晩御飯は私も手伝ったの」


 と張り合う。


「お義姉様も手伝われたのですね」

「私の方が1歳年下なのに、お義姉様って言われるとなんか変な感じがするのよね。シェリーでいいわ」


 というように和気あいあいとした食卓があった。なお、食材については臨時収入があったので、その金を持ってスティーブが王都に転移し、新鮮な食材を都度仕入れている。なじみとなった商店などは、スティーブが王都に住んでいると思っていた。

 尚、臨時収入は借金の返済にも充てられており、それを受け取ったエマニュエルはシェリーを狙っていた大商人に睨まれることになった。その愚痴はスティーブに来る。


「まったく、スティーブ様と関わってからというもの、取り調べのために拘束されるわ、元締めの商人には睨まれるわで大変ですよ」

「まあ、その分儲けも出ているんだからいいじゃない。うちの領地なんて現金を持っていても使うところがエマニュエルしかないんだから。この領地のお金を独り占め出来る権利と交換なら安いもんでしょう。いっそのこと、ここに店を構えてみたら?」

「それは前向きに検討させてください」

「前向きに検討っていうのはやらないっていうことと同義だよね?」

「いやいや、ここが発展すれば将来他の商人達もやってくる事でしょう。そうなる前にここでの商売を独占しておきたいです」

「独占できるかどうかはエマニュエルの才覚次第だよ。他の商人を排除するのは領民の利益にはならないからね」


 などという会話があった。近いうちに、ここで店を任せられる人物をみつけて連れてくるという。スティーブはそれまでには新商品を開発しておくと言った。エマニュエルは儲け話の匂いがしたので、早めに来ますねといい、アーチボルト領を後にする。


 新商品の開発の為、スティーブは屋敷の裏庭に大小二つの壺と砂、それに水の入った瓶と布を用意した。隣ではクリスティーナが興味深そうにそれを見ている。

 なお、この壺はスティーブが魔法で作成したものであった。


「スティーブ様、これはなんでしょうか」

「冷蔵庫、またはクーラーという冷却するための装置を作る道具です」

「冷却……ですか。それは魔法ですか?」


 スティーブが魔法使いであることを知っているクリスティーナは、冷却ときいて直ぐに魔法を思いついた。しかし、スティーブがやろうとしているのは、水が蒸発するときに周囲の熱を奪う現象を利用した、電気のいらない冷却設備の作成である。地球では二重ポット式冷蔵庫というのが紀元前2500年頃には存在していたことが知られている。が、フォレスト王国の位置する大陸にはそういったものは無い。古来より魔法が存在し、知識層を兼ねる高貴な人々は冷却の魔法が使える魔法使いを雇っていたため、知識層が魔法を使わない冷蔵技術を必要としていなかったというのが理由である。


「こうして大きな方の壺に小さな壺を入れて、隙間に砂を詰めて」


 スティーブが砂を入れ始めると、クリスティーナがそれを手伝う。二人の初めての共同作業であった。それを室内から見つめる四つの目。アビゲイルとシェリーである。息子と婚約者が仲良く作業しているのを見て一安心。


「早くシェリーの婚約者も見つけないとね」

「折角お金もあって、食べ物も王都と同じものが食べられるようになったのに、ここを出ていきたくない」


 などという母子の会話があることなど知らず作業をしていたスティーブは、壺に砂を入れ終えた。


「そうしたら砂に水を掛けて、布で蓋をします」


 そこまでの作業をすると、スティーブは魔法で気温を測定する。夏のアーチボルト領は暑い。というか、カスケード王国の夏は暑いのだ。現在日向の気温は30℃に達しており、日向にいれば日射病の危険性が高い。それに二重ポット式冷蔵庫は、日向では気化熱以上に日光で温度が上がってしまうので、日陰となる裏庭を実験の場所に選んだわけだ。そして現在28.5℃。

 暫く待つと、砂に掛けた水が蒸発し始めた。そこから更に待って、頃合いを見計らい布の蓋をどかして、壺の中に手を入れてみる。


「ひんやりしてきたね。クリスもやってみて」


 スティーブに言われてクリスティーナも手を入れてみた。


「本当にひんやりしてますね」


 測定結果は19℃。10℃ちかく冷えているので実験は成功である。


「あとは、農閑期にこの壺を作る仕事を領民に与えればいいか。簡単にまねされる技術だから、長く続くかわからないけど」

「そうですね」


 そう心配をしてはみたが、元々このサイズの壺の需要があまり無かったため、急遽できた壺の需要を充たす供給を出来る体制が整わなかったので、暫くは特産品として壺を売る事が出来た。先に窯や生産体制を準備していた結果、他の準備が出来るより前に売り物を用意出来たというわけである。

 まだこの時はそれはわからなかったが。

 それからしばらくして、エマニュエルがやって来た。約束通り新商品を開発できたスティーブは、二重ポット式冷蔵庫のプレゼンをしようとするが、エマニュエルと一緒に栗色の髪を後ろでまとめた、若い女性が一緒にいるのが気になった。


「ひょっとして彼女がこの領地に出す店の担当者ですか」

「ええ、名前をソフィアといいます。ほら、スティーブ様に挨拶をしなさい」


 地位が上のスティーブに話しかけられてはじめて、ソフィアは挨拶をすることが許される。


「ソフィアと申します。アーチボルト様のご領地でお店を任されることになりました。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ。それにしても、こんな田舎に一人で赴任してくるのが若い女性だとは、エマニュエルは鬼ですか」

「スティーブ様、鬼というのがわかりませんが、なんとなく悪い意味だとはわかります。しかし、私はソフィアが優秀だから店を任せるのですよ」


 笑顔でそういうエマニュエルには絶対に裏があるとスティーブは考えた。そして結論が出る。


「若い女性だということで、男連中に余計な買い物をさせる気でしょう」

「そのような意図はございませんが、結果としてそうなったとしても仕方がありませんな」

「まあ、店の売上には税金がかかるから、売上が多くなるのは歓迎だよ。店舗が完成するまではどうするの?」

「本日は領主様への顔見せですね。これで店舗の建設許可をいただけたので、着工いたします」


 エマニュエルはスティーブのところに来る前に、ブライアンにソフィアを紹介して店舗建設の許可を得ていた。

 そしていよいよプレゼンが始まる。


「スティーブ様、こちらが新商品ですか?」


 目の前に置かれた二重の壺を見て、早速値踏みするエマニュエル。


「そうです。日陰で風通しの良いところで使うように注意してくださいね」

「スティーブ様、それはどうしてですか?」

「まず、日向だと日光の影響の方が強いので温度が下がりません。下がる以上に上がってしまいます。それと、風通しが良いというのは水が蒸発しやすいということです。逆に雨の日みたいにジメジメしていると冷えません」


 そういうと、スティーブは砂に水を掛けた。そして冷えるまで待つ。冷えたところでエマニュエルに壺の中に手を入れるようにすすめた。


「ここに手を入れてみて」

「はい。おっ、とてもひんやりとしますね」

「でしょう。魔法が無くても物を冷やすことが出来る壺です。売れると思いませんか」

「ええ、場所によっては売れるでしょうね。スティーブ様はどのような使い方を想定されていますか」

「野菜を売る商人が、市場で商品を冷やすのに使えます。それに、食堂であれば冷たい水を確保しておけば、それだけで競合の他者に対して有利になると思いますよ。価格次第では一般家庭にも普及しそうですしね」


 スティーブは日本人だった前世の記憶から、冷蔵庫が家庭にも普及すると知っている。潜在的な需要はあるので、それが表面化してくれたら爆発的に売れるだろうとは思っていた。実際に、アーチボルト領の各家庭はこの二重ポット式冷蔵庫が設置され重宝されている。エマニュエルにとっては海のものとも山のものともつかないが、しっかりと需要があることが確認できていたのだった。


「わかりました。面白そうなので仕入れさせてもらいましょう。魔法を使わなくても物を冷やせるというのは、それなりに需要がありそうですしね。ところで、冷やすことが出来るというのなら、温めることも出来るんですか?」

「原理は違うけど、出来なくはないよ。今ここでやるのは無理だけどね」


 スティーブの頭には熱交換器が浮かんでいた。前世ではそういう仕事もしていたので、簡単な原理はしっている。液体が気体になる時は周囲の熱を奪うが、逆に気体が液体になる時は熱を放出する。冷媒とコンプレッサーを使ったエアコンの仕組みだ。

 ただし、冷媒もなければコンプレッサーも無い。原理は知っていても再現出来ないのだ。


「そう言えば出来なくもないか」


 そこでスティーブは新しく銅作成の魔法を使えるようになったのを思い出した。銅パイプを使った原始的な熱交換器であれば、コンプレッサー無しに水をお湯に変えてお風呂に流すくらいは出来る。ポンプが無いので、揚水水車みたいなもので水を汲み上げる必要があるが、金を掛ければ出来なくはないだろう。


「そうなると、是非ともそちらも売りたいところですが」


 金の匂いに敏感なエマニュエルがスティーブにお願い目線を送るが、スティーブは首を縦に振らなかった。


「設置が大掛かりになるのと、領民の仕事には結びつかないからね」


 そう、熱交換器に使用する銅パイプはスティーブの魔法で作らねばならない。そしてそれがメインであるので、売り物を作るのに領民の手はいらないのである。そうなると、産業として興すメリットがない。


「それは残念です」


 演技ではなく、心底残念がるエマニュエルにスティーブはフォローを入れる。


「多分、次にエマニュエルがやってくるころには新しい商品が出来ていると思う。それは産業として成り立つから、それで我慢してよ」

「また新しい商品を作るのですか!?」


 エマニュエルは目の前の少年に再び驚かされる。冷蔵庫ですらあっという間に考え出したのに、もう次の商品を考えていた。それに、それを産業としてやっていこうと考えているのである。大人顔負けの発想力には驚愕しかなかった。


「まあね。元々は非常食で考えていたんだけど、エマニュエルが仕入れてくれた作物がそれなりに育ってくれたから、備蓄よりも売りだそうかと思ってね」

「お役に立ててなによりです」


 エマニュエルが仕入れて来た痩せた土地で栽培されている作物で、早いものは既に収穫時期を迎えていた。インゲン豆に似た豆などがそれであり、既に二期目を目指して種蒔きがなされている。それ以外にも芋も数種類順調に育っており、もう少しで収穫できそうなものもあった。

 農業知識については素人なので、既に他で成功しているものを導入しようとした作戦が成功したかたちである。芋の収穫が始まれば、食糧事情は一気に改善することだろう。さらに、豆や芋での土壌改良が出来れば、小麦の収穫高も増える事が期待できる。鉄製農具の普及との相乗効果で、どこまで収穫が増えるかという状況だ。

 そういう背景があり、非常食のそばについてはごく少量を備蓄して、その多くは麺として売り出そうと考えていた。ただ、実際に麺にしてしまうと直ぐにいたんでしまうので、そば粉を売りに出そうと考えていた。王都でも蕎麦は見かけないので、十分に競争力はあると判断したのである。

 そして、そばの収穫までもう少しなので、収穫を待って試作をしてみるつもりであった。


「ただ、ですねえ」


 エマニュエルの顔が突然曇る。スティーブはそのことに身構えた。果たしてどんな悪いことが出てくるのか。


「何か」

「領主様から仕入れました鋼と銅の重量がかなりのものなんですよ。いよいよ商隊を組まないといけないかなと思いまして。それまではあまり多くの商品をこちらで仕入れる事が難しそうです」

「ああ」


 スティーブはエマニュエルの悩みを理解した。金属をエマニュエルに買い取ってもらっていたので、彼の帰りの荷物はかなりの重量となっている。それに、まだリバーシも注文があって買い取りをしてもらっているのだ。そこに二重ポット式冷蔵庫の壺も加わるとなると、そば粉をどうするのかという問題が生じる。


「次は大きなキャラバンで来てね」

「投資がかさみますねえ」


 エマニュエルは苦笑いをした。

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