第27話 幕間⑥

 結論から言えば、わからせ作戦は大成功だったと思う。

 お義母さんから、恋ちゃんは真っ当な人間だ、との評価をいただいて、徹と付き合うことの了承を得る。

 挙句に夕飯までごちそうになり、徹に家まで送って貰う。

 お義母さんに認めてもらったことを、改めて噛み締めて、本当の恋人になれた幸せを徹と共有する。

 アタシの両親は徹を否定しないと思う。

 アタシみたいな跳ねっ返りを愛してくれる逸材なんてそういないし、例え両親が認めてくれなくてもアタシには関係ない。

 アタシは徹と生きていく。その覚悟があるから。

 家に着いて、徹に別れ際のキスをせがんで口付けてもらう。

 やっぱりキスは良い。これだけで身体中に幸せが満ちていく感覚がたまらない。

 まるで危ない薬のように感じるけれど合法だ。

 徹と別れて家の中にいる家族に帰宅を告げる。

「ただいま」

「おかえりなさい、恋」

 すると母さんがリビングからトコトコと出てきた。

「体調、大丈夫なの?」

 そう言えばアタシ、風邪で寝込んでたんだっけ。

 それ以上に嬉しいことだらけで、すっかり忘れてた。

「うん。もうすっかり元気だよ」

「そう。今度、彼氏さんのお家にお礼をしにいかないとね」

 母さんはニコニコしながらそんなことを言う。

 年相応どころか、少し歳の離れた姉妹に見えるんじゃないかと思うぐらい若くて可愛い母さん。

 アタシもこんな感じで歳をとっていければ、徹もずっと好きでいてくれるだろうか。

「あれ、真奈まさなは?」

 ふと玄関の靴に、真奈の靴が無いことに気付く。

「アルバイトだって言ってたわよ」

 二人でリビングに戻りながら、母さんはそう言う。

 母さんは台所に向かうと、明日以降の作り置き料理を始める。

「手伝おうか」

「大丈夫よ。もう終わるから」

 実はアタシは料理ができるのだが、まだ徹にお弁当を作ったことがない。

 そろそろ徹の胃袋を掴みに行くのも悪くないかな。

 そういえば徹のお義母さんの料理、美味しかったな。

 あれを超えないといけないとなると、もっと本格的に料理を習う必要性がありそう。

 それと徹の好みも追究していかないとだな。

 リビングから手際よく料理をこなしていく母さんを眺めながら、そんなことを考えてると玄関の扉が開く音がした。

 父さんが帰ってくる時間には早い。たぶん真奈だろう。

「おかえり、真奈」

「うん、ただいま」

 瞬間に気付く。

 明らかに元気が無い。

「どうしたの、真奈。バイトでなんかあった?」

「え、えと、その」

 何故か少し言い淀む。元気が無いことと、私に言い淀むことが関連すること。

 さては、

「徹に何か言われた?」

 あの他人に対してやたらと朴念仁な徹なら、余計なことを言った可能性もある。

 時間的にもすれ違うことは、有り得ないことじゃない。

 だが、真奈は思いっきり首を振って否定する。

「違うよ。むしろ徹さんに助けてもらっちゃったんだ」

「へぇ。続けて」

「姉さん目、怖いよ…」

 いけない。徹がまた無自覚にイケメンムーブをしてると思うと、変に気になっちゃうな。

 胸に小さなトゲの様な痛みがあるけど、それより今は真奈の話を聞かないと。

「ごめん。何があったの」

「えと、今バイトしてるカフェ知ってるでしょ」

「うん」

「そこで一緒に働いてる同じ高校の男の子がいてね」

「うんうん」

「その子が、夜だし危ないから送ってく、って言ってくれたんだけど」

「それでそれで」

「家の場所、正反対だしいいよって言ったんだけど、ずっとついてきてね」

「よし。殺そう」

「姉さん目、怖いよ…」

 いけない。真奈を怖がらせる奴がいると思うと、変に気が立っちゃうな。

「住宅街に入ったあたりで徹さんに会って、徹さんが声をかけてくれたんだ」

 なるほど。徹ならやりかねない。

 徹は目につく限りの人を助けようとする。

 会った時も、同じ学校の女子学生が絡まれてるのを助けたし、今日もカツアゲされてる男子学生を助けるのに迷いすらしなかったし。

「それで…姉さんには申し訳なかったんだけど、徹さんを気になってる人ってことにさせてもらって、その男の子避けにさせてもらったんだ」

 なんだ。そういうことか。

「いいよ全然。それでその男、帰ったの?」

「う、うん。徹さんが確認してくれたみたい」

「そっかそっか。真奈に怪我が無いなら全然大丈夫だよ」

「ほ、ホント?怒ってない?」

「怒ってないって。それより真奈が無事で良かったよ」

「ね、姉さ〜ん」

 真奈が私の胸に飛び込んでくる。

 愛しい妹の頭を撫でながら、そっと抱きしめる。

「よしよし、怖かったよね。今度そいつ殺しとくね」

「ね、姉さん目、怖いよ…」

 何はともあれ対策は考えておかないとね。

 胸に感じるトゲのような小さな痛みに、真奈と徹は関係してないと思い込みながら、アタシは真奈を慰め続けた。



 そんな事件のあった週末。

 アタシと徹は街にデートしに来ていた。

 そこで前から気になってたカフェに入って二人でお茶にする。

 そこで徹から先日、真奈と男子高校生の一悶着についての話があった。

 結論は変わらないけど概要を聞いて、改めて真奈の可愛らしさを徹にも説く。

 徹はそれを聞いて、アタシの方が好きだなんて言い出すから、予想外に照れたけど、直後に言い淀む徹を見逃さず詰問する。

 曰く、自らが矢面に立って真奈を庇ったと言う。

 ダウト。それ知ってる。

 だけど、何故嘘をついてまで真奈を庇ったのか気になってきた。

 そうなったらアタシの口は止まらなかった。

 真奈から話を聞いた時に感じた、トゲのような小さな痛みが再燃してしまった。

 徹は言う。

「俺は恋の家族にも幸せになってもらいたい」

 と。

 アタシだけじゃない、のか。

 それは優しい徹なりの言葉だったのかも知らない。

 それはとても喜ばしいことだと思う。

 みんなを幸せにしたい。なんとも徹らしい答えだと思う。

 だけど、アタシはやっぱりおかしいのかもしれない。

 アタシは、徹の全てを欲しいと思ってる。

 それこそ好意の一欠片も他人に与えて欲しくないと。

 それは、アタシの家族も、例外じゃない、らしい。

 だけど、これはあまりに醜悪すぎる。

 アタシはその気持ちに蓋をして、徹との会話を続けた。

 アタシは酷く卑しい女だ。

 だから、きっとこの後のことは必然だったのかもしれない。

 卑しいアタシに対する、罰が下ったんだ。

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