第25話 幕間④

 アタシの学校に行く日の朝は随分早くなった。

 早く起きて、顔を洗って、髪をいて、朝食を食べて、歯を磨いて、予定の時間より早く出る。

「あら、恋。今日も随分早いのね」

 ゆるふわした雰囲気を醸しながら、母さんが起きてくる。

 予定の時間の一時間前。

 アタシもこんなに早く出ても仕方ないとは思っている。けど、

「徹が待ってるかもだから」

 まさかとは思う。だが徹のことだから、少なくとも予定の時間より早くは来るだろう。

 何より、早く会いたい。

 アタシの大事な人に。



 待ち合わせの10分前に来た徹は、アタシがかなり早く来たことをすぐに見抜くと、わざと手袋をしなかった手を握って暖めてくれる。

 なんとなく徹ならこうしてくれる気がしたから、アタシは手袋をしないでここで待ってた。

 あは。嬉しい。

 嬉しさのあまり徹に甘えたい気持ちまで湧いてきて、肩をぴたりとくっつける。

 徹の照れた時にする、アタシから目を逸らした真顔が好き。

 見てくれてないのにアタシのことをしっかり意識してくれている。

 アタシは思わず口走っていた。

「キスしたい」

 まだ閑散とした通学路ではあるけど、たまに人や車とすれ違う場所。

 だけど、徹は辺りを見渡して人影が無いのを確認すると、そっと口付けてくれた。

 アタシ、どんどんダメになってるなぁ。



 昼休み。いつも通り徹と昼食を取るために合流する。

 曇天からさらさらと雨が滑り落ちていて、天蓋の無い屋上が使えないこともあって、アタシがたまに使っている備品室に来た。

 ここは他の生徒が使っているところを見たことがない穴場で、先生達も滅多に入ってこない。

 そこでいくつか他愛も無い話をしてたら、徹が妹の真奈まさなのことを気にかけだした。

 と言うより、前日にした誰がカフェの代金を持つかで喧嘩した時に、仲裁してくれた真奈がアタシや徹を嫌ってないかを気にしてるみたい。

 まぁ、喧嘩なんて見て気持ちのいいものじゃないしね。

 それはわかるんだけど、少し心がもやがかる。

 アタシは徹と付き合ってから、自分が嫉妬深いことを自覚してる。

 徹の口から他の女の子の名前が出ることを容認できなくなっている。

 それに真奈に全く気が無いとは思えない。

 真奈は可愛い。女の子らしさを全て持った可愛いの権化だ。

 アタシとは正反対の存在。マイナスとプラスなんだ。

 マイナスなアタシとずっといる徹が、プラスの真奈に会ったことで、彼女の良さを人並み以上に見い出すことは不思議じゃない。

 そう。アタシは不安なんだ。

 だから、アタシは真奈をダシに徹のことを詰問した。

 徹が『信じろ』としか言えないことを盾に、アタシは徹が彼氏になってくれてから、溜まりがちな欲求の解消をちらつかせる。

 遠回しすぎたのか、徹はアタシが何を求めてるのかわからない、と言う。

 知ってるくせに。

 朴念仁を発揮するのは、赤の他人にだけのくせに。

 アタシは噛み付くようにキスをした。

 アタシも徹もずるい。

 お互いが好きなのに、お互いを困らせようとする。

 それでお互いが譲歩するのを繰り返す。

 マッチポンプだ。

 自分達が勝手に作った問題を、二人で分け合って解決する。

 そうやってアタシ達は過ごしている。

 キスが思った以上に長引く。

 だって、真奈に負けられないから。

 息が苦しくなって徹から唇を話す。

「満足したか」

 なんて挑戦的なことを言われて、またアタシは徹に食らいつく。

 しないよ。ずっとしないよ。いつだってしたいんだから、満足なんて有り得ない。

 完全にキス魔になってる自覚をしながら、アタシは欲求が一段落したあたりで、キスを止める。

「…あんまり、他の女の子の話、しないでくれよ」

 アタシは、今回の不安の種を掘り起こして徹に見せつけることにした。

 絶対にバレてることを知ってはいたけど、それでも口にしないではいられなかった。

 徹は、分かった。と言ってくれたが、同時に「キスされただけ役得」なんて言うから、何となく恥ずかしくなって、照れ隠しにまたキスを一つ重ねた。

 徹はどうしてこんなことをさらっと言えるのか。やっぱりアタシにも朴念仁なのか。



 それから、街を二人で歩いていると、また面白くないものを見つけてしまった。

 うちの男子学生が他校の集団にカツアゲされてる。

 アタシは指を指して徹にも現場を認識させて確認を取る。

「助けよう」

 徹は即答すると二人で路地に入る。

 そこで一触即発の雰囲気になったけど、相手の方がアタシのことを知ってるらしく、少し腰が引けていた。

 話があるっていうから、それで終わるならと聞いてやる。

 正直、聞くんじゃなかったと思った。

「お前、そっちで煙たがられてんだろ?なら、コイツらに復讐しねぇか?日頃の鬱憤ってヤツを晴らしてやるんだよ」

 なんてこと言われたもんだから、アタシはブチ切れてふざけたことを言う男を全力でぶっ飛ばした。

 鼻っ柱を狙ったつもりだったけど僅かにズレて、目と頬の間あたりを殴ることになったけど、男は怯えた目でこっちを見ているあたり、追撃は要らないみたいだ。

 アタシには耐えてる意味がある。

 今までは家族に必要以上に迷惑をかけないためだけだったけど、今はそこに徹も含まれている。

 口撃に暴力はどう見ても世間体が悪い。

 だから、周りからなんて言われてもアタシは基本的に手を出さない。

 出すとすれば今回みたいに殴れる要件ができた時だけだ。

 男達はバタバタと逃げ去っていくと、カツアゲをされていた男子学生に一言言って、振り返る。

 徹だ。

 そうだ、アタシ、徹の前で暴力をした。

 だけど、今更か。

 初めて会った時も徹をそうやって助けたんだよね。

 アタシは徹の胸にもたれる。

「ごめん。怖い思いさせたね」

「いや、格好良かった」

「そういう……そっか。ありがとう」

 あのシーンで格好良いって感想が出てくるのか。

 本当に徹は不思議だ。

 普通はもっと怯えてもいいのに、相変わらず眠そうな顔をしながら、なんでもない風に暴力的なシーンを眺める。

 もしかしたら徹もこっち側なのかな。

 もしそうでも、アタシは構わない。

 むしろ好きな男が喧嘩慣れしてるなんて、逆に助かる。

 そこでふと思った。

 普段ならやらないし、なんなら気をつけてること。

 アタシ、徹を巻き込んだんだ。

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