第24話 ヤンデレは、ヤンキーデレデレの略、のはず

 豪快に扉を開けた人物は、

「徹っ!!!」

 恋だった。

 俺はどう接していいかわからなくて、彼女に振り返ることができなかった。

 だが、恋はそんなことはお構い無しに、俺の座ってるベンチに駆け寄ってくると、俺の怪我の具合をくまなく確認した。

「怪我は!?おかしなところは!?」

「いや、大丈夫だ」

 あまりの剣幕にさっきまで考えていたことが霞む。

 俺の返事に恋は、また目から涙を零しながら俺の膝に顔を埋めた。

「よかった。起きたら徹がいないから、どこかに消えて行っちゃったような気がして」

 恐ろしい勘の良さだ。

「なぁ、恋。そのことなんだが」

「嫌だ」

「まだ何も言ってないぞ」

「嫌だ。どうせ『別れてくれ』とか言うんだろ」

 やはり恐ろしい勘の良さだ。

「ダメか」

「嫌だ」

「どうしても嫌なのか」

「嫌だ」

「お前を守れなかった男だぞ」

「守ってもらったから、アタシは今無事なんだろ」

「本当は戦えるのに戦わなかった男だぞ」

「結局戦っただろ。あんな血まで流して」

「俺は、人殺しだぞ」

「聞いた。けど、どうでもいいよそんなの」

「どうでもって、それがお前に向かないとは限らないんだぞ」

「いいよ。徹になら殺されていい」

「滅多なことは言うもんじゃないぞ」

「徹が最初に言ったんだぞ」

「いや、そうだが」

「それにアタシを殺すのが嫌なら、殺さなければいいだけの話だろ」

「そう、だが…」

 そこで会話は一旦途切れる。

 風が強く吹く屋上で、俺は空を見上げ、恋は俺の膝に顔をまだ埋めている。

「俺は、どう生きたらいい」

「好きに生きなよ」

「無理だ。俺は自分で用意した、自分の免罪符すら破く男だ」

「生きてる人、大体みんな免罪符なんか持ってすらいないから」

「でも、」

「うるさいっ!!!」

 恋は顔を上げる。その顔は怒りで満ちていたが、相変わらず大粒の涙が切れ長の瞳から滑り落ちていた。

「アンタ、アタシと別れたら死ぬんだろ!?アタシもアンタと別れたら死んでやる!アンタのわがままで別れたら、アンタのせいでアタシが死ぬことになるんだ!それが嫌だったら!!!」

 恋の顔がくしゃりと歪む。

「アンタも、アタシと生きてよ。一緒に生きて、一緒に幸せになってよ」

 その顔は、美しかった。

 くしゃりと歪みながら、涙で腫れ上がった目をして、頬にはたくさんの涙の筋ができている。

 その顔は、俺を想ってくれている。

 俺の過去を知ってもなお、俺を愛してくれいる。

 俺を、死なせないでいてくれる。

 俺に、生きろと言ってくれている。

「俺は、生きていていいのか」

「違うよ。生きなきゃいけないんだよ」

 そこでようやく、彼女は笑った。

「アタシが死ぬか、徹が寿命で死ぬか、その時まではね」

「そうか。それは、お互い頑張らないとな」

 これから先、俺達は必死に生きることになるだろう。

 俺の死が恋の死に。恋の死が俺の死になってしまわないように、これからも厚顔無恥にでも生きていかなくてはいけないんだ。

 必死に、ただ必死に。

 そうでなければ、最愛の人を殺めてしまうことになってしまうのだから。

 今日から、俺にとっての正しく生きることは変わった。

 正しく生きるとは、世に恥じない生き方をすることじゃない。

 正しく生きるとは、最善を尽くして、この世に生き続けることなんだ。

 恋を守るために全力を尽くそう。

 これからはそれが、俺の生きる意味だ。



 その後のことを触れておこう。

 病室に帰ると、警察官が病室を訪れていた。どうやら事件の聴取に来たらしい。

 その警察官曰く、俺は丸一日寝ていたとのこと。

 なんでも今回の事件では、自分が一番重症だったとのことだ。

 後頭部は骨が見えていたし、腹にはナイフで穴が空いていたしで、普通なら失血死ものらしいが、一般的な自分の血液型のおかげで輸血も難なく行われて、一命を取り留めたとのこと。

 医学の進歩は素晴らしい。

 よって男達は皆、俺よりはまともな状態で入院中とのこと。

 中には軽傷で済んだ奴が複数人いて、そいつらが俺の顔を見るなり土下座をしてきた。

 俺はむしろ鼻を変形させてしまったりしたことを詫びた。

 恋がじっとりとした目線をくれていたが、後で甘やかしてちゃんと機嫌を取ったら許してくれた。

 そう言えば、俺の次に重症だったのはヤンキー男2だったらしい。

 当時は視界が真っ赤でよく見えていなかったが、男達が俺に向かってきた後、拘束の緩んだ恋がヤンキー男2に猛反撃して、歯を数本と、金的の一つをおさらばさせられて、俺に後頭部を強打させられたとのことだ。

 まぁ、そいつに関しては謝るつもりは無い。

 むしろ命が助かって良かったなぐらいに思っている。

 俺の彼女の体を弄んだ罪は重い。

 ちなみに恋の怪我はそんなに大したものではないとのことだ。

 手を押さえつけられた時に暴れた際に、肩を少し外してしまった程度だという。

 肩を外して成人男性を一人制圧できる女性は、たぶん片手で数えるぐらいしかいないんじゃないだろうか。

 冗談めかしで『自衛力があるのはいいことだ』とのたまったことがあるが、それに本当に感謝する日が来るとは思っていなかった。

 そんなこんなで被害届は出さずに示談で済ますつもりだ。

 これは恋にも了承を取っている。まぁ、代わりに条件を突き付けられたが、俺にとっては役得でしかない条件だ。

 だがそれを行うにも、まずは外傷の回復が先だ。

 それが終わってから、また恋とゆっくり甘々な生活をしていこうと思う。

 ちなみに今回の事件で後悔したことが三つある。

 一つが恋を守りきれず、怪我を負わせてしまったことだが、それは恋に陳謝したことで解決した。

なんなら恋は「守られるほどヤワじゃない」なんて言ってきたが、それはそれ、これはこれだ。彼氏としての矜恃を次こそは守らせて欲しい。

 一つが宣誓に反したこと、つまり暴力を行ったことだが、これは考え方を改めて生きることで解決したということに。

無論、反省は必要だが暴力も使い方次第だと認識を改める。あくまで専守防衛。自分と恋とその関係者を守ることにおいてのみ行使する。その域を出ないように自分を深く律することを、新たな宣誓にしようと思う。

 もう一つが一番大事で、こんな状態で恋の御両親との初対面を迎えてしまったことだ。

 当然といえば当然なのだが、事件に関することで話し合いがしたいと、入院中のある日に御両親が来院されたのだ。

 当時、全く予想だにしてなかった俺は、御両親の来院というまさかの事態に、反射的に体を起こして腹の傷が開いたりもしたが、それは置いておこう。

 そんなドタバタの一幕も落ち着いて、恋の御両親は深々と頭を下げて謝罪された。

「娘の喧嘩の後始末をつけてくれて、そして娘を守ってくれてありがとう」と、灰色のスーツに身を包んだ、いぶし銀な高身長イケおじにそんなことを言われたら、誰だって恐縮しながら惚れるだろう。

 確かに恋はお義父さん似だった。

 俺をよく映す恋の切れ長の目は、この人から来たんだなって勝手にしみじみ感じていた。

 一方のお義母さんは、本当に妹さんに似ていた。

 まんまるな目が愛らしく、全体的にゆるふわな雰囲気は、妹さんに継承された女の子らしさのオリジナルを見た。

 というか椿家の顔面偏差値が有名国立大学級に高すぎて、流石に嫉妬した。

 うちの芋みたいな母さんと、岩みたいな親父に少しでもその美貌を分けていてくれたら、その結晶の俺はもっとまともな顔だったろうに、と。

 富とは偏るものなんだと改めて思い知らされる。

 と、俺の嫉妬はさておき、御両親に改めて恋と恋人として、お付き合いさせていただいてることを告げる。

 こんな物騒な状態ですることではないような気もしたが初対面だ。こんな状態ならもう、やれるとこまでやってしまえ、と謎のやる気を発揮してロクに動かせない体で、恋との関係継続をお願いした。

 意外にも、御両親はすんなりと了承してくれた。むしろ感謝までされるほどだった。

「恋はここ最近、人が変わったように学校に嬉々として行くようになったし、嬉しそうにあなたのことや、デート中のことを話してくれるようになって、数年ぶりに明るい恋が戻ってきた」とお義母さんは話してくれた。

 恋。お前、余計なこと言ってないよな。

 お義父さんは少しだけ複雑な顔をしていたらしいが、今回の事件でいよいよ腹を決めたらしい。

 娘を持つ父親は大変そうだ、なんて頭の片隅でぼんやり考えていた。

 そんなこんなで初対面が終わり、御両親を見送った後、俺は疲れた体を投げ出した。

「あー、疲れた」

「お疲れ様」

 恋は水の入ったペットボトルを俺に差し出してくれる。

「ありがとう」

 俺はぐっとペットボトルの水を飲む。

 生き返る。緊張で喉が乾いて仕方なかったんだ。

「挨拶にした時のアタシの気持ち、わかってくれた?」

「ああ。義家族の相手はきっついな」

 別に邪険にされたわけではないが、それでもやはり気は使う。

「まぁ、それでもお互い歓迎されてるだけマシだね」

「そうだな。親父も会いたいってずっと言ってるしな」

 うちの親父はまだ恋に会っていない。

 同じ日に来院したことがある親父と恋の二人だが、絶妙なニアミスになってしまい会わずじまいだ。

 ふと、窓の外を見る。

 夕暮れに染まった街並みが、窓の外を埋めている。

 普段通りの街並みなのに、この数日はまるで違う街にでもなったかのように、色々なことが立て続けに起きた。

「徹」

 名前を呼ばれて顔だけ振り向くと、恋が口付けてくる。

「一応ここ、病室だから」

「わかってる」

 だからこれだけ。と言うともう一度俺に口付けて、そっと俺から離れる。

「アタシ、生きててよかったと思ってる」

「ああ。俺もそう思うよ」

 俺達は笑い合う。

 お互いが生きている限り、その幸せは続く。

 俺がいて、恋がいる。

 それだけで、もう十分だ。

 俺達は、幸せだ。

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