第22話 遭遇
あれからしっかり話をして、カフェ側で対応をしてもらうことで一旦落ち着いた。
それでも解決しないのなら、その時は持てる力の全てを使って解決に導くつもりだとのこと。
実際、事件になってしまってからでは遅い。
妹さんの心に傷ができてしまった後では、その痕は一生消えないのだから、何としても未然に解決したい恋の気持ちは理解できる。
「さて、どこに行こうか」
「どこでもいいよ」
そう言いながら恋は俺の腕を取る。
なんだかんだ言いながら、恋は先日の妹さんとの接触を気にしている。
その独占欲の表れに、こうして俺と零距離で接し、周りに「私のもんだ」と知らしめようとしている気がする。
いけない。顔がにやける。
にやけそうな顔を止めるために頬を
その時にふと思った。
邪な考えだ。だが俺の中で湧いた邪念は、それを止められなかった。
だが、独占欲丸出しの彼女を治めるためにもこれは必要な事だ。
「恋、河川敷に行ってもいいか」
「構わないけど、何もないぞ」
「知ってる」
河川敷には大きな橋がある。
その下は昼間は密かなデートスポットになっていたりする。
そう、俺は今、無性に恋を愛でたい。
無論、家に行くのが良策なのは分かっているが、如何せん今日は日が悪い。
母さんも親父も揃って家にいるため、恋に妙な気を使わせる結果が容易に想像できるし、部屋に引きこもっても、母さんが何かと邪魔してくる予感がしてならない。
もしかしたら、そういうのはまだ早いと思ってるのかもしれないが、もう俺達も子供じゃない。
自分達がやったことは、自分達で責任を取らなくてはいけないことぐらいは理解している。
だが親とは往々にしてお節介なものである。
なので、親も、他人の邪魔も入りにくい場所へ俺は向かうことにした。
まだ午後も過ぎたばかりだ。
街には人が溢れかえっているが、橋に向かう道中に、段々と人の数が減っていく。
恋もなんとなく雰囲気で理解したのか、最初は他愛も無く話していたが、段々と口数が少なくなっていた。
そうして河川敷の大きな橋の下。
川べりには、少し幅に余裕のあるアスファルトの歩道があり、模様が掘られたコンクリートの斜面が橋の裏側から、アスファルトに伸びている。
アスファルトの斜面には所々落書きがされているが、現状、人はいない。
流石の穴場だ。時間も時間で、おそらく普通のカップルはまだ街中で遊んでいるのだろう。
河川敷に伸びるアスファルトの歩道を歩く人は確認できないし、周囲にとにかく人はいない。
「恋、こっち」
「あ、ああ」
橋の真下。コンクリートの斜面に二人で腰掛ける。
隣に座る恋が少し緊張しているように、膝を抱いて座る。
今日の恋は久々にカジュアルなパーカーを羽織ったヤンキースタイルだ。
だが今日は休日。いつものチェックスカートにローファーではなく、今日はデニムのホットパンツにスタイリッシュな薄い桜色のスニーカーを履いて、惜しみなく健康的な脚を晒している。
上は見慣れたカジュアルなパーカーの下に、白のトレーナーを着ている。
左耳にはいつもの小さな銀色の十字架。もっとも、十字架がぶら下がるその耳は紅みが差している。
「恋。実は気にしてるだろ」
「え、え?」
突然、俺に声をかけられて恋は狼狽える。
「俺が妹さんに抱きつかれたこと」
「え、いや、あの」
何かを言おうとして恋は相変わらず狼狽えるが、結局は膝を抱いて流れる川を見つめる。
「そりゃ、気にするだろ」
恋はぽつりぽつりと話し始める。
「だって
まるで自分と対照的だと、言わんばかりに妹さんの話を続けていく。
「別にそれがコンプレックスってわけじゃない。同性のアタシが見ても可愛い妹ってそれだけの話なんだ。だけど、」
恋はちらりと俺の顔を見る。
「そんな子に話しかけられた男が、ましてや接触した男がどんな風になるかもよく知ってるんだ」
少し悲しげな目に俺が映る。
「徹はアタシに言葉を尽くしてくれる。可愛いって言ってくれる。綺麗だって言ってくれる。好きだって言ってくれる。それでも、」
ぎゅっと、強く膝を抱く。
「徹が取られそうで、怖い」
聞き取りづらいほどに小さな声が、確かに耳に届く。
「あんなに素敵な女の子と喋る徹が、他の男みたいに堕ちない確証はないだろ。アタシだったら真奈の方を好きになる」
俺を捉える不安な瞳が揺れる。
「アタシが女として真奈に勝てる要素なんて何一つ無いんだ。それは分かってるのに、」
次第にそれは溢れる。
「勝手に嫉妬して、言葉をくれる徹を勝手に疑って、今まさに徹を困らせてる」
そう言うと、俺を見ていた瞳を背けて、膝に顔を埋めてしまう。
「徹。本当にアタシでいいのか。本当にアタシから離れたら壊れちゃうのか」
今までの俺の言葉を確認するかのように、恋は問う。
「もう手遅れだけど、もう一度聞かせて欲しい」
再度顔を上げる。
「こんなアタシが、好きか」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、恋は俺の本心が聞きたいと、そう言った。
だから俺は、恋にキスをした。
最初は小さく何度も雨のように繰り返し、恋の瞳が蕩けて来たのを確認したら、今度は深く、互いの舌を絡め合わせる。
長い、長いキスをする。
胸が苦しいのは、息が続かないからなのか、それともこんなにも脆い女性が好きすぎるからなのか、よく分からない。
次第に恋に覆い被さるように体勢が変わっていたが、それでもキスを止めない。
「と、とおる、んっ」
息をするために一瞬離した唇から、甘く蕩けた声で恋が俺の名前を呼ぶ。
直後にまたキスでその唇を塞ぐ。
無理な話だ。こんな綺麗で、可愛くて、真っ直ぐで、強くて、脆くて、嫉妬深くて、大人びて、独占欲が強くて、キス魔で、素敵な彼女を手放すなんて。
断言出来る。恋より全てを上回る女が現れても、俺は絶対に彼女を手放さない。
もし絶対に彼女を手放さなければいけない事態になったら、その元凶をぶっ壊してやる。
俺はもしかしたら彼女と会うために、こうして生きてきたのかもしれないし、彼女も俺と会うために、こんな人生を歩んできたのかもしれない。
そんな妄想をしてしまうほどに、俺は恋に没頭していた。
もうどっちの唾液かも分からないほど互いの口腔に、唾液を交換していた。
きっと酷い顔をしている。
仕方ないだろ。
こんなに俺を乱す女の子を前に、正気でいられる方がおかしいんだから。
「恋、俺、」
「徹っ!!!」
それは俺の蕩けきった頭を一瞬で現実に引き戻すほどの大声だった。
と、同時に後頭部にとんでもない衝撃が走る。
またかよ。
最初に得た感想はそれだった。
恋の顔を一瞬で確認する。
凄い驚いてる。
小学生並の感想を得ながら、何が起きたか肩越しに後ろを確認する。
そこには見たことがあるような顔がいくつか並んでいた。
その顔の中でも一番近くにある顔が、俺の頭を殴ったであろう警棒らしきものを握りしめていた。
「はぁい。久しぶりだな、クソ野郎」
あの、ヤンキー男1だ。
ヤンキー男1はそれだけ言うと、再度警棒らしきものを俺の頭に振り下ろした。
「死ねよ」
止める間も無くそれは俺の頭を殴り付けてきた。
「死ね死ね死ね死ね死ね!!!」
おかしな話だが、殴る側の方が半狂乱だったと思う。
ヤンキー男1は何度も何度もそれを俺の頭に振り下ろす。
たぶんだけど普通の人間なら死んでるんじゃないんだろうか、という程の打撃を受ける。
だけど、俺はここをどけない。
避けてもいいが、避けたら俺の下にいる恋に万が一当たるかもしれない。
それは正しくない。
俺は、動けない。
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