第21話 威圧

 その週の休日。俺と恋は街に来ていた。

 目的は特に無いが、強いていえば『二人で過ごす』これに限る。

 そんなわけで適当にぶらつきながら、目に止まった喫茶店で軽食を取る。

 そこで俺は先日の妹さんにまつわる話を恋に伝えた。

「というわけなんだ」

「よし、殺そう」

 秒で、かの男子高校生を殺害をする選択をする愛しい彼女。

 死人に口なしってな。

 もはや口どころか命が無くなってるけど。

「気持ちは分かるが落ち着こう」

「いや、冷静だよ。冷静に、殺す」

「冷静じゃないからそう言ってるんだ」

 恋は本当に妹さんにはつくづく甘い。

 それだけ大事に思ってるし、今まで恋を大事にしてきてくれた家族なんだろうなとは思うが。

「あの子は昔からそうなんだ。可愛い上に人懐っこいし、頭が良いから人を寄せ付けるし、人を傷付けないんだよ」

 アタシとは真逆だ。と自嘲しながら妹さんを褒める恋だが、それは悲壮感を感じさせない。

 むしろ、妹自慢をできることに誇らしく思ってる節すらある。

 確かに愛嬌はあると思う。

 だけど、俺の記憶に残る子かと言われれば、赤の他人であったなら無理な話だろう。

「俺は迫害に耐えながら、迫害してきた奴らに復讐しなかった子の方が好きだが」

「と、突然やめてくれ」

 本当のことだ。恋を見ることすらしなかった上に、余計な噂までばらまいた連中を誅さなかったのは、恋が本当に優しい人間だからだと思う。

 そう考えたら学校のほぼ全ての人間が嫌いになりそうだ。

「と、とにかくそいつには釘を刺しておかなきゃな」

 リアル釘は刺さないでくれよ?

「あ、そう言えば」

 あの日、相手に誤解を与える形で決着をつけたことを思い出した。

 が、やっぱり伏せておこう。

「そう言えば?」

「あ、いや。なんでもない」

「言って」

 切れ長の目が細まる。

 うーん、我が彼女の察知能力こわい。

「いや、一応、その、釘はこっちで刺しといたというか」

「歯切れが悪い言い方をするね」

「いや、本当に一応、なんだ」

「話して」

 さて、どう言おう。

 妹さんのあの発言を聞く限り、おそらく俺を彼氏かそれに準ずる何かにしているはずだ。

 それを伝えれば、恋は妹さんを詰問する可能性がある。

 それを避けたとして、腕を妹さんに組まれた話をしたところで、恋のオーラが黒く染ることは必然だろう。

 うーん、後は嘘を吐くしかないが。

 まぁ、困るのは俺だけで済みそうだし、事実を織り交ぜながら伝えてみるか。

「その時、俺が咄嗟に『俺と付き合ってるから諦めてくれ』って言ったんだよ。もちろん、その場限りの嘘だぞ」

 事実は、俺が男子高校生から妹さんの恋人扱いをされたであろうこと。

 嘘は、俺が自らその矢面に立ったこと。

 懸念は、これが恋にとって腑に落ちるかどうかだ。

「徹」

「な、なんだ」

「嘘だろ」

 バレた。余裕でバレた。

「嘘じゃない、ぞ」

「実は真奈から聞いてるんだよ、本当の話」

 ひ、卑怯だ。知ってるならそう言ってくれればよかったのに。

「へ、へぇ。そうだったのか」

「で、なんで嘘なんて吐いたんだ?」

 笑顔だ。とても良い笑顔だ。

 なのに、吹き出てるように見えるオーラが真っ黒なのはどうしたことだ。

 やはり人間、極力嘘を吐かないで生きる人生が正しいのか。

 人のために吐いた嘘は、正しさを担保してくれないのか。

「そ、その、ありのまま話したら妹さんが恋に詰問されると思ってな」

「まぁ、それはそうだね」

 なんならもう実行済みだ、と淡々と語る恋。

 俺の犠牲はいったい。

「けど緊急だったこともあるからそんなには詰めてないよ」

 コーヒーを一すすりして、恋はカップをそっと置く。

「今回は不可抗力だろ。だからありのまま言ってくれればよかったのに、それでも徹がアタシに嘘を吐いてでも、あの子を庇う理由があったのか、って気になってね」

 切れ長の目が俺を捉える。

 蛇に睨まれた蛙の気持ちが今ならよく分かる。

「で、どうなんだ」

「言ったまんまだ。妹さんが責められないように嘘を混ぜたんだ」

「そこじゃないよ」

 恋は少し目を伏せて仕切り直す。

「なんで家族でもない徹が、あの子が責められないように庇う必要があったのか、ってことだよ」

 なるほど。つまり、庇う理由次第では物申す、なんなら制裁も辞さないということか。

 その理由が妹さんに少しでも気があったら、というのを想像しているのだろう。

 相変わらず恋は嫉妬深い。

「本当に他意は無いんだ。妹さんが詰められるのも、恋が妹さんを詰めるのも、どちらも幸せにならないだろ」

 最近思うことがある。

 俺は、恋に嫉妬されるのに異常な快感を得ているのでは、と。

 無論、無闇に嫉妬されるようなことを言うつもりは無いし、そんなことで恋の気を惹くなんてのは以ての外だ。

 だが、この偶発的な嫉妬に関して、俺は待ち望んでいる可能性すらあると思っている。

「俺は恋の家族にも幸せになってもらいたいと思っている。だからこそ、不幸な行き違いを起こさせたくないと思っての行動だったんだ」

 恋の眉は寄ったままだ。

 少し遠回しな言い方になってしまったか。

「つまり、妹さんに気があるわけじゃないし、恋に嫉妬させるためにわざと嘘を吐いたわけじゃないってことだ」

 おそらく恋が気にしているであろうことを否定しておく。

 妹さんに纏わることに関しては前回の備品室でのことがあるから、そこも含めて否定しておくとして、恋を試している行動では無いことも一緒に否定しておく。

 恋は少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。

「ごめん。疑いすぎだね」

 申し訳なさそうな表情の恋。最後はしっかり謝るあたり、本当に筋を通す律儀な性格をしている。

 そういう所も好きだ。

「構わない。嫉妬されるのは嫌じゃないし、ちゃんと話せば分かってくれるだろ」

 行き違いには伝え方の問題が大きいと俺は考えている。

 相手が理解できるように、相手が思っていることを主軸に正しく返答することが、行き違いの解消になると俺は思っている。

 そのためには相手がどう考えているのかを理解する必要があるが、それは相手が全てを伝えてくれていることが前提でできることだし、足りない部分はこちらが相手の考えを読んで補足しなければならない。

 俺が朴念仁たる所以は、そういうことを基本的に他人にしないからだ。

 俺は深い関係になるのは最低限の人数でいいと思っている。

 家族、親友。これぐらいでちょうどいい。

 他の友人や親族までにそこまで入れ込むのは、逆に自分が疲れてしまう。

 人を理解するというのは、それだけ複雑で繊細なことだし、それに見合うだけの応酬はたぶん他人はしてくれない。

 逆にそれをする必要がある人間には、全力を尽して反応する。

 俺には恋が必要だ。

 恋を不安にさせたり、苛立たせたりするのは主義に反する。

 俺は恋が好きだ。

 好きな人間には幸せでいて欲しい。

 それが、俺が立てる主義の一つだ。

「嫉妬されるのは嫌じゃない、か」

 恋は小さく笑う。

「そんなこと言われたらアタシ、もっと嫉妬しちゃうかもね」

「むしろ足りないぐらいだ」

 そもそも喧嘩した時に言っただろ。

「俺の方が愛が重いからな。嫉妬でも愛されてる証拠が欲しいんだ」

 嫉妬しやすい恋。

 嫉妬して欲しい俺。

 そう考えると理想的なカップルだな。

「それで話を戻すけど、例の男はどうする」

「殺そう」

 彼はもうどう足掻いても日の出は見れないみたいだ。

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