第20話 真奈
「はぁ〜、緊張した」
「そうなのか。すごく堂々としてたように思うけど」
「そう見えてたのならいいんだけどな」
真っ暗な空の下を俺は恋を家まで送るために、二人でゆっくりと歩いていた。
「大丈夫かな、お義母さんに変に思われてないといいんだけど」
「あのベタ惚れっぷりを見てもまだそういうのかお前は」
どれだけ褒められたら信じてくれるんだ。同時にどれだけ俺がこき下ろされたと思ってるんだ。
「許して、もらえたんだよな」
そっと、恋が指を絡めてくる。
「アタシ、徹の恋人になっていいんだよな」
「ああ。親公認だ」
「あは。やった」
満面の笑みを浮かべて肩を合わせてくる。
人気の少ない住宅街を二人で、ゆっくり、確かに歩いていく。
「今度は、俺が頑張らないとな」
あの強い恋が発奮しても、ここまで疲労する事態を、俺も乗り越えなくてはいけない。
恋が認められることなど、何の心配もいらないことだったが、俺は凡人だ。
普通の人間が特別な人間の恋人になろうというのだから、一筋縄ではいかないだろう。
ミスは、許されない。
「大丈夫だよ」
そんな俺の緊張を読み取ったのだろう。
恋はなんでもないことの様に、そう呟いた。
「絶対大丈夫。どうなったってアタシは徹から離れない」
つまり恋の両親から許しがなくても、ということだろうか。
それは、ちょっと違う気もするが、恋は俺が失敗してもそばに居てくれるらしい。
「そうか。それじゃ心配無いな」
俺は隣を一緒に歩く可愛い彼女の頭を撫でた。
嬉しそうに黒の瞳を細める彼女は、握っていた手に少しだけ力を込めた。
「絶対に離れない。絶対に」
俺の家にいる間は凛々しかった彼女は、今はひたすらに可愛い彼女になっている。
二人の時だけに見せてくれるこの可愛さが、俺にはどうしても手放せない。
認めてくれるだろうか、ではなく、認めてもらうのだ。
それまで何度でも恋の両親、妹さんを含めた家族全員に会おう。
俺は願わくば、こんな素敵な彼女を育ててくれた家族と、袂を分かつようなことをしたくない。
「恋」
「うん?」
「今度、ご両親に挨拶させて欲しい」
性急かもしれない。だとしても、早い方がいいだろう。
彼女と付き合ってるという事実は、もう確定してしまっているのだから。
「あ、ああ。父さんと母さんに話しておくよ」
恋は軽く了承してくれた。
おそらく俺と付き合っていることを、御家族は知っているのだろう。
妹さんには見られているしな。
「日付、決まったら教えるよ」
「ああ」
なんだかもう今から、少し緊張してきたが大丈夫だろうか。
いや、大丈夫だ。恋だって大丈夫だと言ってくれただろう。
彼女の言うことは絶対だ。
「なんか、もうずっと一緒にいるみたい」
最近は色々と目まぐるしかった。
そのせいか、恋とはもう何年も付き合いがあるかのような感覚になるが、まだ互いを認知してから一ヶ月も経っていない。
それでもいいんだ。
「これからも頼む」
「うん。アタシもよろしく」
俺達は俺達として、歩幅を合わせてやっていくだけなのだから。
それから恋を家に送って、去り際に案の定キスをせがまれて応じると、恋は家の中へ消えていった。
時刻はもう21時を回っている。流石に年頃の娘をこんな時間まで連れ回しては、何かと文句を言われるかもしれないな。
そんな悪態をつきながら、俺は家へと踵を返す。
冬も終わりが近付いて、少し暖かい日が訪れるようになってきた。
そのせいかも分からないが、街も少し賑やかになってきているような気がする。
少し前方に男と女が連れ立って歩いてくる。
そうそう、こんな感じのカップルとかも多くなる時期だよな。
別れと出会いの季節がもうすぐ訪れる。その予兆みたいなものだ。
だが、少し様子がおかしい。
男は笑顔で女に話しかけているが、女は特に反応を返しているように見えない。
俺と彼らの距離が縮まる。
さっきまでは遠くてどんな容貌だか、理解ができなかったが今では十分にその姿を認められる。
男は高校生ぐらいだろうか。少し垢抜けた好青年に見えるが、問題は女の方だった。
彼女は、
「妹、さん?」
椿
なるほど、彼女はもう彼氏がいたのか。
だから、あの時にどう仲裁すればいいのか分かっていたということなのか。
カップルの先輩。大変な方を恋人の親族に持ってしまったな。
なんて、そんな穏当なものではない。
明らかに彼女は男子高校生を嫌がっている。
恋よりも小さな背丈だが、姉に劣らず愛らしいその風貌は、隣にいる男子高校生の様に好意を寄せたがるのに、十分な理解を示せる。
だが、無理矢理はいけない。
少なくとも、幸せにしたい女性を困らせてはいけないだろう。
「真奈さん?」
見かねた俺は、すれ違い際に彼女に声をかけた。
彼女は俯きがちだった顔をあげて、俺の顔を認めると驚いたような顔をする。
「ねえ……徹さん!」
すると弾かれたように俺の隣に来ると、俺の腕を取る。
まさにその姿は、恋人のようだ。
「この人がバイトの時に話してた人なの!だからごめんなさい!」
そう告げられた先、つまり男子高校生を見る。
呆気に取られた顔をしている。俺も気持ちは同じだ。
だがさっきまでの様子を見る限り、こいつに非があるように思う。
ここは話を合わせよう。
「ごめんな真奈さん。迎えに行けなくて」
「う、ううん。大丈夫。だからほら、行こう」
妹さんは俺の腕を引っ張って、ここからの脱出を強く促す。
とりあえず促された通り、その場から離れようと歩を進める。
後ろで男子高校生が小さく舌打ちした様な気がしたが、その気配は次第に遠のいていった。
隣を歩く少女を見る。
姉と同じく漆黒の長髪はまっすぐに下ろされながら艶やかな輝きを反射し、まん丸な目は姉とは対照的に可愛らしく、小さな口は小動物的な愛らしさを持っている。白い肌は姉の同じく輝きを放ち、全体的な服装は模範的な女子高生で構成されているように見受けられる。
「さっきのは」
俺は後ろの気配が完全にいなくなったのを確認すると、震えながら腕を組んでいる妹さんに話しかける。
「あ、ありがとうございました。さっきの人、バイトの仲間なんですけど、『家まで送る』って言ってずっとついてきて」
安心したような声で、そう言うと妹さんは小さく溜息を吐いた。
なるほど。そういうことか。
「厄介な奴だな」
「本当に。早く辞めて欲しいです」
可愛い顔をして中々苛烈な物言いをする子だな。
まぁ、聞き分けが無い奴は本当に面倒だもんな。
「それで、腕なんだけど」
俺は何となく指摘する。組まれた腕は、わずかに幸せな感触を感じているが、それは恋だけで十分だ。
「あ、そ、そうですよね!」
またも弾かれたように離れると、顔を真っ赤にして少し先を歩く。
「姉さんの彼氏さんですもんね。こんなことしたのバレたら怒られちゃいます」
えへへ。といたずらに笑うが、たぶん怒られるのは俺だと思う。
恋は妹さんに甘い気がする。その分の怒りはどこに向かうか考えたら、まぁ、俺が順当だろう。次点であの男子高校生か。
「大丈夫なのか。これからもあいつと顔を合わせるんだろ」
あまり首を突っ込むのもどうかと思ったが、このまま放置という訳にもいかないだろう。
困るのは赤の他人じゃなくて、大事な彼女の親族だ。
「う、うーん。どうしましょうね」
解決策は特に無いらしい。
今回のこれがあの男子高校生にダメージとして残って、もう必要以上に絡むのを止めてくれれば一番なんだが。
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