ヤンデレは、ヤンキーデレデレの略、のはず
第14話 日常
恋とちゃんとした恋人同士になった日から数日。俺達の朝は変わった。
普段より少し早く起きて、身支度を整えて、待ち合わせした時間に遅れないように家を出る。
たかだか学校に行くだけなのに、数日前とは全く違う朝。
「おはよう、徹」
待ち合わせ場所に着くと、笑顔の彼女が俺を待ってくれていた。
待ち合わせの10分前。あまりに早い到着に思わず不安になる。
「おはよう恋。いつからここに?」
「そんな前じゃないよ」
具体的な時間は言わない。
この言い方はたぶん30分は待ってるな。
彼女をよく見る。
黒いポニーテールは赤い組紐で纏められて、白い肌は光を反射して輝き、少し筋肉の浮いた健康的な足がすらりと伸びている。
だが、鼻の頭が赤い。
「相当待っただろ」
赤いマフラーを鼻まで引き上げる。その時、手が銀色の小さな十字架のピアスに触ってちゃり、と音が鳴った。
「いや、まぁ、ちょっと早かったかなとは思うけど」
「まったく」
何のために時間を決めているのか。ただでさえ恋は噂によって、色んな奴から目を付けられているんだ。
俺は溜息を吐きながらも、彼女の愛しさに口角が上がってしまう。
どうせ遅刻がどうとかではなく、単純に待ちきれなかったんだろう。
彼女、椿 恋は堪え性が無い。言ってしまえば気が短い。
だが、今回はその理由が俺に
冬の冷たさで冷えきった人工皮革の手袋を外すと、恋の手を取る。
何故か素手だった彼女の手は、冷たく冷えきっていた。
「ん」
恋は嬉しそうに切れ長の目をさらに細めると、ぴったりと肩を寄せてくる。
あの日から、彼女はとてつもなく甘えてくるようになった気がする。
喧嘩の女王。悪徳商売の女帝。売りの魔女。
色んな噂が飛び交う中、俺は隣の彼女がただの女の子にしか見えない。
俺よりも低い背の、俺よりも細い体の、俺よりも甘えたがりの、そんな女の子だ。
実際、周囲もここ一週間で変わってきた気がする。
恋のクラスでは相変わらずらしいが、俺の元へ殺到してくる同級生は恋のことを、綺麗だけど初心な女子、程度に見ている気がする。
つまるところ、一部では噂は噂に過ぎないという空気感に変わりつつある。
だが、一つだけクラスの皆に言えないことがある。
それは、
「なぁ、徹」
「どうした?」
「キスしたい」
キス魔になってしまった彼女のことだ。
「おはよう、徹」
「おはよう、理人」
予鈴五分前。教室に着いた時にはクラスの多くが到着していて、なかなかに賑わっていた。
結局キスをせがまれたあの後、まだ人通りもまばらな通学路だったこともあって、唇が触れる程度ではあるがキスを交わして満足してもらった。
あの日、最後に言っていた『もう我慢しないから』という言葉は、こういうところにも出ているのかもしれない。
「なんだ。随分だらしない顔をしてるな」
「俺の彼女が可愛すぎる件」
「幸せそうで何よりだ」
相変わらずの無表情を貫く親友、理人は今日も今日とて本を読みながら俺との会話をこなしていく。
「どうだ、最近は」
おそらく恋の噂のことを聞いているのだろう。
「まぁ、随分落ち着いたように思う」
当初は全校生徒が敵だったように思うが、今は半々より少ない程度の敵意を感じるまでに減った気がする。
俺と付き合うことによる成果、というよりは恋が周囲に可愛さを振りまいた結果だと思う。
それが意図的ではないところも高評価ポイントだ。
素で彼女は可愛いんだ。
「まただらしない顔になってるな」
ロクに俺の顔も見ないでトゲのある言葉を突き刺してくる親友。
「悪い。幸せがすぎてな」
恋を意識したことがきっかけで始まった一連の出来事だが、予想以上に自分にも大きな利益ができてしまった。
よもやあんなに可愛い彼女ができるとは。
「顔」
「すまん」
恋との生活を思い浮かべるだけで口が変に笑ってしまうので、別のことを考えることにする。
「そういや俺はこのまま生活するだけでいいのか」
ふと気になったことを理人に尋ねる。
元々、恋との交際は彼女の立場を回復させる作戦の一端だった。
その発案者は理人で、恋との交際はあくまで『止血剤』と評していた。
つまり本命の作戦があるのではないか、と気になって尋ねた。
理人は本から一瞬目を離したが、すぐにまた目で文字を追っていく。
「『止血剤』が想像よりも遥かに効果が出ているからな。しばらくはこのままでいい」
ちゃんと近場デートしろよ。と付け足して理人は本を読みながら、体を黒板側に向ける。
本命の作戦が学校の近場デートなのか、それにも特に言及しなかったが、気の置けない親友がそう言うんだ。
このままでいいかと自分を納得させながら、小さな
昼休み。曇り空は次第に小さな雨を降らせ始め、屋上を使うには少ししんどい様相を呈し始めた。
「うーん、ちょっと雨強いね」
霧雨のような粒の小さい雨だが、それでも冬の雨だ。服が濡れたら流石に寒いだろう。
「仕方ない。場所を探そう」
屋根もロクに無い屋上は諦めて、別の場所で昼食を取ることにする。
だが、ここ最近は教室か屋上かの二択だったし、定番の食堂は今の時間は人でごった返している。
他にどこか座れる様な場所があるだろうか。
「アタシ、いいところ知ってるよ」
思案中、恋がにやりと笑いながら俺の顔を覗き込む。
「ほう、ちなみにそこは?」
「着いてきて」
そう言うと先を歩いていく恋。
昼休みに人があまり来ない、飯を食うに困らない場所。
そんな場所、真っ先に見つけられそうなものだが、恋は校舎の中をスタスタと歩いていく。
保健室?体育用具室?どこかの準備室?どこもありそうだが、意外と先客がいそうな気がする。
めぼしい場所が思い浮かばないまま、恋はとある部屋の戸を開けた。
『備品室』
扉の上部にあるプレートにはそう書かれていた。
中には中央にテーブルが一つと、それを使う用にパイプ椅子が二脚置いてあり、周囲のラックにはコピー用紙などの事務用品や、授業で使う出番の少なそうな模型などが置いてある。
少し埃っぽいのはそれほど人が入らないし、授業でよく使う物は各準備室に置かれているからだろう。
何よりこの場所は、職員室がすぐ近くにある。
他の生徒が思い付いても、使うには少し躊躇われる場所ではある。
「なるほどなぁ」
よく考えられている場所に、思わず感嘆の声が漏れ出る。
それを聞いて恋があは。と笑うとテーブルにいつもの昼飯を置いて、パイプ椅子の一脚に座る。
「ほら、徹も座んなよ」
促されて、俺も反対側に座る。
今日の昼飯は事前に買っていた握り飯とお茶だ。
二人で昼飯を食べ進めながら他愛もない話をする。
「そう言えば妹さん、何か言ってなかったか」
会話の流れであの日、シックなカフェで喧嘩の仲裁をしてくれた妹さんのことを思い出す。
いきなり喧嘩を見せつけてしまい、姉を傷付ける人間なんだ、と猜疑心を持たれてないといいのだが。
「
「そうなのか。いきなり喧嘩なんて見せたから、小言とか言われてるもんだと思ってた」
一応、店を出る時に労いの言葉はもらったが、家族にしか話さない本心もあるだろうと。
「気にしてなかったと思うけど。アタシがこんなだし」
自嘲気味に笑う恋。
恋の家族は、彼女が喧嘩が強いことを知っているということだろうか。
「それより、」
恋の目が鋭くなる。
な、なんだ。今度はなんの地雷を踏んだんだ。
「妹のこと、気になる?」
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