第13話 幕間③

 アタシがピリついてるのを感知したのか、徹が『大丈夫か?』と声をかけてくれる。

 流石にあの店員が彼女の妹だと知ったら、徹だって気が気じゃないだろう。

 なんでもない、と無理を通してさっさと注文を済ます。

 途中、ケーキやコーヒーを運んでくる真奈は困った顔をしながらも、アタシの顔を見ては嬉しそうな顔をしながら仕事に戻っていく。

 アタシがここ最近見せたことない表情をしているのが嬉しんだろう。

 それが伝わるから、帰ったら小言一つで済ませてあげることにした。

 実際、コーヒーやパインケーキは美味しく、頬を綻ばせていたら、徹に微笑ましい顔で観察されていた。あ、あんまり見ないで欲しい。

 だが、ここで雲行きが怪しくなる。

 会計をしようと伝票を取ろうとすると、徹が先にそれを取ろうとする。

 まさか徹、全部払うつもりじゃ。

 そう察してしまったアタシは、徹より先に伝票をひったくる。

 案の定、どっちが払うかで喧嘩が始まってしまい、頑として払おうとする徹にイラついて、心にもないことを言ってしまった。

 その時、いつの間にか居た真奈が『自分が払う』という提案で仲裁してくれたが、流石に妹に払わせるのは、という共通認識でアタシと徹で割り勘することになった。

 徹にお金を渡し、先に外で待っている間に、アタシは愕然としていた。

 やってしまった。あんなこと言うつもり無かったし、あの時払ってもらって、また別の形で返せばよかっただけの話だったのを、あんな喧嘩腰に噛み付くのは明らかに良くなかった。

 きっとこれからも、こんな小さな喧嘩は積み上がっていく。

 そして、我慢の限界が来た徹は、アタシを捨てる選択を取る。

 それはそうだろう。逆の立場ならアタシはアタシが煩わしくて仕方ない。

 捨てられる?徹に?

 そう考えたらあまりに恐ろしくなって、支払いを終えて店から出てきた徹を待たずに、足が勝手に歩き出す。

 どこに向かっているかもわからない足は、ふらふらと歩を進めていく。

 後ろで徹が制止を呼びかけている。

 色々話してくれているが、そのどれも納得がいかなかった。

 アタシが悪いのに、アタシのせいだと一言も言わない徹に、アタシは納得がいかなかった。

 もっと責めて欲しい。アタシが悪いんだから当然の報いを与えて欲しい。

 そうして、アタシの罪を帳消しにして、許して、抱きしめて欲しい。

 でも徹はどこまでも優しいから、アタシのせいだとは終ぞ言わなかった。

 アタシは、こんな優しい男を傷付けて生きていくのか。

 そう思ったらアタシはアタシがいよいよ許せなくなった。

 アタシなんて、独りでいい。

 誰かといたいなんて願っちゃいけなかったんだ。

 アタシは徹に全ての胸の内をさらけ出して、別れて欲しい、と声を絞り出して伝えた。

 嫌だ、って思う心が強く反発するけど、アタシはアタシを罰さなくちゃいけない。

 それが優しい彼を、幸せにしてあげられる、アタシに取れる唯一の手段なのだから。

 だけどそう伝えた直後、徹はアタシの腕を掴んだ。

『言いたいことはそれで全部か』と。

 だからアタシは頷いた。

『それじゃ今度は俺の番だ』と、勝手にターン制にして徹は言いたいことを言いだした。

『俺はな、呪われた装備なんだ』

 しかも冗談混じりだ。

 なんだか水を差された気がして、ついツッコミを入れてしまったけど、彼は至って本気らしい。

 だけど、ふざけた直後に『お互い、忘れることなんてできないんだから』と、いつもの優しい眠そうな目で言う。

 それこそが恋という『呪い』であると。

 そうだ。アタシは絶対に徹を忘れられない。

 であるなら、徹が呪いの装備であるなら、アタシもまた呪いに侵された一人なんだろう。

 お互いがお互いの恋という呪いをかけあって、外せなくなっていて、一緒に居続けるしかないんだ。

 妙に腑に落ちていると、徹はさらに衝撃的なことを言う。

『俺は、今の時点でお前と別れたらぶっ壊れるんだよ』

 つまり、アタシが身を引いたつもりで別れていたら、徹は死んでいたのかもしれない。

 重い。この男、重い。

 だから、最後の確認を取って、改めてお互いが呪われていることを確認して、想いを伝えあって、キスをした。

 アタシのファーストキスを、互いの呪いを互いの口に流し込んだ。

 もう、アタシも徹も正常じゃない。けどそれでいい。

 だって呪われているんだから。

 それこそが今最大限に感じる幸せなんだ。

 アタシは壊れてしまった。

 あの孤独の生活でもそう感じなかったのに、徹という男に絆されて、どうにかなってしまったんだ。

 だけど、壊れてしまった以上は、直すしかない。

 アタシはもうあの場所に独りじゃない。

 呪いあっている、愛し合っている男がいる。

 そう考えたら身軽だった。

 まるで厚い雲が裂けて、光が差してきたかのような爽やかな気持ちがする。

 ただ一つ、この呪いが解けてさえしまわなければ、アタシはずっとしあわせなんだ。

 それからアタシと徹は、手を繋いでアタシの家まで来た。

 その時にふと、連絡先を交換していなかったことを思い出した。

 きっと心のどこかで、いつかは徹と別れるんだって諦めていたんだと思う。

 連絡先を交換しても無駄なんだと。

 でも今、徹と連絡先を交換しようと思い至ったのだから、もう大丈夫だ。

 ふと、彼の唇に目線が行く。

 ダメだ。もう欲してる。

 だから、頬にキスすることと『我慢しない』と宣言することで徹に覚悟を決めてもらう。

 壊れたアタシを直してもらうんだ。

 壊れた徹を直してあげるんだ。

 お互いを支え合って生きていくんだ。



 アタシが家の中に入ると、リビングから真奈が顔を出す。

「ね、姉さん、おかえり…」

 少し脅えた表情をしている。それはそうだろう。

 おそらく今日カフェで遭遇したのは偶然じゃない。

 真奈は働いている姿を、アタシに見せたかったんだと思う。

 だから昨日のうちにカフェの情報をアタシに教えて、あそこに寄る口実を作らせたんだと思う。

 あくまで来てくれたらいいな、ぐらいの可愛い罠だったんだろうけど、まんまと嵌ってしまったあたり、恐ろしい手腕ではある。

 まるで怒られてる犬みたいにしょげている妹に、私は小さく頭を振った。

「怒ってないよ。むしろ、」

 靴を脱いでリビングへ向かう。

「よくやってくれたよ、真奈」

 彼との最後のピースを埋めてくれた。最愛の妹だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る