第12話 幕間②
翌日。一方的にされた約束とは言え、アイツが屋上で寂しそうにしてるのも可哀想だったから、億劫な気持ちで学校に向かう。
相変わらずクソみたいな空気感で、来たことを後悔したけど、昼休みが近付くにつれて楽しみな気持ちが膨れ上がっていた。
昼休みになって屋上に向かうと、なんかブツブツ言いながら座ってるから一声かけて横に座った。
曰く、告白のセリフを考えていると。
この朴念仁っぽい奴がまさか恋をしてるとは。
でも、コイツは自分を犠牲にしてでも他人を助けられる良い奴だ。
コイツに純粋に好かれてる人間に、少しだけ嫉妬しながら相手の名前を聞く。
勿論、他人を遠ざけてるアタシが知ってるはずなんてないんだけど。
『椿さん』
知ってる名前がそいつの口から飛び出した。
つ、椿?アタシの名前?それとも違う椿?
どうしていいか分からなくなって、とりあえずアタシの可能性を消すつもりで、よく考えもせず言葉を出す。
出た、の方がニュアンスは正しいかもだけど、そんなことどうでも良くて、とにかく頭が混乱してた。
その時、隣の奴がアタシの名前を呼んだ。
アタシは顔を上げて隣を見た。
相変わらず眠そうなパッとしない顔。後ろに流したちょっと明るい茶色のショートヘアが、屋上の風でさわさわと揺れて、アタシより少し高い目線がアタシの顔を捉えてた。
『俺は灘 徹。今、目の前にいる椿さんが好きな、平凡な男だ』
まっすぐアタシを見据えた黒い瞳に、アタシはすっかり呑まれてた。
なんて答えよう。少し考えて、ふと気付いた。
アタシ、嫌だと思ってない。
自己犠牲を厭わず、噂を鵜呑みにしないで、事実を受け止めてくれる。
今のアタシに、これ以上に愛せる男なんていないんじゃないか。
そう思ったら、目の前の男、灘 徹があまりにも素敵な男に見えてしまった。
返事をしようと、乾いて張り付く喉を動かそうとした瞬間、屋上の扉が突然開いて、アタシは気が動転してしまった。
恥ずかしさと驚きが、屋上から逃走して一度態勢を立て直せ、と急き立ててくるものだから、アタシはそれに素直に従ってしまった。
後で滅茶苦茶に後悔したけど、まだその日は終わってなかった。
不義理は早いうちに解消したい。
アタシは校門で灘を待った。
好奇の目がアタシに容赦なく刺さるけど、そんなことより灘に謝りたかった。
しばらく目の前を過ぎ去る人の波を眺めてると、変に鞄で顔を隠す男子生徒がいたから、名前を呼んで肩を掴んだ。
灘だった。
灘に謝りたい旨を伝えると、『場所を移そう』と言われて、しばらく後ろをついて行った。
うちの近くの河川敷まで来た時には、人もまばらだったし、そこなら遠くからでも人の姿が分かるから、ここで話をしようと灘に提案すると、『そうか』って言いながらこっちを振り向いた。
久々に緊張しながらも、まずは逃げ出したことを謝って、昼の返事をしたいと伝えると、『俺と、付き合ってくれるか』と灘はストレートに聞いてくる。
夕日に照らされた顔がさっき以上にカッコよく見えて、私は浮かされたような気持ちになって、私がどれだけの不良債権かを伝えながら、灘、もとい徹に近付いて胸を開いた。
嫌になったなら抱きしめないでくれるだろう。
そう思ってたから、返事は抱きしめてくれるかどうかだと思った。
『好きだ。恋さん』
けど、徹は両方で答えてくれた。
抱きしめて、好きだと言ってくれた。
嬉しかった。嬉しすぎた。頭がどうにかなりそうなくらい嬉しくて、徹を抱きしめ返す。
こうして晴れて徹の彼女になったその日、家まで徹に送ってもらって家に入ると、妹の真奈に『姉さん宛だよ』と言われて一枚の封筒を手渡される。
送り主の欄には『徹の友より』とだけ書いてあって、とりあえず開封して中身を確認すると、そこには徹の家の住所が書かれた紙と、簡易的な手書きの地図が入っていた。
妙な違和感を感じながら、徹の家がそう離れていないことを知ると、アタシは翌日の学校を一緒に登校する作戦を思い付いた。
翌日。アタシはいつものパーカーを着ずに、冬らしい茶色のダッフルコートを羽織って、赤色のマフラー巻いて家を出た。
出る時に真奈から『姉さん、今日はお赤飯でいい?』と聞かれた時には色々と焦ったけど、徹の家のインターフォンを押す時の方が緊張した。
朝早かったし、会ったこと無いお義母さんだし、そもそも徹とも会って数日だったから。
でも、徹のお義母さんはアタシの姿を確認して、用件をアタシから優しく聞いてくれると、『少し待っててね』と言って再度家の中へ戻って行った。
直後、階段を物凄い勢いで上る音の後で、謎の金属音が響いたと思った数分後、パンを齧りながら慌てて出てくる徹。額のたんこぶはどうしたんだろう。
そんなこんなで徹と初めて一緒の登校で、色んな話をしたけど、アタシをホントに気遣ってくれてることがわかった。
でも、気遣いすぎてアタシのしたいことに必要な早起きすらもしないでいいって言われた時には、流石にイラついてしまった。
そんな無理でも無いし、早く起きた分だけ徹といられるんだ。
それとも徹は一緒にいたくないのか、と聞いたら、返事が『抱きしめていい?』だった時には、過剰に恥ずかしがってしまった。
朝からハグなんて、そんなのしたら一日口元が緩んじゃうだろ。
そんな会話をしてたらすぐに学校の正門をくぐっていて、楽しい時間ってすぐ終わっちゃうな、って思ってたら突然、徹が手を握ってきた。
あまりに急で吃驚して出た変な声と共に、校舎へと駆け込んでしまった。
ホントに徹は心臓に悪いことばかりする。困った彼氏だ。
その日の放課後、徹がアタシのクラスに来て『放課後、街に寄ってかないか』って言うから、アタシは二つ返事で了承した。
これって、デート、だよな?
友達同士では使われない特別な意味合いを持った、彼氏と彼女による逢瀬だよな?
そう思ったらいても立ってもいられなくなって、徹を急かして街へ繰り出した。
街はいつも通り活気づいていて、色んな人が往来を歩いている。
立ち並ぶ店を眺めながら、ふと妹の真奈が言っていたパインケーキの美味しい店が、少し先にあることを思い出した。
そこに行こうと提案するため、徹に声をかけたが、徹は複雑な顔をしながら意識を飛ばしていた。
何度か声をかけると、ようやく意識を取り戻して謝ってきた。
『すまん。恋さんに告白してきたであろう奴を想像してて聞いてなかった』
一体何の話をしているんだ。アタシに告白?そんな命知らずは徹が最初だよ。
パインケーキの話を改めてして、カロリーを心配してきた徹だけど、こういう時のためのカロリーコントロールをしているんだ。
問題ない旨を伝えて、真奈に事前に聞いていたシックなお店に入る。
ここが例の、
『二名様でよろしい、です、か』
なんでだ。真奈が、働いている。
まさか、徹の顔を見るために潜伏を?
猜疑心が生まれて思わず敵意を飛ばしてしまう。
だが、店員に徹している真奈は申し訳なさそうな顔をしながら、入口にほど近い席に通してくる。
帰ったら説教だ。
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