第11話 幕間①
アタシはどうしようもないヤンキーだ。
昔の貧弱なガキだった頃の反動で、誰にも何も言わせないために力で解決することを選んだ。
そのザマが今のアタシにつながった。
小学生の終わり頃から、気に入らない奴は女も男も大人も構わずぶっ飛ばすようになって、中学に上がった頃には色んな噂が飛び交うようになった。
その頃はひたすらに強い、ってだけで、舐められることも無かったけど、男子の身体が出来上がってきて、心も思春期特有の危うさをはらんできたせいか、アタシみたいなヤンキーに絡んで来るような奴が増えた。
それでもアタシは負け知らずだった。
元々、人を殴る才能はあったみたいで、二人か三人ぐらいなら殴りかかって来た順にぶっ飛ばせば間に合った。
もっと大勢に追われることもあったけど、そんな時は、細い路地で少人数戦になるように立ち回るか、逃げ切って後日、追い回してきた奴ら全員を闇討ちしてぶっ飛ばした。
そうして、アタシにボコられた連中は、次第にアタシに直接喧嘩を売ることをやめて、イメージをひたすら最悪なものに変える方法に切り替えてきた。
これがどうしてなかなか効果的で、気付いた時にはアタシが暴力で街を取り仕切って、怪しげな商売をしている、なんて話にまで膨れ上がってしまった。
家族にもそれで迷惑をかけたけど、両親も妹も『逆に威を借れるわ』とか言って、余計なこと言ってくる奴らを、アタシの名前で封殺したみたい。逞しい限りだよ。
アタシは噂の否定をすることはしなかった。
それが嘘だろうとなかろうと、アタシが舐められることは無くなったから。
それが原因でダチなんて呼べるやつは一人もできなかったけど、それでもガキの頃より遥かに過ごしやすかった。
そう思っていたのに、アタシは受験を機に勉強を始めた。
何か変わりたかったのか、頭の悪い連中じゃなければアタシをちゃんと見てくれるのかと思ったのか、アタシでもよくわからない動機で参考書を読み漁って、ちゃんと勉強ができる奴らの集まるところへ行くことができた。
よく考えたら、アタシのことを全く知らない奴しかいない、遠くの地域にでも進学すれば良かったって、合格してから気付いたけど、浪人するのは時間の無駄だと思ったし、当初の思惑通りの可能性もまだあったから、頑張ったことだしとりあえず通うことに決めた。
結果は凄惨なものだったけど。
頭が良かろうと悪かろうと、人が良くないものを恐れるのは変わらなかった。
人から聞いた噂をそのまま全て信じ込んで、アタシに近付くことすらしなかった。
アタシは絶望した。アタシを理解しようとする人間は本当に家族以外にはいないんだと思った。
性別とか頭の良さとか人種とか噂を知ってるかどうかとか関係なく、とにかく他人である以上、アタシを理解してくれる奴はいないんだって思った。
同時に、それは自業自得だって思った。
人を傷付けてきた報いが、アタシに孤独を与えてきたんだって。
アタシはアタシを襲ってきた奴らしか殴ってこなかったつもりだけど、もしかしたら、中にはアタシを救おうとしてくれた奴がいたかも知れない。
そんな可能性に、アタシは蓋をして気付かないフリをして、入学した最初の秋頃から段々と学校に行かなくなった。
街に出て、気に入らないことをしてる奴をぶっ飛ばして、街の顔になったような気になりながら、日々を無駄にして過ごしてた。
そんな無駄な日々の中に、突然救世主が現れた。
冬も深まって、夜はしんどい寒さになってきた日の夕方、路地で喧嘩してる奴らを見かけた。
どうやら二対一で一方的にフクロにしてるみたいで、地面に転がってる奴が、何もできなかった昔の自分に重なって、気分が悪かった。
普段は仲裁なんて買って出ないのに、その光景はアタシを突き動かすのに十分な醜悪さを醸してた。
仲裁に入ったら、二人組の方が変に興奮して来たもんだから、一人に顔面一発、もう一人に腹蹴りと顔面に一発ずつぶち込んで転がしといた。
その後に、アスファルトで這ってる奴に目線を向けると、朦朧とした目でアタシのことを見つめてきた。
鼻から尋常じゃないほど血を流してるもんだから、街で配られてたタダのティッシュを寄越してやった。
ついでに話を聞いてみれば『女の子を救った』ってさ。それでやられてちゃ世話ないよ。
呆れたけど、それでも人助けをしようとした精神だけは、認めてやりたくなった。
この時には、コイツがアタシの救世主になるなんて思ってなかったけど。
翌日。出席日数を稼ぐために学校に行って、クソみたいな空気の教室から出られる昼休みに、アタシはいつもの屋上に行った。
そこで昨日のアイツがパンを貪り食ってるのを見た。
他に誰もいないし、とりあえずそいつの隣に座って話をすることにした。
アタシに座って欲しくないだろうけど、昨日の借りでも返してもらうつもりで、強引に隣を陣取った。
話をして行くうちに、コイツはアタシの噂を昨日まで全く知らないことを知った。
嘘だろ。アタシは悪名高い有名人だって自覚があったから、かなり意外で、なんなら少しパニックになってた。
『噂なんてどうでもいい』みたいなこと言ってたけど、信じられなくて、自分から突き放すような言葉を吐いてしまった。
もしかしたら、ダチになれたかもしれないのに。
けどそいつは『あんたに助けられたことしか知らん』って切り返してきて、アタシの中に久しぶりに他人を感じることができた気がした。
それからクラスに戻るのは億劫だったから、昼休みが終わるまで、読み進めてた小説を読みに図書室に行った。
読書中、静かな図書室に突然紙を丸めるような音が響いたから、吃驚して音の方を見たら、さっきのアイツが思いっきり紙を握り潰してた。
何より驚いたのが、あのぼんやりした顔をしたアイツがものすごく辛そうな顔をしてたことだった。
アタシは気になって、そいつに何があったのか聞いた。
『友達に頼まれて入荷予定表を貼りに来た』って言うもんだから、胸を撫で下ろした。
そんなに雑用が嫌だったなら断れば良かったのに。
アタシはその雑用を手伝って、昼休みが終わろうとしてたことに気付いたから、そいつに別れを告げてクラスに戻ろうとした。
そしたらそいつはアタシを呼び止めて、『明日も学校にいるし、放課後も暇だから、学校に来て欲しい』とか言い出した。
会って二日でここまで気にかけられるとは。よっぽどあの日助けたことに恩義を感じてるんだろうな、って思いながら、アタシはクラスに戻った。
胸に少しだけ、温かい気持ちがあったことは、後々振り返って気付いたことなんだけど。
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