第7話 変化

 通学路を恋さんと並んで歩きながら、ふと思い浮かんだ疑問を口にする。

「そう言えばなぜ迎えに」

 というか、どうやって俺の家を特定したのか。

 恋さんに家の場所を教えた記憶は無いが。

「え、いや、だってカップルってこういうことするんだろう?」

 なんだろう。本当にこの人は初対面に、男二人を地面に沈めた女傑なのか、疑わしくなってきた。

「それはそうかもだが、無理してやらなくてもいいんだぞ。朝だって早く起きることになってしまっているんだろうし」

 恋さんの朝の時間を、俺に割いてくれることには素直に感謝しているが、それが無茶になるのなら、して欲しくは無いと思う。

 朝の時間の大事さは強く感じている。

 そんな俺の心配をよそに、恋さんは少し面白くなさそうな顔をする。

 そんな顔も可愛い。

 逐一、彼女の可愛さに脳を痺れさせていると、恋さんは不満顔のまま俺の顔を覗き込む。

「徹はアタシと少しでも長くいたくないのか?」

 なるほど。つまり俺と少しでも長くいたいから、自分の家から少し離れた俺の家まできて、俺と一緒に通学したいということか。

「恋さん、抱きしめていいか?」

 やばい。可愛さの連打で脳がもう理性を失いかけてる。

 グロッキー状態の理性で恋さんに、抱擁の許可を取る。

「ふぁっ!?あ、朝からはやめろ!」

 抱擁の許可は残念ながら下りなかった。

 そうか、肉体的な接触はお望みではなかったのか。

 若干、気落ちするがまぁ、そりゃこういう恋人ムーヴを見られたくなくて、昨日も告白の返事をしないで逃走したぐらいだし、割と学校の近くまで来てしまっている以上、そりゃ嫌だって言うよな。

「朝から抱きしめられたら、一日口が緩んじゃうだろ…」

 衛生兵。急いでAEDかアドレナリン注射器を持ってきてくれ。ここに心停止寸前の恋の雑兵がいるんだ。手遅れになるまでに頼むぞ。

 そんな可愛さの暴力をしてくる恋さんに、メンタルを(良い意味で)ボコボコにされながら、学校の正門をくぐる。

 その時にふと気付く。

 なんだか周りの反応が妙な事に。

 こちらを見てはひそひそと話をしている生徒達が目につく。

 何かおかしなことがあっただろうか。

 それとも「ついに椿にも舎弟が」とでも思われているのだろうか。

 うーん、そう思われて無くはなさそうなのが少し悲しい。

 この学園での一般的な目線で見れば、恋さんは悪で、恐怖の対象なのだから。

 俺は、ふと恋さんの手を握った。

「み"っ!?」

 周囲がざわっと騒いだ瞬間、恋さんは真っ赤な顔をして手を振り解いて、校舎へと駆け込んでしまった。

 うーん、こんな時まで可愛いとは。予想以上に俺は恋さんにハマってしまっているみたいだ。



「よう。見たぞ、さっきの」

 クラスに着くと、いつものイケメンが俺を迎える。

「可愛いだろ、恋さん」

「そこは『付き合ったんだ』じゃないのか、徹」

 椿よりお前の方が変わったな。と付け足して、理人は俺に座るよう促す。

「周囲の反応は上々だぞ。みんな困惑してる」

 曰く、恋さんを悪女だと断定していた層は、手を繋がれただけで顔を真っ赤にして大逃げをかますほど、初心な恋さんの姿を見て、噂への信憑性を疑い始めたらしい。

 つまり、恋さんのファインプレーということか。

「流石だな、あの人は」

「何にしたり顔をしてるんだか知らないが、これは早い内に皆の椿を見る目も変わりそうだな」

 どうやら期待値以上の成果が現れているらしく、理人は満足気に呟いて小さく頷いた。

「徹はその調子でいけ。出来ればうちの生徒の生活圏で見せつけるようなデートをするんだ」

「見せつけるようななんて、流石に俺も恥ずかしいぞ」

「どの口が言うんだ。どうせ徹は椿の事しか見てないんだから、他人の目があろうとなかろうと関係ないだろ」

 吐き捨てるようにそう言われると、話は終わりだとでも言いたげに、理人はクロスワードパズルを解き始めた。

 俺が恋さんのこと以外見てないだって?おかしなことを言う。恋さんが目を離させてくれないだけで、俺が恋さんを自分の意思で凝視してると思われるのは、甚だ心外だ。



 休み時間。俺の周囲はすごい数の生徒に囲まれている。

 男子も女子も物凄く群れてくる。少し怖い。

「なぁなぁ、どうして椿と付き合ったんだ?」

「むしろどうやって付き合ったんだよ」

「椿さんって男遊……男慣れしてるって話だったけど、本当のところはどうなの?」

「DVとかされてないか?た、例えば、尻を叩かれるとか…!」

 一人、趣味の世界から這い出てきてしまった魔物がいるが、他の生徒達の質問は概ね予想通りだった。

 全てを語ってもいいが、それだと10分しかない休み時間だと全く足りない。

 なので、無難に答えて適当に散らせることにした。

「付き合ったのは前から好きだったからだ。付き合えたのは普通に告白したからだし、今朝の恋さんを見た奴が、あれで男慣れしてるって思える奴がいたら、そっちの方がおかしいだろ」

 余計なことは言わないようにしながら簡潔に、それでいて恋さんの噂を火消しするようにさりげなくフォローも挟んでいく。

 そんな返答を繰り返していた時、

「っ!?」

 急に肌が粟立った。

 さながら、猛禽類にめつけられた小動物の気分にさせられるほどの威圧感が、脳からの警鐘を発動させる。

 視線を感じた場所、教室の後ろの扉を見る。

 そこには、恨めしそうな顔をしながらこちらを睨む恋さんがいた。

 視線が合うと、恋さんはハッとした顔をしてどこかへ姿を消していった。

 何か用でもあったのだろうか。

 だが、それなら直接言ってくれればいいだけの話だ。

 わざわざ話しかけずに、睨んだだけで帰っていく。

 クラス内外に問わず話しかけられてる俺に、羨ましさを感じたのか?

 それとも、俺に話しかけた女子に嫉妬したのか?

 後者だと思えるほど驕るつもりは無いが、そうでは無いとも言い切れない気がする。

 あんな、無様な告白を受け入れてくれたぐらいには、恋さんの俺に対する好感度は悪くないはずだ。

 もし嫉妬なら、これは昼休みに問いたださなければなるまい。

 自ら死に急ぐ選択をしているが、同時に心臓を鍛える訓練をしようと思う。

 昼休みにとんでもない楽しみを一つ抱えたまま、午前中の授業をこなしていく。



「休み時間、何か用でもあったのか?」

 昼休み。屋上で待ち合わせるのが習慣になった俺達は、いつも通り屋上で落ち合う。

そして早速、休み時間の時の来訪を問い詰める。

 恋さんは一瞬体をビクつかされるが、一つ溜息をついて、観念したように話だした。

「ど、どうしてるかな、って気になっただけだよ」

 なぜだろう。確信してしまう。

「それだけ?」

「ほ、ホントだ!特に用は無かったんだ!」

 俺は朴念仁だ。人の心の機微にうとい自信があるのに、恋さんのことだけは異様に察しが良くなっている気がする。

「それだけであんな睨むのか?」

 確信したこと。それはあの時の恋さんが、女子に嫉妬をしていたことだ。

 それをどうしても恋さんの口から聞きたくて、つい意地の悪い質問をしてしまっている。

 心臓トレーニング、開始だ。

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