第5話 結末
「それで、お前はここで何してるんだ」
場所は俺の教室。時間はまだ昼休み。
そして、俺の頭上から話しかけてくるのは、昔からの友人である藤 理人。
自己紹介がまだだったな。俺は灘 徹。
今さっき、今さっき、
「フられた…」
意中の女性に告白の返事すら貰えなかった男だ。
「フられた?徹が?」
にわかには信じられなかったようで、再度、確認を取ってくる鬼畜友人。
「ああ…返事すら貰えなかったよ…」
正直、俺はメンタルにはある程度の自信がある。
自分には正しさを行うと決めた日から、起こす行動には必ず正しさがあると思ってる以上、人に恥じることが無いために、否定されても傷付く必要が無いと感じている。
だが、今回はちょっと訳が違う。
彼女、椿 恋さんを救うという正しさを行う以上は引け目など無い、はずだった。
だが、俺は自分が椿さんに恋をしてしまっていることに気付いてしまった。
それは、彼女を救うという正しさに便乗して、自分の恋を叶えようという浅はかで愚かな行為をしたのでは、と。
それは、正しさでは担保し切れない行動ではないのか、と。
「ふむ、徹。詳しく状況を聞いてもいいか?」
「こ、この鬼畜…!」
「徹の失恋を楽しみたい気持ちは確かにあるが、俺にはどうしても解せないんだよ」
感情をあまり出さない理人が、今回は少し優しい声で所見を述べる。
「正直、ストレートに思いを伝えても99%は成功すると思っていた」
「それじゃ1%を引いたんだろうよ」
コイツ、本当に俺の失恋を楽しむつもりなのか。
「そうヤケになるな。恋愛クソザコナメクジ万年童貞の徹には分からないかもしれないが」
俺の童貞を一生に定義しないでもらいたい。
「人間にはな、『好き避け』なる奇行があるんだ」
「好き避け?」
好きなのに好きだと伝えたくないという事か。なんだそれ。叶うものも叶わなくするなんて、損しかしてないじゃないか。
「人に好意を表するというのは、意外と恥だと思うところがあるんだと思う。よく言うだろう『恋は好きになった方の負け』だと」
負けたくないから好きだと言わないのか。益々人間がわからなくなってきたんだが。
「つまり、椿さんは好き避けをしている、と?」
理人は俺の問いに首肯する。
「だがそれも状況次第だ。徹が本当にとんでもない地雷を踏んでいる可能性も否定しきれないからな」
徹は朴念仁だからな。と付け足してくれた友人。
いや、追撃はやめてくれ。
「わかった…色々辛いけど話そう」
そうして俺は詳細を話すことにした。
俺の告白は本当に無様なものだっただろう。
正直あれで「付き合おっか」となるのもおかしな話ではあるのだが、あの時の俺はあれが精一杯できる告白だったのだ。
切れ長の目に吸い込まれそうになりながら、椿さんの顔を見つめる。
椿さんは所在なさげに瞳をあちこちに泳がせて、何か言おうと口をぱくぱくさせては、どうしていいかわからないといった様子で、それを繰り返していた。
「ぁ……っ……と……」
そして
「っ!!?」
それに驚いたのか、椿さんは唐突に扉に向かってダッシュして行く。
「つ、椿さん!?」
凄いスピードで扉を掴むと、屋上に入ろうとしてきた生徒の脇をすり抜けて、階段を駆け下りて行った。
生徒らは何だ何だと椿さんが降りていった階段と、呆然としている俺を交互に見返している。
あれ。俺、告白したよな。
確かに不格好だったけど、椿さん、何か返事くれようとしてなかったか。
そっか。突然扉が開いて驚いたから、どっか行っちゃったのか。
でも、それならせめて「待って欲しい」とかの一言あってもいい様な気がする。
あれ。そうなると。あれか。
何も言わなかったってことは、答える気は無いってことになるのか。
優しい彼女のことだ。きっと色良い返事が出せないから、それなら言わない方が傷付けない、とか思ってくれたのか。
そっか。それなら。仕方ないか。
初恋は叶わない。そんなジンクスにしっかり呑まれて、俺はふらつく足で教室に帰ってきたのだった。
「いや、好き避けだろ」
事の経緯を聞いた理人は、呆れた声でそう言った。顔はやっぱり無表情だ。
「でもあの人のことだから、たぶん言葉で傷付けるぐらいなら、とか考えてそうじゃないか」
「知るか。好き避けだぞそれ」
理人は興味を無くしたかのように、前を向いてしまう。
「理人。俺はどうしたらいいんだ」
救出計画が破綻しそうなのも多少のダメージになっているのだが、椿さんともう会えないかもしれない可能性に気付いた瞬間、胸が以上に痛くなっている。
「しばらく何もしなくていい。勝手に向こうからアクションが来るだろう」
果たして真剣に聞いてくれているのだろうか。やたらと理人の反応が冷たい気がする。
「理人。ちゃんと聞いてくれてるか」
「徹こそ話を聞け。ショックなのは分かるがすぐに状況が変わるぞ」
「状況が変わる…?」
「ああ」
相変わらず背を向けたまま、イケメンの友人は背中越しに答える。
「計画は続投される。ひとまずは結果待ちだ」
凄く意味深な言葉でそれだけ告げた理人は、分厚いハードカバーの本と睨み合いを始めた。
それから一日の授業をこなし夕刻。
部活のある生徒は部活へ、無い生徒は各々の帰路を辿る。
俺は特に何の部活もしていないし、校内に残る用事も無いので、帰宅の生徒の群れに混じることにした。
そこで異変に気付く。
少し生徒達のはけが悪い。
いつもなら雪崩るように生徒が帰っていくのに、今日は少し詰まっているように思う。
椿さんだ。
バツの悪そうな顔をしながら正門に寄りかかり、目の前を通り過ぎていく生徒達の顔を確認しているように思う。
ど、どうする。流石にフられた直後で気安く声をかける度胸は無いぞ。
俺も生徒群に混じって、顔を鞄で隠しながら正門を通り過ぎようとした。
直後、肩を掴まれる。
「な、灘っ」
一瞬、生徒がざわつく。はたから見たら、椿さんに焼入れをされる直前に見えたのだろう。
ちらりと鞄の陰から椿さんの顔を確認する。
怒ってたらどうしようか。
だが、そんな考えは杞憂に終わる。
椿さんの顔はいつもの涼し気な顔ではなく、屋上で告白された直後の時みたいな、余裕の無さを浮かばせていた。
「さ、さっきは悪かった。話、させてくれないか」
再度、バツの悪そうな顔をしながら俺の肩を掴んで離さない椿さん。
やっぱり、俺は彼女のことが好きなのだろう。
さっきまで妙に視界が暗かったはずなのに、椿さんとまた話せると思っただけで、一気に視界が開けた。
「場所、移そうか」
なんか返事が少し不穏な感じになってしまったが、椿さんはこくりと頷いて、俺の後をついて来る。
相変わらず周囲はざわついていたが、最早どうでもよかった。また椿さんと話せる。
ハチャメチャに浮かれていたが、あくまで足取りは普通に。
たぶんあの話の続きだ。最悪の展開になって最後まで言い切られてもいいぐらい、椿さんのハスキーな声をとにかく聞きたかった。
なるべく二人になれるような場所を思い浮かべるが、全く思い浮かばず適当に歩く。
こんな時にデートとか、そういうことに対する知識が無いことを呪う。
あまりにぶらついていたからだろうか。
河川敷にまで着いた時に、椿さんの足が止まる。
「こ、この辺まで来ればもう
いつぞやに聞いた緊張した声とは、違う緊張のベクトルを持った声が俺の足を静止させる。
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