第4話 告白

「と、いうわけで学校を正そうと思う」

「強く出たな、徹」

 翌日。教室に着くとそこには、理人が昨日とはまた違う文庫本を広げて座っていた。

 理人に昨日の図書室での一連について話し、その決意を伝える。

「だから力を貸してくれ、理人」

 その上で友人に協力を仰ぐ。

 理人は少し思案顔になると、文庫本を閉じて俺を見る。

「学校を変えるなんて一日じゃできんぞ」

 口から出たのは当然ながらも、大事なことだった。

 それはつまり、どれだけの努力が必要か分からないということだ。

「できるだけ早く頼む」

「また無茶振りを」

 理人は相変わらず無表情だが、声には少し高揚感がある。

「中学の時から出回ってる噂だぞ。あまりに時間が経ちすぎてるからな、お前には骨を折ってもらうことになるぞ」

「骨でも肉でも持っていけ。何かを変えるのに犠牲なんて当たり前だ」

 なるべく早めに椿さんに、学校を好きになってもらいたい。

 そのために自分の骨を折るなんて大したことじゃない。

 俺の決意を改めて受けて、理人は口角を上げる。

「よし分かった。なら徹。お前が最初にやることは」

 あの無表情がデフォルトの理人が、顔に笑みを浮かべて言う。

「椿と付き合え」



 場所は屋上。俺は昨日と同じように、パンを貪りながら椿さんが屋上に来てくれるのを待つ。

 さて、振り返りが必要だ。

 俺の友人兼、策士が人間としてのタガが外れているのは知っていたが、そこに至る道筋が何かしらあることは疑ったことがない。

 というわけで俺が椿さんと付き合うことで、何が起こるのか改めて問いただした。

「俺と付き合うことにメリットがあるか?」

「ある」

 理人は強く頷く。

「いいか徹。お前は気付いてないかもしれんが、少なくともクラスでは『良い奴』の認定を受けている」

 何でも、困っている人間全てに手を差し伸べているとのこと。

「人に頼まれたら断らないだろ、徹」

「断る理由が無い場合に限るが」

「普通、人の依頼を断るのに『面倒』って理由で十二分なんだ」

 そして大体人間は面倒くさがり、との事だ。

「そんな聖人も納得のムーヴをかましてきた結果、徹はクラスから、下手したらクラスから波及して学年全体から『良い奴』というプラスの評価をもらっている訳だが」

 そこで一旦切って、俺の顔を伺う理人。

「椿はマイナス評価の塊だ」

 面と向かっては言い辛いことを言ってくれる。

「そこでまず、お前のプラス評価で椿のマイナス評価を緩和する」

 人の評価を実験のように例える理人だったが、異様な自信があるらしく、いつも無表情の顔はしたり顔をしていた。

 まぁ、それはそれでいいんだが、一つ気になる展開がある。

「それって、椿さんのマイナス評価をさらに悪化させることにならないか?」

 椿さんは学年の悪女扱いだ。

 そんな彼女が『良い奴』を誑かした、という評価を下してくるのではないかと。

「安心しろ。これは止血剤のようなもんだ」

「止血剤?」

「椿は今、悪評で人気度が流血状態だ。流血を止める材料、つまり悪評の逆である好評、『良い奴だと周囲に認識させる』ことで、ひとまず人気度の流血状態を止める」

 詰まるところ、俺と椿さんが付き合うことは計画の一段階目、と言うことらしい。

「俺と付き合うことで椿さんが、『良い奴』だと思われる経過がよくわからんのだが」

「椿は暴力的かつ、複数の男と寝ているという噂だ。そこに『一人の男と別れずにずっと付き合っている』という事実を添加しよう。すると噂に妙な食い違いが生まれる」

 ずっと一人の男と付き合い続けられるということは、誰とでも寝ているという事実が無いか、それを許容した上で付き合ってるか、バレずに付き合い続けられているということになるが、それは年月を経るほど維持するのが難しい。

 それ故に関係が続けば続くほどに、噂との食い違いが生まれてくるということか。

 そうして『誰とでも寝る女』と『一人の男とずっと付き合い続けられる女』の対立で噂を打ち消す。

 そのための方法に俺と付き合うことが持続的かつ、効果的だということらしい。

 なんだか少し弱い論理な気もするが、それは俺が気後れしているところがあるからだろうか。

 なぜならこの計画は、俺が早々に椿さんと付き合うことが前提にされているからだ。

「うーん、椿さんが付き合ってくれるかどうか」

「何も今日で恋人契約まで漕ぎ着けろとは言わんさ。大事なのは徹、お前が椿のそばに居続けることだ」

「そうか。うん?一緒に居続けることが大事なら俺と椿さんが付き合う必要は別に」

「行けっ、徹!椿が屋上で待ってるぞ!」

 そうして、理人に尻を蹴られる形で屋上に送り出されたわけだが、今のところ椿さんが屋上に来ている様子は無い。

 さて、それはそれとしてどう切り出したものか。

 付き合ってくれ、といきなり言われてもお互いの顔を知ってまだ三日目だ。

 周囲より彼女のことを理解出来ている自負はあるが、それ故にそんな言葉で頷いてくれるほど簡単な関係の構築では無いことは、想像に難くない。

「好きです、付き合ってください…前から好きでした、付き合ってくださいの方が…いや、知り合ったの三日前だぞ…」

 悶々としながらもセリフを必死で考える。

「その、体が素敵だと思います、付き合ってください…最低か?」

「お。ホントにいてくれるとはね」

「ああ椿さん。こんにちは」

「考え事かい?」

「ああ。ちょっと告白のセリフをね」

「へ、へぇ。なんか朴念仁っぽいと思ってたけどアンタも恋するんだね」

「自分でも意外だよ」

「そうかい。んで、相手は?」

「椿さん」

「そうか、椿ねぇ……………………」

 うん?あれ?今、誰に誰の告白の相談したんだ?

 ハッとして顔を隣に向ける。

 漆黒のポニーテールはいつもの赤い組紐で縛られ、左耳にはいつもの銀色の十字架が揺れ、少し筋肉の浮いた健康的な脚は今日も綺麗で、いつもと違うのは光を反射する白い肌が、顔だけ紅みを強く差していることだ。

「ひ、人違いだよな?だ、だってアタシと会ってまだ三日だよ?そりゃ最初からすごい出会い方してるとは思うけど、それでも全然、なんならアンタの名前すら知らないし、アンタのことほとんど何も知らないし、そりゃ人助けするために身を削ることも厭わないとか、そういう良い奴だってことは知ってるけど、お互いの趣味とか好きな食べ物とか誕生日とかも知らないし、それとええとあの」

「椿さん」

 俺はまくし立ててくる椿さんを遮るように声をかけた。

椿さんは紅潮した顔を向けてくれる。

真剣に椿さんの顔を見たが無かったが、改めて見て思うのは、とてつもない美人だということだ。

切れ長の目に在る黒い瞳は彼女の涼し気な空気感を生み出し、ぷっくりとした唇は瑞々しく、通った鼻筋は美しく、身長に対して小さな顔は、顔の全てのパーツを美しく収めている。

噂のせいで彼女を恐ろしい生き物だと思うがあまり、その美貌に対する皆の認知が酷く歪んでいるのだろう。

俺だけだ。本当の椿さんを知っているのは。

そんな優越感のせいか、脳が勝手に言葉を選び出す。考えていたセリフなど、役に立つはずもないと、脳が勝手に判断し、瞬時に出てきたセリフが口から零れ落ちる。

この綺麗な人を、守りたい。

「俺はなだ とおる

 出会ってたったの三日で相手を好きになるような、恋愛経験も皆無の男で、

「今、目の前にいる椿さんのことが好きな平凡な男だ」

 自己紹介と愛の告白を同時にするなんて、今後の人生にも絶対に行われない奇行が、俺の人生で初めての告白で、俺の初恋を掴み取ろうとする行動だった。

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