本編

「さあ、着いたで」


 永倉総司は、大阪城になるべく近い場所に車を停めた。車から、沖田聡子、谷三葉、松原大地、原田沙那子と一緒に車外に出る。永倉達は大学生だ。みんな、伸びをしてリラックスする。総司は、大阪城を見上げた。これから、この城で、自分達はドラマティックな出来事を体験することが出来るのだろうか?総司はウキウキしていた。総司だけではない、他のメンバーも、大阪城の怪異を体験したいと思っている。

 

「なあ、永倉、今度こそ何か起きるんやろね?」

「ああ、最近、大阪城で落ち武者の霊が目撃されたり、女性が神隠しに遭っているらしい。あくまでも、噂やけど。沙那子はその噂を信じてへんの?」

「だって、私達、超常現象研究会やのに、まだ何も怪奇現象を体験したこと無いやんか。そんなことやから、サークルの人数が増えへんねん」

「そうやなぁ、沢山心霊スポットをまわったのになぁ」


 大地が会話に加わった。


「もう、0時やで、早よ行って、早よ、帰ろうや」


 聡子が言った。聡子は総司の恋人だ。


「どないしたんや?いつも時間なんか気にせえへんのに」

「なんか、寒気がする。なんか嫌な感じがするねん」

「実は、俺も嫌な感じがするねん」

「何を言ってるねん、気のせいやで」

「そうや、三葉の言う通りやで、聡子も松原も。それ、気のせいやから。ほな、早よ行こうや」


 上機嫌の三葉と沙那子にリードされる形で、天守閣の前まで歩いたとき、急に大地がうずくまった。


「どうしたんや?大地」

「これを見てくれ!」


 半袖のTシャツから出ている左腕に、カタカナで『ヤメロ』という文字が、ミミズ腫れのように浮き上がっていた。


「おいおい、なんやねんこれ?」

「多分、俺の守護霊さんが“行くな”って言うてるねん。俺の守護霊、強いらしいから。昔、霊能者に“俺の守護霊は強い”って言われたことがあるねん」

「みんな、どう思う?」

「松原が自分でひっかいたんとちゃうの?」

「なんで、そんなことせなアカンねん」

「怖いから、行きたくないんやろ?」

「ちょっと、谷も原田も冷たいなぁ。それより、本当に行くんか?」

「行くに決まってるやんか!」

「って言っても、どうせ入口には鍵がかかってるやろうけど」

「あれ?」

「どうした?三葉、沙那子」

「鍵が開いてた。ほら」


 扉が開かれた。


「なんで?なんで鍵がかかってないの?」


 聡子が不安そうに言う。


「警備員のオッチャンの閉め忘れやろ。もしくは、このお城が私達を歓迎してるとか? でも、何か起こりそうな予感がしてきた」

「そうそう、あんまり深く考えなくてええで。これで中に入れるんやから、良かったやんか。私も期待でドキドキしてきたわ」

「おい、谷、原田! 警備員のオッチャンが鍵をかけ忘れるわけないやろ!なんか怪しいで、ちょっと待てや」

「待たないもーん」

「置いていくでー!」


 三葉と沙那子は大地の言うことを聞かずに中へ入っていった。他の3人は、三葉と沙那子を追いかけた。それぞれ、懐中電灯を点ける。


「って、何も無いやんか」

「天守閣って、昔の書物とか鎧兜を展示してるだけやからなぁ」

「そんなん、おもろないわ。上行こ! 上!」

「あ、ちょっと待ってよ、三葉」


 総司達も、三葉と沙那子を追いかけて上の階へ。その時、聡子が総司の手を握りしめてきた。


「総司、この手を絶対にはなさないでね」

「うん、わかった。離さない」


「ここも、何にも無いで」

「ほんまやなぁ、暗いから雰囲気はあるんやけど」

「松原、ちょっと写真撮ってや」

「わかった、ほな、撮るで」


 大地は携帯で写真を撮った。


「どれどれ?」

「見せて、見せて」

「何? この白くて小さい丸っこいのは?めっちゃ多く写ってるんやけど」

「オーブやと思うで」

「オーブ? 要するに人魂?」

「多分」

「やったー! 初めて怪奇現象を体験できた!」

「どれどれ、僕にも見せてや」


 総司が携帯を覗き込む。そこで、大地が叫んだ。


「おい! 永倉!」

「どうした?何を驚いてるんや?」

「お前、背中を見てみろ!」


 総司は、着ていた白地のTシャツを脱いで背中の部分を確かめた。


「なんやこれ?」


総司のTシャツの背には、泥の手形がついていた。


「誰の仕業や? 大地か? 手を見せてみろ……あれ? 泥なんてついてないなぁ、みんな、手を見せてや」


勿論、誰も手に泥などついていなかった。気持ち悪いが、着がえを持ってきていなかったので、総司はまたそのTシャツを着た。聡子がまた総司の手をギュッと握った。


「とにかく、上へ行こうよ」

「そうそう、最上階まで行ったら、それで終わりやんか」


 元気な三葉と沙那子を追いかけて、他の3人はついていった。そして、その出来事は3階で起こった。展示物の鎧兜が置いてあった。


「あ、一瞬ビックリしたけど、ただの鎧兜やったわ」

「三葉、ちょっと、よく見て」

「何? なんかあるの?」

「今、動いたと思うねん」

「何を言うてんの、そんなん、動くわけ……」


 鎧兜が動いた。腰の刀を抜く。


「キャーッ!」

「みんな、降りるぞ」

「キャーッ!キャーッ!キャーッ!」


 1階まで降りた。みんな、ハアハアと肩で息をして、汗が止まらなかった。


「もう、帰ろうや」

「うん、賛成、帰ろう!」

「待て、聡子がいない!」

「嘘! ほんまや、どこに行ったん?」

「永倉、沖田と手を繋いでたやろ? どういうことやねん?」

「いつの間にか、手を離していたみたいや。僕の責任や」

「永倉、沖田を探しに行くしかないやろ、行くで」

「ついてきてくれるのか? 僕の責任やから、僕1人で行くで」

「俺はついていくで。1人で行くのは危険やろ」

「すまん、大地。助かるわ。ほな、一緒に来てくれ」

「ああ。女性陣は、城の外で待っててもええで」

「私達も一緒に行くに決まってるやんか」

「だって、私達は聡子の友達やもん」

「おおきに。ほな、みんなで行こか」

「意外に、松原って男らしいんやね」

「そんなことはないで」

「いや、私も松原を見直したわ」

「原田、谷、いよいよ鎧兜のいる3階やで。ここはダッシュで上の階へ向かう。走れるな?」

「うん、走る」

「永倉もええか?」

「うん、行こう」

「ほな、1,2の3!」


 4人は動く鎧兜の横をすり抜けて、階段を上がった。辿り着いたのは4階だった。


「もう、大丈夫よね?」

「鎧兜は追って来てないな」

「ちょっと、あれを見て!」


 沙那子が指さす先は壁だった。壁から、鎧兜の一団がニューッと入って来ているのだ。鎧兜の一団は、宙を浮いてこちらに迫って来る。中には、髪を振り乱した女性の姿も混ざっていたようだ。


「キャーッ!」

「キャーッ!」


 4人とも、頭を抱えた状態で身を寄せ合ってしゃがみこんだ。


「おい、見ろや」


 しばらくして、大地が言った。


「見たくない、見たくない、見るなら松原だけ見ればええやんか」

「いや、三葉、もう大丈夫みたいやで」

「え?」

「あれ? あの侍達はどこへ行ったん?」

「俺達をすり抜けて、反対側の壁の向こうへ消えていったで」

「こっちの壁から入って来て、反対の壁に消えただけ?」

「うん、そうみたいや。なんやったんやろ?」

「ただの脅かしか? 大地はどう思う?」

「理由はわからへんけど、大阪城絡みの霊が活発になっているんやと思う」

「もしかして、幻?」

「幻ではないみたいやで」


 大地が壁を懐中電灯で照らす。壁に長い髪の毛が何本もベッタリついていた。


「嘘、めっちゃ気持ち悪い」

「原田、実害が無くて良かったやんか」

「もしかして、松原、ずっとあの亡霊達を見てたんか?」

「うん、見てた。壁の向こうへ消えるまでずっと見てた」

「怖くなかったん?」

「怖いからこそ、見届けようと思ったんや。実害があったら困るから」

「松原って、度胸があるんやなぁ、私は壁の髪の毛を見ただけで気持ち悪いわ」

「気持ち悪いけど、もう大丈夫や、上の階に行こう」


 その時、突然、真っ暗になった。全員の懐中電灯の灯りが消えたのだ。


「何? なんなん?」

「なんでー! なんでみんな一斉に消えるん?」

「怖い、怖い、誰か助けて-!」


 その時、ライトが点いた。懐中電灯ではなく、携帯のライトだった。


「谷、原田、落ち着け。携帯のライトを使えばええねん」

「なんで松原はそんなに落ち着いてるねん?」

「俺だって、怖いわ。せやけど、僕は男やからな。女性を守らなアカンねん」

「松原、スゴイ! めっちゃカッコええで」

「松原、私で良かったら彼女になるで」

「谷、その件については、後で話し合おう。とにかく、今は、上の階に行かなアカンやろ、みんな、携帯のライトはOKやな」

「大地、すまんな。僕のせいで」

「永倉、気にするな、行くぞ!」


 結局、最上階まで上ることになった。そこで、ようやく聡子を見つけた。聡子は、グッタリとして壁にもたれて眠っていた。


「永倉、運べるか?」

「大丈夫や、お姫様抱っこで運べる。聡子は軽いからな」

「ほな、今度こそ逃げるで。俺が先頭に立つから」


 急いで階段を降りる。


「いよいよ問題の3階や。みんな、またダッシュやで」

「わかった」

「ほな、1,2の3!」


 一斉に階段を降りる。だが、今度は階段を降りたところに侍がいた。


「あれから400年……力を蓄えた我等……これからの世は豊臣の時代……」


 大地が侍を前蹴りで遠のけた。


「今や!逃げるで」


脱兎の如く逃げる5人だった。


 1階に着き、そのまま外へ出る。みんな、肩で息をしている。それだけ緊張していたのだ。ようやく緊張が解けた時、大地が言った。


「おい、あれを見てみろ」

「見ない、見ない、もう何も見たくない!」

「私も見たくない!」

「これは……三葉も沙那子も見ておいた方がええかもしれへんで」

「え……何?」


 振り返ると、天守閣が燃えていたのだ。落城の姿を4人は見た。だが、その燃える天守閣はやがて消えて行った。どれだけの時間、4人は落城の炎を見つめていたのだろうか? 5分なのか? 10分なのか? それ以上なのか? 4人は呆然と見つめていた。


「なんで燃えてたん?どういうこと?」

「なんで消えたん?なんやったん?」

「あれを見ろ!」


 今度は総司が大声を上げた。


「みんな、あれやあれ!」


 指さす方向、離れた所にライトアップされた天守閣があった。


「そんなぁ、じゃあ、私達は今までどこをさ迷ってたん?」

「何も無いところでさ迷ってたの? どういうこと?」

「原田、谷、現実を受け止めよう。俺達は、何も無いところでさ迷ったんや」


 その時、気を失っていた聡子が目を覚ました。


「良かった。聡子が目を覚ましたぞ」

「お主は……誰じゃ……?」

「え?」

「離せ……無礼者……妾は淀君……」



 大阪城の夜は、まだ終わらない。







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大阪城の夏。大阪城の夜。 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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