第13話 住民の救出

 闇の中から静かに観察をする者がいる。鬼族の宴が行われている。料理、酒の残り、鬼どもの酔い具合、盛り上がり等見る処は沢山ある。それらから半ばの折り返しの頃合と判断をする。鬼どもは宴が終わると女を欲しがる。であれは、その前に救出し逃さねばならない。

 逃走経路を確保するために移動する。鬼族の配置状況を素早く確認する。歩哨に付いているゴブリンを次々と闇の中に引きずり込むと同時に仕留めていく。

 闇の無い場所には偽装して近づき、喉を一撃で破壊し絶命させる。俯せに寝かせ手に酒を持たせておけば、酔って寝ていると勘違いする。ゴブリンなどその程度の認識しか持っていないことを知っている。



 余談であるが、空手では徹底的に拳を鍛える方法がある。有名な鍛錬法はやはり巻藁だろう。丸太や板に藁縄を巻き、拳で突く。何度となく突き続ける事で皮膚は破れ肉が見える事もある。中には塩をすり込み、更に突き続ける猛者もいるのだ。

 同様に裏拳や手刀、指の関節を何年もかけて鍛え続ける事で拳そのものが武器と成る。そのような拳での突きは、一撃で敵を倒す事も可能となる。

 日本の空手家には拳や手刀で硬い垂木を切る「垂木切り」や手刀で「瓶を切る」伝説的な者も実在したのだ。

 また、鍛えた指を一本拳や中高一本拳、拇指拳の形で急所を突く技もある。


 シュンは様々な技を使い、見張りに立つ鬼族を排除していった。逃走経路は確保出来たが、問題は囚われている者達の場所が宴の場所から見える事だった。

 人数が多いのと子供もいるのだ、脱出しているうちに見つかるのは間違いないだろう。だが、見つかる迄の時間を伸ばすことは出来るはず。幾通りもの考えを素早く検証する。後は実行あるのみ。


 死角から近づいて、


「おい、聞こえるか。声を出さずにそのまま聞くんだ」


 不意に聞こえる声に驚き、身を強張らせる女に対して、


「こっちを見るな。良いか」


 女はそのまま頷く。


「鬼どもに知られぬ様、ここにいる者に伝えるんだ。あんた達を助けに来た。今からどうすべきかを……」


 女はシュンの言葉を漏らさず聞く。全てを聞き終えると頷いた。


「もう少しで準備が終わる。終わり次第始めるぞ」


 その声を最後に男の気配は消えた。女は言われた通りのことを伝えるべく、近くの子供を抱きしめ、


「声を出さずに聞いて。助けが来たの……」


 青いトロルは女達を見ていた。いよいよ宴たけなわといったところまできた。この後のお楽しみの為に、今から女を物色しておいても良いだろうと。見るとお互いが抱きしめ合っている。涙を流す者もいるのだ。

 これから自分達が、我ら鬼族に弄ばれるのを嘆いているのだろう。とても良い顔をしている。あの顔が更に歪み、泣き叫ぶ様が堪らないのだ。あの女達の気が狂うまで遊んでやろう。我らの怒りを人間どもへ刻み込み、恐怖で命乞いをする処を嘲り笑ってやることの何と気持ち良いことか。

 涎を垂らして女を眺めるトロルは、この後に訪れる快楽を考えながら酒を飲み続けるのだ。




 まもなく宴も終わりになるだろう、トロルは思っていた。酔いも回り気分が心地良い。周りの連中も似たようなものだ。

 すると、何か焦げ臭い。匂いの元を辿るように視線をやると、


「うん? おい、火が出てるぞ」


 そこは調理場のあるテントだった。酒で頭の回転が鈍り、状況がよく飲み込めていない。すると今度は篝火が倒されていく。

 酔っぱらったゴブリンが躓いて倒したのだろうと思う。何匹かのゴブリンが夜の闇から走り出て、ぶつかる馬鹿がいたのだ。


「早く消せ! まったく馬鹿な奴らだ」


 トロルは言い放つが、篝火にぶつかって倒れたはずのゴブリンが動かない。この酔っぱらいが! と思うが、火は倒れたゴブリンの肉を焼き、焦げた匂いが鼻をついた。


 ――?


 不審に思い、近づき動かぬゴブリンを足で蹴飛ばし転がす。すると、頭が変な方向を向いている。片膝を付いてその顔を覗き込むと、既に死んでいた。


「何者かがいるぞ! 探せ!」


 トロルは叫びながら頭を上げようとした時だった。


 ――グサッ


 頸椎の隙間からナイフがトロルの喉を突き破り血を滴らせる。

 既にトロルは声を上げることも出来ず絶命し倒れる。すると、一人の人間が現れた。


「探す必要は無い。ここにいるぞ」


 シュンは姿を晒し、ナイフを抜くと骸となったトロルを蹴飛ばした。


 ―――


「さあ、今のうちに!」


 閉じ込められていた柵の一部は、シュンによって予め壊されている。鬼族のテントから火の手が上がったら直ぐに逃げるように言われていた。

 暗闇の中真っ直ぐに走る。女子供合わせて三十人はいるだろうか、この人数が脱出するのに鬼族は気付いていなかった。


「早く、急いで!」


 お互い手を取り合い、助けながら走る。先頭はシュンに声を掛けられた女性だ。絶対に手を離さないこと。闇の中、離せばお互いの位置が分からなくなる。

 示された方向に真っ直ぐ向かうこと。途中で僅かな灯りを用意してある。そこまで行けば、ランプを使い、道に迷わず帰れるだろうと。


「あった!」


 彼女はやがて小さな明かりを見つけた。たった一本の小さなロウソク、この火が彼女たちを導いてくれるのだ。周りには幾つかのランプやロウソクが置かれていた。


「良かった…… さあ、帰りましょう」


そう言って村の方を見る。


――!


暗闇の中に人影のようなものが動いた気がした。ここに鬼族が待ち伏せていたのかと冷たい汗が背中を流れる。その気配に他の者たちも気付き顔が強張る。

居るのは戦う事など出来ない女子供ばかり、襲われたらもう逃げるのも無理だろう。お互いを守るように抱きしめあい、近づいてくる影を見るのみ。恐怖に耐えきれなくなり悲鳴を上げそうになった時だった。


「良かった、無事だったか!」


毎日聞いていた優しい声、間違えるはずなどない。


「あ、あなた!」


村が襲われたとき、夫は妻である自分達を守ろうとしたが鬼族に太刀打ち出来るはずもなく、殴り飛ばされ気を失ってしまった。

連れ去られた自分が夫と再会出来るなど考えてはいなかったのだ。


「あの兄さんが助けてくれた、俺もお前も。連れ去られた皆は大丈夫か」

「ええ、皆いるわ。怖かったけど何もされていないわ」


男はシュンに治療してもらっていた一人だ。鬼族の陣地へ偵察に行く時に声を掛けられ、ここで女子供達が逃げてくるのを待っていた。鬼族に見つからないように身を潜めて様子を窺い、女の姿を見てから出てきた。


「ただ……」

「ただ?」

「あの…… 女性の騎士様は……」

「……そうか。あの兄さんに任せるしかない。それよりも直ぐに逃げるんだ」

「村へ行くの?」

「いや、村はもう住む事は出来ない。エルフの村へ行く」


―――


「無様なものだな」

「……馬鹿者どもめ!」


放火の後と転がる鬼族の死体を見たルナードの言葉に、ガイアは顔を歪め吐き捨てる。

調理場にあった油を何者かに使われ放火された。彼方此方から瞬く間に火の手が上がり、消火しようにも酔っぱらった連中は使い物にならなかった。

しかも食糧にも火をかけられた挙げ句、捕らえていた女子供達にも逃げられてしまった。逃げようとしたところを見つけ追いかけるつもりが、立ち塞がる男一人に酒で酔いの回った鬼族は次々と殺されてしまったのだ。そして、騒ぎを聞きガイアが到着した時には、既に姿は消えていた。


「敵ながら見事と言うほかは無い。まるで、バルダナを相手にしたように上手くやられた」

「手口がバルダナそのものだ…… 傭兵として入っているのかもしれぬ」


悔しいが、ルナードに同意せざるを得ない。


「現実の話をしよう。既に近くの村は略奪しつくした。もう残っている食べ物は無い。どうするのだ? 残りの食糧は10日間程しかないぞ」

「……黒狐め。10日もあれば貴様の言う砦など落としてやる。そこで奪えば良かろう」

「そう簡単にいけば良いがな」

「黙れ! 貴様は食糧を送るよう手配しておけ。砦に向け進軍す準備をする」


ガイアがルナードに言い放つ。


「行くなら鬼族だけで行くのだな。俺の部隊は食糧を補充してから行く。3日は遅れるだろう」

「貴様の部隊など僅かな獣人と、使えぬシシラギの人間どもだけだ。数も百もおるまい。当てにしてはおらん」


怒りを露わに背を向ける赤いトロルをせせら笑うかのように呟く。


「愚かな…… この状況で進軍とはな。手こずれば此方が飢える事になるのは明らか…… 所詮は力に頼るしかない単細胞の鬼族か。まあ良い、予定変更だ。先ずはお手並み拝見というところだな」

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パンレムゲリア・サガ (魔法の無い異世界で) 野良猫蜻蛉 @kazuhatake

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