第12話 偵察


 夜の闇の中、何かうごめく物がある。よく目をこらして見なければ、ただ草木が揺れているだけにしか思えないだろう。

 ここ鬼族の陣地では、何やら宴会の様な事が行われていた。

 歩哨に出ているゴブリンは不満だった。何故自分が見張りをしなければならないのか。向こうで楽しんでいる連中より、自分は優秀なはずだ。奴らは無能なくせに要領よくご馳走に有りついただけ、許せない。

 ゴブリンは根拠の無い怒りで周りが見えていなかった。当然、背後の暗闇から伸びてきた腕にも。


 ―――ゴキッ


 鈍い音と共に首を折られたゴブリンは静かに闇の中へと消えていった。


 黒い影が走る。殆ど音は聞こえ無い。過ぎ去った後に僅かに草を揺らす風が、その存在を示すのみ。

 シュンは物陰に隠れ辺りを観察する。

 鬼族や獣人族の陣地への潜入。バルダナにおいては当たり前のように出来ねばならない。

 人間よりも敏感な種族の鼻を誤魔化す為に全身に泥をかぶり匂いを消し、視界を惑わすのに草木で姿を隠蔽する。音を立てぬよう移動し、闇の中でも見えるように訓練する。敵に覚られぬよう動く作戦では、刃物による殺傷は血の匂いで気付かれる。気配を消して敵に近づき、徒手格闘にて瞬時に殺す。一つでも失敗したら、見つかり殺される。

 戦場で幾度となく繰り返してきた。

 バルダナの兵士に求められる水準に達しない未熟者には死が待つのみ。この様な過酷な環境で生き抜いてきた者こそがバルダナの戦士となる為の資格を与えられるのだ。

 闇に紛れて自由に動き回り、相手の戦力を探る。テントや武器の数、陣地内の配置、食料やかまどなどの調理器具を見る。トイレとして使われる場所の規模、物資を輸送するための荷車、篝火に照らし出された宴会に夢中になっている鬼どもの様子、歩哨や警備にあたっている者の緊張感、ありとあらゆるものを観察することにより、敵の実力を推測する。


 多くのテントに囲まれるように立つ建物が目につく。おそらく鬼族の指揮所となる場所だろう。

 誰が指揮を執る総大将か、将や隊長はどのような者が任されているのか、今後の作戦、部隊の展開、進軍の予定、何かしら得られるものがないかを求め潜入する。

 息を殺して耳を澄まし、五感を使い情報を集める。見張りの目を盗み、物陰に隠れながら探っていくと地下への階段を見つけた。気付かれぬよう降りていくと、牢屋があり一人の女性が囚われていた。

 近づこうにも牢番には青いトロルもいて、いかにシュンといえども気付かれずに行くのは無謀である。万が一戦闘になれば、出口を固められて袋のネズミとなるだろう。

 一先ず鬼族の会話を聞き取れるよう身を潜める。すると、


「くそ! 上にいる奴らは楽しんでいるだろうに、俺達はこの女の見張りだとよ。運の悪いこった」

「クジ運が悪かっただけだ。だが、本当につまらん。せめて、この女騎士で遊べれば良いんだけどな」

「全くだ! こいつの体をたっぷりと弄んでやるんだが、そんなことをしたらガイア様に殺されちまう」


 警備にあたる牢番の会話にあった女騎士という言葉から、囚われている女性がマーベルだと確信する。救出方法を考えながらも、更に様子を窺う。

 すると、この会話に混じりながらも、別の方向から何者かの声が聞こえた。


「不愉快な鬼どもだな……」

「随分なご挨拶だな、黒狐め」

「赤鬼の将ガイア、貴方なら分かるはずだ。宴会などと馬鹿らしいことは終わりにして直ちに出発し、姫を捕らえるべきだと。そこの愚か者どもなど、女を犯す事しか頭に無いではないか」


 狐人族の男と赤いトロルが話しながら牢番を一瞥し、この場に入ってきた。赤鬼のガイアと呼ばれた者を見れば、青いトロルよりも更に大きく、力も威圧感も桁違いなことが分かる。赤いトロルは色鬼族の中でも人と変わらぬ知能と欲を持つが、理性も幾分か持ち合わせている。

 青いトロルも知能は有るが、人間で言えば知性も教養も与えられていない少年程度、小鬼族と呼ばれるゴブリンなど幼児程であり、しかも殆ど己の欲の為に行動する。

 これらの者どもを統率するのは力のみ。赤いトロルは、その力が飛び抜けているのだ。


 そのガイアの前で黒狐と呼ばれたルナードは、臆することなく意見を述べる。

 ガイアが答える。


「おい黒狐、アミマナを攻めたのは我が王が命じたからだ。お前が我らの王に気に入られているのは知っているが、貴様に意見をされるいわれは無い。今は手下の者どもを労っているのだ。この国の豊かさから全てを奪うのは、我ら鬼族の為にするものだ。」

「だから、その為にも姫を捕らえるべきだと言っている。そうすれば人間どもの反抗は無くなり、次なる標的に向かう事が出来るではないか。愚かなる人間を滅ぼし鬼族と獣人族の国を作るのだ!」

「くだらぬ!」

「何だと!」


 ルナードの言葉を切って捨てるガイアが睨み付ける。


「小賢しいぞ。貴様ら獣人族は、我ら鬼族を使い、人間どもを攻めて征服つもりであろう。だが、その後はどう考えているのだ? 散々利用して次は我らを裏切るつもりではないのか」


 ルナードが反論する。


「それこそ考えが浅いのだ。我ら獣人族はバルダナに備えているゆえ此方に戦力を出せぬのだ。奴らを見れば分かるだろう! 人間はしぶとく、必ず反抗の機会を窺うものだ。征服せねば、いずれ此方が滅ぼされる。我らが協力して人間どもを支配しない限り、鬼族にも我らにも未来は無い!」

「よく口の回る狐だ…… 貴様の見え透いた考えなど分かっているが、王の命令だから一緒に戦ってはやろう。だが、人間どもを支配した後は分からぬぞ。貴様を殺しに行く事になるかもしれん」


 ルナードはニヤリと笑い、


「構わぬ。先ずは人間どもの国を全て滅ぼしてやる。サクラダの後は、支配した人間どもをバルダナに向かわせ、互いに殺し合わせてやる。その後ならば、鬼族と雌雄を決するのもまた一興。残るエルフ族やドワーフ族も我ら獣人族のみで何とでもなろうしな」


 この言葉に、


「エルフ族か…… 奴らなら我らも一緒に攻めるだろう。何しろエルフの肉は、柔らかくて美味いからな」


 ルナードは眉をひそめ、


「おぬしら鬼族は平気で人間どもの肉を食らうが、我ら獣人族は人間もエルフの肉も食わぬ…… だが、女を欲しがる者はいるな。 しかし、エルフよりもアミマナの確実な支配とサクラダへの攻撃が先でなければならない。その為にも姫を捕らえる為に急ぐべきだ」


 ガイアはあからさまに不愉快な顔で、


「……くどい。我ら鬼族は手下の者どもに五日間の時間を褒美として与えていて、まだ三日残っている。この間、下っぱの鬼族は人間に対する殺し、強奪、破壊、強姦、何をしても良い決まりだ。その期限までは軍の将でも口を挟んではならないのだ」

「……まさに鬼の所業というわけか」

「何とでも言うがよい。人間などに何を遠慮する必要があるのか。」


 ルナードは顔を歪める。暫く考えて、


「やむを得まい。では、四日後には砦に向かうのは間違いなくやっていただこう。その時には、あの女騎士を連れて行く」

「良いだろう。だが、他の女子供は我ら鬼族が貰う。今宵の宴の後は、女で遊びたい馬鹿どもが沢山いるからな」


 不愉快な言葉だ、そう思いながらも一つ思い出した事を聞く。


「私が居ない時に、あの村の村長が来たはずだ。どう対応したのだ?」

「うん? ああ、あの白髪頭か。五月蠅かったからな、ゴブリンどもの腹の中だ」

「……子供は如何するのだ?」

「三日後には全員腹の中に入っているだろう」

「……」


 シュンはこの会話を含め聞いていた。鬼族の戦力は当然のこと、既にマーベルや女子供が囚われている場所も確認している。把握した情報と状況を元にどう動くべきかを考える。

 鬼族と獣人族で人間への認識に違いがあるのが分かった。囚われている者への扱いも当然違う。

 黒い狐人族のルナード。

 シュンの小説に登場するこの男が、全ての元凶なのだ。人間を激しく恨み、復讐の為に生きる男。その切っ掛けとなった事件。だがその中身を知れば、彼が人間を憎みつつも、女性に対しては同情を覚えることがあるのも分かるかもしれない。

 ならば先に助けるのはどちらからにすべきか。


 ――マーベルがルナードの管理下にあるのなら…… 


 シュンは再び闇の中に姿を消した。






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