第11話 シュンとラミル4 メルとカイ


「二人はどうしてここに隠れていたの?」


 ラミルがメルとカイに聞く。


「エルフの森から遊びに来たの。この村に友達がいたから……」

「そのお友達は如何したの?」

「分からないんだ…… ここで遊んでいたら急に外がうるさくなって」

「窓から見たらゴブリンがたくさんいたの」

「友達のお父さんがここに隠れろって。でもここは二人しか入れないから他に隠れるって言ってたんだ」

「隠れた後に上で悲鳴が聞こえて…… あとは……」

「そう……」


 ラミルは表の状況を見てきたので何があったのか想像はついた。それだけに子供達へ悲痛な表情を見せぬように努める。


「この家には他に誰もいない。外に出たんだろう」


 シュンは続けて、


「ここにいても仕方ない。俺は外で他の人たちに話を聞いてくる。ラミルは少し子供たちを見ててくれるか」

「分かったわ」


 そう言いながら表へと出て行った。

 兵士の任務の一つに戦場掃除がある。シュンはこの家の周りを片付け始める。先ずは住人や兵士の死体を人目に付かない場所へ運び、戦いの痕跡を消す。残っているところもあるが、なるべく目立たぬようにして村の出口まで小一時間程で片づけた。小さい子供に見せるような物でないからという配慮からだ。

 その後、まだ生きている者がいないか一通り見ておくが、先に助けた住人が数名生き残っているのみだった。


「少し話を聞きたいんだが」


 住人たちに声を掛ける。シュンの顔を見て、


「ああ、あんたか。治療してくれて助かったよ…… 話か、俺に分かることなら良いんだが」

「まず、ここで何があったのか教えてくれるか」

「やはりその話か……」


 その男は話づらそうにしているが、


「ここで鬼族と戦闘があったんだ。だが話す前に確認したいんだが、生きているのは俺の他にどれくらいいるんだ?」

「あんたと、向こうに男が数人、他には子供が2人だ。」


子供という言葉に男が、


「ひょっとしてエルフのお嬢さんか?」

「ああ、そうだが」

「良かった。あんな鬼どもに捕まらなくて」


ほっとした顔をする男に、


「あの子がどうかしたのか?」

「あのお嬢さんはエルフの中でも特別なんでな。この村に住む俺達にとっても大切な子なんだ」

「……詳しく聞かせてくれ」



―――


「生き残った者に村長はいるのか? 白い顎鬚の小柄な爺だが」

「いないな。残ったのは若い男ばかり20~30代くらいだな」

「なら生きているかもわからないか。罰が当たったのかもな。村長は姫様を嵌めたんだから」

「! なんだと……」

「だが、そうするより他無かったんだ…… 数日ほど前だ。黒い狐人族の男が村に来た…… 確かルナードって名だ」

「ルナード!」


シュンはその名前を知っていた。

鬼族の王を唆し、獣人族と手を結ばせた男。シシラギの中に入り込み国を操り、アミマナに攻め込んだ元凶。

そして、奴の本当の正体は…… 



 ―――


「お前が村長か」

「はい。これは珍しい。狐人族のお客人とは」

「つまらぬ挨拶はいらぬ」

「失礼いたしました……」


 尊大に振る舞う男に村長は驚く。

 男が続ける。

 

「我が名はルナード。単刀直入に言おう、協力しろ。これは命令だ!」

「……おっしゃることが分かりかねます」

「シシラギの攻撃でアミマナの王都は陥落した。俺はその指揮官の一人だ。明日か明後日にはサリナという姫が村を通るはずだ。その逃げた姫を捕らえる。」

「なんと! 我々はアミマナの民、そのような事はできるはずがない!」


 村長は男を見据え拒否する。


「協力しないのならこちらに考えがある」

「なんだと……」


 男の不穏な言葉に嫌な予感を覚える。


「これが何か分かるか?」

「これは……!」


 男が取り出し放り投げた物をみた村長が言葉を失う。


「貴様……」

「そうだ。お前の可愛い孫の服だ」

「孫をどうした!」


 村長が怒りに震え男に怒鳴る。


「今朝、子供ばかり10人ほどが遊んでいたそうだ。何故か我々のところに紛れ込んできてな。鬼族がうようよといる陣地に迷いこむとは…… まったく、子供は怖いもの知らずだな」

「お、鬼族だと……」

「ああ、奴らに手出しさせてはいないぞ。奴らの力なら子供など簡単に潰してしまうからな。丁重に扱うよう指示してある」

「くっ!」


 ニヤリと笑い男が村長を見る。


「協力いただけるかな?」

「……約束しろ。子供たちを無事に返すと」

「それは、お前の返事しだいだな」

「ぐっ!」


 その時、住人の一人が叫んだ!


「た、大変だ! 村長! トロル、青いトロルが!」

「どうした!」


 男の視線の先を見て驚愕する。その顔は瞬く間に青白く変わる。


「お、おのれ…… 貴様!」


 男はククッと笑い、


「あの子も随分と楽しそうではないか。良く懐いている」


 村長の目には、青いトロルの肩に乗る孫の姿が見えた。その表情は硬く怯えているのがわかる。トロルは片手で子供を支えているが、もう片方の手には棍棒が握られていた。


「さて村長、返事を聞かせてもらえるかな」

ルナードはニヤリと笑い村長を見ていた。


 ―――



「それで村長は協力せざるをえなかったんだ」

「……卑劣な野郎だな」


 村長の宝であろう孫や住人たちの愛する子供達を使っての脅迫。その行いに怒りが湧く。


「だが村長は皆にこう言った。姫が来たら目を逸らし絶対に歓待してはならない。この村の異常さに気付いてもらう。そして、村から早く移動してもらうのだ。それしか手はない。それで奴には協力したと強弁して子供達を取り戻すのだと」

「それで、どうなったんだ」

「姫たち一行がこの村に来た時、村長の言う通りにしたんだ。それで姫は脱出してこの先の砦へと向かって行った」

「そうか」


 サリナの向かう場所が分かったのだ。向かうべき場所がはっきりと示された。


「だが……」

「うん?」

「だがそこで姫の兵士の一人が殺された。それに激高した女騎士がトロルに向かって行ったんだ。まあ、結果として彼女が戦ってくれたから姫様も逃げられたんだろうが……」


 女騎士という言葉から、それがマーベルの事だと分かる。


「その女騎士が何人かの兵士と一緒に鬼ども…… まあ殆どゴブリンだが、殺しまくったんだ」

「ああ、彼女はかなりの腕だと聞いているからな」

「確かに強かったよ。トロルと一騎打ちにまで持っていって、あと少しで倒せるというところだったんだ。だがそこでゴブリンが彼女に飛びついた。集中して気づかなかったのかもな。飛びつかれて一瞬動きが止まったように見えたよ。そこにトロルの棍棒が、ゴブリンを潰しながら彼女を吹っ飛ばしたんだ。残念だが最後には捕まってしまったのさ……」


マーベルが捕まった経緯を聞いて、シュンは顔を歪める。


「その後だ。彼女が捕まり兵士は殺され、連中も引き上げた。奴らは彼女を散々痛めつけて楽しんでいたよ。ルナードって奴が止めて連れて行かなければ殺されてたかもしれない。目の前で行われることに怒りを覚えたんだ。けど悔しいが俺たちでは奴らと戦えない、逃げ回るしかなかったんだ」


バルダナで育った少年の記憶からは、この男の言葉自体が理解出来ない。敵を前にして逃げ回るなどと。しかし、現代日本人として生きてきたシュンには理解は出来る。

その二つの人格が混ざったような複雑な感情を抑え促す。


「そうか…… それで?」

「それで、まず村長が例の男の許へ子供を返すよう言いに行ったんだ。協力したのだからとね。けど、やって来たのは鬼族だった。王女を逃がしたことで怒りが此方に向けられたんだろう。奴らはこの村に襲い掛かってきたんだ」

「……」

「村長はもう死んでるかもな…… 鬼族に男は容赦なく殺された。自分が生きているのが不思議なくらいだよ。あとは連れられて行く女と子供を見たんだ。鬼族の慰み者か奴隷にするつもりだろう…… 畜生め!」


村の惨状がどのようにして起こったのかを知り心が痛む。そして、


「……奴らが何処にいるか分かるか?」

「ああ。村長が言っていたから大体は……」

「いいだろう。教えてくれ」


 ―――


 シュンは子供たちの元へ戻りラミルと話合う。そして明日この村を発つことにする。子供達の話を聞き、今後どうすべきか考えて提案する。その説明に納得いかないラミルが抗議する。


「シュン! どういう事!」

「今説明したとおりだ」

「だって、何で一人で行くのよ! 私も行くわ!」

「駄目だ」

「なんでよ!」

「ラミルにはやって貰わないといけないことがあるからだよ。さっき説明したろう」


 話を聞いた後、シュンは今後の行動について考えていた。そこにはメルとカイの話も含まれる。


「ちょっと、喧嘩しちゃだめだよ!」


 メルの言葉にラミルが言葉を飲み込む。


「あ…… ごめんね。別に喧嘩してるわけじゃないのよ」

「とにかく、恋人同士でのケンカはダメ!」


 メルが答える。毒気を抜かれたかのように二人は目を合わせた。


「俺達は恋人ではな……」

「そうよね! 子供たちの言う通りよ!」

「は?」

「子供たちの前で愛する二人が喧嘩してはいけないって言ってるのよ」

「なに?!」

「そうだよ、シュン兄ちゃん。きちんと説明してよ!」

「おい、愛するって…… はぁ、どうしてそうなったんだ……」



 シュンの言葉にラミルが言葉を被せ子供たちが追撃する。

 話の流れがよく理解出来ないシュンは、降参したかのように手を上げて溜息をつく。


「分かった。良いか、もう一度説明する。今夜、俺は一人で行動する。鬼族に捕まった人がどうなっているか探りに行く。あわよくば助けだす。メルとカイはラミルと一緒に居ること。言うことを聞いて勝手に外にでないこと。これは絶対だ」

「うん、わかった」

「明日の朝には必ず戻ってくる。その後は俺は先に姫さま達の元へ、三人は生き残った人とともにメルとカイの村へ向かい、協力を頼む。とにかく急いで欲しい。エルフの味方を得られれば、生き残った村の人も救うことが出来るかもしれないんだ。特にメルとカイ、二人に頑張ってもらわないと成功するか分からない」


 シュンは頷く二人に笑顔を浮かべ、そのあとラミルを見る。


「ラミル」

「……分かってるわよ。それでも一緒が良かったの」

「ああ。それは俺も同じだ」


ラミルは喜色浮かべ、


「本当?!」

「……」

「返事が聞こえないんだけど……」


ラミルの言葉を受け流して、


「……良いか、多くのエルフが味方に付いてくれれば、村だけでなくアミマナを救うことができるかもしれないんだ。その為にも情報を探りに行かなければならない。そして、それが出来るのは俺だけなんだよ」

「……分かってますよ!」

「そして、その情報を持ってラミル達に行ってもらわなければ、味方になってくれるかわからない」

「見習いとはいえ、アミマナの騎士である私とこの子たち、三人で行かないと相手に信用されない、でしょ」

「頼りにしてるよ、愛しい将来の奥さまに」

「うん! なんか引っ掛かるけど、今はだまされといてあげる!」

「よろしくな」


 今後の方針は決まった。砦に逃げ込むであろうサリナ、捕まったマーベル。更には村の人々。救い出すためにどうすべきか。必要なのは正しい情報と信用できる味方だ。これが上手くいけば、アミマナの将来に少し光が差し込むことになる。

 その為のカギとなる幼い二人。エルフの人達を味方に出来るかが掛かっている。巻き込むようで心苦しいが。

 そんなシュンを見て、


「シュン兄ちゃん、頑張ってね。私たちも頑張るから!」


 励まそうとしてくれたのか、それとも頼りにされたことが嬉しかったのか、おそらく両方なのだろう。

 その幼い二人はシュンを見て笑っていた。

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