第10話 シュンとラミル3 エルフの子供

 シュンとラミルは街道を歩いている。


「顔の腫れも引いてきたでしょ」

「そういえば…… 随分と良くなってる」


 この世界の薬草はとても効きが良いようだ。日本にも沢山の薬草がある。ツワブキは湿布にも使えることを知っていた。今回使ったものがよく似ていたので思わず手に取ったが、同様の効果があったのだろう。他にもよもぎやドクダミなどに似た薬草を見かけた。


「シュンがきちんと治療してくれたからよ。改めてお礼を言うわ、ありがとう」

「どういたしまして」





「何かお礼をしないとね」

「お礼? 別に…… 気にしないでくれ」

「そういう訳にはいかないわ。何かしらのお礼はさせてよ」

「でも、本当に気持ちだけで充分だよ」

「それじゃ納得出来ないよ!」

「?」

「何もしないなんて、私の気持ちが済まないわ!」


 ラミルは見習いとはいえ騎士を目指していた。その自分が助けられたのに何もしないでいることなど出来ないのだ。

 それに何の謝礼も見返りも渡さなければ、目の前の少年が去って行くのではないか、初めて信頼するに足るであろうと思える男性と出逢えたのに失ってしまうのではないか、と急に不安を覚えたのだった。


 シュンは考えた。本当に礼などいらないのだが、相手の気持ちを考えると断るのも悪いなとも思う。今の状況から、これだろうと考えられる事を口にする。


「……そうだな。それなら飯を食わせてくれるか?」


「え! 飯を食わせてって…… 本当に?」


 何故か頰を赤くしたラミルが慌てたように聞き返す。


「ああ。ラミルが良ければだけど」

「そ、そう…… も、勿論…… 良いわよ……」


 すでに真っ赤な顔をシュンから逸らし、でもしっかりと返事をした。


「良かった! ありがとうラミル!」

「う、うん……」


 この返事に、


「何しろ、ここに来てから何も食べてないしな。今は金もないから稼ぐ手段を見つけるまで頼むよ」


 ラミルはこの言葉を聞いていなかった。頭で別の事を考えていたのだ。


(告白されちゃった! 思わず受け入れちゃったけど…… どうしよう、まだ会ったばかりなのに……)


 この時、シュンはまだ知らなかった。

 この世界では「ご飯を食べさせて欲しい」という言葉は「手料理を食べさせて欲しい」という意味となり、転じてベタなプロポーズの定番とされていたことを。

 かつての昭和の時代「君の味噌汁が飲みたい」という同様の言葉があったとかなかったとか。


 二人はサリナ達の後を追って進んでいた。向かう先はサクラダ国だと分かっているので一本道だ。迷うことなくそのまま進めば良い。

 この先の途中で細い道が左側に別れる。その道を行くとどこに行くのか、ラミルと話していたのだ。するとエルフの森に行くという。

 ラノベに頻繁ひんぱんに出てくる種族、シュンは当然興味が湧く。


「そうか、じゃあこの左手側の森をずっと進めばエルフの森に入るんだ」

「ええ。ここからは見えないんだけど、エルフの国にはとても大きな世界樹と呼ばれる木があるらしいの」

「へぇ~。行ってみたいなぁ」

「いずれ落ち着いたら二人で行きましょうよ!」

「そうだな。エルフの国か、行ってみたいな」

「じゃあ決まりね!」


 ラミルは笑顔で応えた。




 分かれ道の近くには大抵の場合、なにかしら集落がある。ここもアミマナ、サクラダ、エルフの森へと続く道の合流地点となるため人が集まりやすい。よって、小さいながらも集落が形成されていた。


「うん? ラミル、あそこに村があるな。あそこで服を調達できないかな」

「そうね…… シュン、今は私もお金を持ってきていないわ、鎧も武器もなくなっちゃったから。でも、なにかしら分けてくれないか聞いてみましょう」

「そうだな」


 そうして話をしながら歩いていく。

 村に近づくが異様な感じがした。不審に思いながらも警戒し、足を踏み入れ中に入って行く。



「……酷いな」

「……」


 集落に中に入ってみると、何者かに襲撃されたらしく、建物は壊され略奪りゃくだつの跡が残り、住民がいたるところで殺されていた。


「ゴブリンか……」


 転がる死体の中に紛れて、ゴブリンの死体も多くあるのが分かった。幾人かの兵士の死体もあり、ここで戦闘があったのだと理解した。


 辿たどり着いた集落は、既に廃墟はいきょと化していた。




 ―――


 扉を開けて中に入る。


「ここも酷いな……」


 村の中を一軒一軒見て廻る。ゴブリンの襲撃で殆どの建物は壊され、住人は殺されていた。それでも僅かに生き残った者もおり、助け治療する。


「次で最後だな……」

「そうね……」


 外れにある建物に入っていく。台所は物が散乱し荒らされた形跡が残っている。食材がばら撒かれ食い散らかしたようだ。


「……ゴブリンってのは、本当に意地汚い奴らだな」

「この世で一番嫌われ者の種族だからね」


 ラミルの言葉に頷き部屋を見回す。一通り見終わったので戻ろうとしたとき、違和感を覚える。


「うん? このテーブル……」

「え? どうしたの?」


 よく見ると、テーブルの脚のところから引きずった跡が伸びている。テーブルの配置も窮屈だ。此処に乱入したゴブリンが移動したとも思えるが、どうも違う気がした。


「ひよっとして……」


 テーブルを動かし床を見る。板と板の隙間を調べると、


「ここ、床下収納か!」

 ――ガサッ

「!」


 シュンの声に反応したかのように、微かに物音がした。

 分かりずらいが、この下に収納スペースがあるようだ。一か所指が引っ掛かるところもある。

 シュンはラミルに目で合図する。何かいるかもしれないのだ。もし、ゴブリンが隠れていたら不意打ちを食らうかもしれない。ラミルが剣を抜き備える。そして思い切って開けてみた。


「きゃあ!」


 聞こえた叫び声に剣を向けるラミル。しかしそれ以上に剣を動かす必要はなかった。


「子供……」


 そこには二人の幼い子供が隠れていた。見るとまだ6歳くらいだろう。男の子が女の子をかばうように手を広げていた。


「メ、メルに手をだしたら…… ゆ、許さないからな!」


 男の子の顔には怯えの色が混ざっていたが、勇気を出して女の子を守ろうとしている。


「大丈夫。もうゴブリンはいないわ。こっちにおいで」

「あんた達は…… 誰だ……」

「私はラミル、アミマナの騎士よ。こっちのお兄さんも悪い人ではないわ。だから、安心して」


 優しく語りかけるラミルの笑顔と言葉に安心したのか、子供たちはゆっくりと出てきた。


「エルフ?……」

「!!」


 女の子を見てシュンは驚く。肌は白く透き通るようで金髪碧眼、耳が長く尖っている。あと十年もしたら美しい女性として成長し男達の目を引くことだろう。

 初めて見たエルフの少女は、ラノベに登場する姿そのままの愛らしさであった。

 シュンの言葉に慌てて耳を隠す少女、その彼女の前にでて立ちはだからんとする男の子。だが、


「心配ないわよ、エルフのお嬢ちゃん。あと、君もね。あなたたちに悪いことはしないわよ」

「……本当に?」

「うん、大丈夫よ。私たちは集落にいる人を助けにきたの。あなたたちもね」


 カイはラミルをジッと見て、


「メル、ちょっと待って。このお姉ちゃん変だよ! だって、葉っぱの服なんて着てるんだもん!」

「えっ! あ、こ、この服はね……」


 子供に指摘されて何と言えば良いのか考えていると、


「おい坊主、この服の何処が変なんだ? 葉っぱだけで作るなんて凄いじゃないか!」

「えぇ~ そうかなぁ?」


 シュンが擁護するとカイは疑問を口にする。ここで、思わぬ助っ人が出てきた。


「そうよ、カイ。私達エルフも大昔は葉っぱだけで服を作ってたのよ! 凄いんだからね!」

「そ、そうか…… メルが言うならそうなんだな。……ごめんね、凄い服のお姉ちゃん!」


 メルの言葉に納得するカイ。そして素直に謝る姿に目眩を覚えたラミルが、


「あ、ありがとう…… でもね、この服もそろそろ変えようかなって…… 思ってるの」

「えぇ! そんな凄い服なのに? もったいないよ」

「良いの…… 普通の服を着てみたいから…… ね」


 この後、ラミルは何処かから服を見つけてくることになる。



「メル、この人達…… 信じても良い人なのかな」

「カイくん…… 大丈夫、だと思う」

「分かった。じゃあ、お姉ちゃん達のことを信じることにする!」


 ようやく安心したのか、そう言ってラミルを見る。


「僕はカイ、ハーフエルフだ。こっちはメル」

「カイとメルね。名前で呼んで良いかしら?

 」

「うん!」

「それじゃ、改めて。私はラミル。こっちはシュンよ」


 二人をマジマジと見ると、


「へぇ~ ひょっとして二人は夫婦なの?」

「いや、違うが」


カイの言葉を即座に否定したシュン。それを聞いたメルが、


「分かった! 恋人なんだぁ!!」

「え! こ、恋人……」


少し赤くなり言い淀むラミルを見てカイが、


「わぁ! 良いなぁ~ 仲が良いんだね」


シュンは呆れた顔をして、


「はあ? ちょっと待て……」


 子供の勘違いに抗議しようとするが先に、


「ねぇねぇ、ラミル姉ちゃん。やっぱり恋人って毎日キスしたりするの?」

「まあ! そんな…… もちろん、するわよ」


 ワザと恥じらい揶揄うラミルの言葉に、


「はぁ?? 俺達は別に……」

「やっぱり! すご~い!」

「うわぁ~ じゃあやっぱりシュン兄ちゃんからなの?」

「この人、照れ屋だから……」

「えぇ~ キスって男の方からするもんでしょ~」

「そうだよ~ 女の子からしてもらおうなんて…… ダメ男じゃんか!」

「おい…… 少し話をだな……」


 笑顔のラミルが戸惑うシュンを困らせているのを見た子供たちメルとカイは、二人のことを自分達に危害を加えるような悪い者では無いと信じることにした。

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